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2019/02/17 21:00

 

【感情解放ノ為ノ音楽~アシッド・フォークの極北】春日井直樹『呪歌』(A Challenge To Fate)

 

春日井直樹『呪歌』

呪詛と共に封じ込まれた感情の尊厳を解放せよ。

トミーが“聾で唖で盲の餓鬼”から“聴覚、言語、視覚に障害を持つ少年”に変わったのはいつ頃だったろう?“精神異常者”が“スキッツォイド・マン”に変身したのは肝心な21世紀になる前だった気がする。

“僕、唖になっちゃった”と歌われる「からっぽの世界」を含むジャックスの1stアルバム『ジャックスの世界』は80年代はメジャーレーベルからは再発出来なかったが、90年代にやっとCD化された。“盲になって夢を見る”という歌詞があるモップスの「Blind Bird」は2014年までデビュー・アルバム『サイケデリック・サウンド・イン・ジャパン』の日本盤CDに収録されなかった。

差別用語/放送禁止用語、英語で言えば四文字言葉の定義は年と共に変わっていく。昭和に当たり前だった言葉が、平成の世になって禁止された例は数多い。また、子供の頃は平気で口にしていた下品でエッチな言葉も年齢を重ねるにつれて口にすると卑猥!と忌み嫌われるようになる。しかしながら、人前で口に出せないからと言って、感情から削除された訳ではない。普段の生活の中で「キチガイ!」「メクラ!」「ウンコ!」など心の中で呟くことは数多くあるだろう。つまり「言葉」が人間の「感情」を定義する訳ではなく、逆に「感情」がそのまま「言葉」になる訳でもない。こうした「言葉」と「感情」の不一致こそが21世紀にSchizoid Man=精神異常者が多い原因ではなかろうか。「言動一致」と徳とする一方で、「言情一致」を奨励しないのは、それこそ“片手落ち”であろう。

先日レポートした新宿モーションでの地下音楽対バンイベント「絶滅動物記」第28章~「野性の叛旗」では、アイドルグループBBG48が「ウンコが漏れそう」「クリちゃんをクリックして」「でっかいチンポが欲しい」と謳い野性のエログロ/スカトロ願望を解放してくれたが、それ以上に鬱積した怨念を余すことなく吐き出し、人間の本性を暴き出した音盤が、名古屋在住のミュージシャン/シンガーソングライター、春日井直樹の『呪歌』である。
⇒[【地下表現者の饗宴】マリア観音/ぐしゃ人間/ゾンビロリータ/BBG48@新宿Motion 2019.2.11 mon]

80年代初頭、高校生の頃に宅録で音楽を作りはじめ、幻のカセットレーベル「DD.Records」をはじめインディーズで数々の作品をリリースした春日井直樹は、90年代から中古レコード店やライヴハウスを経営しながら音楽活動を続け、実験音楽/ノイズ/サイケデリック/アンビエント等様々な要素を独自の感性で作品化して来た。『呪歌』は2017〜18年にMTR(マルチトラックレコーダー)でカセットテープに多重録音して制作された最新作である。春日井自身が「破滅的アシッド・ノイズ・フォーク・アルバム」と語る通り、基本スタオルはフォークソングであり歌ものである。しかし、例えばティム・バックリィが『ハッピー・サッド』でマリンバとコンガを加えてフリージャズスタイルを打ち出したように、変則チューニングによるフォークギター、飛び交うオシレーター、カセットテープ変調ノイズ、テープ・コラージュ、霊の声など異世界の要素を過剰なまでに導入することで、彼が理想とするアシッド・フォークの異化作用を成し遂げている。

ハッピーもサッドも感情であるが、『呪歌』に籠められた感情はそれ以上に衝撃的である。心地よい悪声による赤裸々すぎる言葉の羅列は、春日井によれば「霊界からの受信音」だという。しかし筆者の考えでは、この歌と言葉の発信源は人間感情の尊厳に他ならない。世間の常識、社会規範、義務教育、過剰報道などにより幾重にも塗り固められた殻を突き破って、封じ込まれた人間の核心部分を世界に向けて解放する試み。解き放たれた感情が意気揚々と奏でる音楽と歌が溢れ出す。久しく他人の声で聴くことがなかった感情そのままの言葉のひとつひとつに、電撃のようなショックを受けながら、それが実は自分自身の心の声に他ならないことに気付いた時の驚きは、聴き手の魂を譬えようもないカタストロフへと導き、汚れた言葉を浄化された感情の涅槃へとアウフヘーベン(止揚)させるのである。

春日井直樹 / 呪歌(ダイジェスト)


春日井が1981年高校時代に勉強部屋で手持ちの楽器やガラクタでを録音した音源LP『DADA1981』や、83~84年にDD.Recordsでリリースした作品をコンパイルした5枚のLP『DD. Records works 1983-84 part one ~ five』に色濃く感じられる、音楽への尽きることない興味と愛情が、38年経った今も変わらないどころか、何十倍も深化している事実に、地下音楽の豊潤な世界に棲む幸せを噛み締めながら、今日もまたレコードに針を下ろすとしよう。

⇒[JazzTokyo このディスク2018(国内編) No. 249 #01 『Naoki Kasugai(春日井直樹)/‎ DADA1981』]

呪いには
病むことのない
夢がある

春日井直樹『呪歌』
DAYTRIP RECORDS DTR-LP007
*限定200枚アナログLP盤 定価税込¥2800

A1 呪歌1
B1 呪歌2

購入・問い合せ先⇒[DAYTRIP RECORDS公式サイト]
[DAYTRIP RECORDS: Naoki Kasugai Twitter]

●この記事は下記ブログからご寄稿いただきました。
[A Challenge To Fate]


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