News

2016/09/09 10:19

 

【訃報】偉大なるスカのパイオニア、プリンス・バスター死去

 

英メディア、ガーディアンやBBCが報じたところによると、ジャマイカ人アーティスト、プリンス・バスターこと、セシル・キャンベルが死去した。

BBCによれば、住んでいたマイアミの自宅にて9月7日(木)現地時間の7時20分に亡くなった模様だ。享年78歳。

バスターは、1960年代ジャマイカにおいてスカやロックステディのトップ・アーティスト / プロデューサーに、ついでイギリスのジャマイカ系コミュニティを通じて、広く白人のユース・カルチャーにも影響を与えたアーティスト。キング・オブ・スカ。

元ボクサーで、サウンドシステム(ジャマイカの移動型のDJ&PAシステム)の用心棒としてジャマイカの音楽シーンでのキャリアをはじめたバスターは、1950年代末、自らのシステム〈VOICE OF PEOPLE〉を立ち上げ、同時にレコード店、プロデュース活動も開始した。そして1962年のジャマイカ独立とほぼ同じくして生まれたスカとともにアーティスト / プロデューサーとしてさらに人気を集めていく。ストリートに根ざした歌詞、もしくはエネルギッシュなスカ・インストで人気を集めていく。「They Got To Go」「Madness」「Prince Of Peace」「Linger On」「Hard Man Fe Dead」などなど、その他、他のシンガーのプロデュース曲も含めて大量のヒット曲がある。「Al Capone」「Enjoy Yourself」など、その後、ザ・スペシャルズが彼の楽曲をカヴァーするなど、2トーンやネオスカといったシーンにも強い影響を与えた。

また1960年代中頃になり、ジャマイカの音楽シーンのトレンドがスカからロックステディへと移ってもその勢いは維持したままプロデューサー、シンガーとして活躍し、こちらでもすばらしい曲を数々残している。「She Was A Rough Rider」のようなセクシーな題材の楽曲から、ルード・ボーイ(ド不良)たちに正義の判決を下す「ジャッジ・ドレッド」といった、アンチ・ルード・ボーイ・ソングをリリースするなど、社会的な題材も多い。下ネタから、ルード・ボーイの被害に悩む市井の人々の憂いを歌うなど、バスターの音楽性はまさにその屋号のごとく、ストリートの大衆の声=VOICE OF PEOPLEであったということだ。

1960年代末から1970初頭の初期レゲエ期までプロデューサーとして活動する。1970年代初頭には音楽制作を停止しているが、最初期のダブ・アルバム(『Message: Dub Wise』)やディージェイ・アルバム(Big Youth『Chi Chi Run』)など、音楽制作をやめる直前にもさすがの臭覚としかいいようのない革新的な作品をリリースしている。その後はシンガーとして、ここ日本を含め、世界中をツアーで回るなど活動していた。

偉大なるジャマイカン・ミュージックのパイオニアのみならず、世界中のストリートで鳴るポップ・ミュージックに影響を与えたアーティストに哀悼の意を捧げます。
(河村祐介)


あわせて読みたい


TOP