伊藤ゴローの新たな到達点〜INTERVIEW〜
チャレンジャーである。MOOSE HILL、naomi & goroなどの活動を通じて、ブラジル音楽に造詣の深いコンポーザー、ギタリストとして、広く認められるようになった伊藤ゴローだが、本人にはそこに安住する意思はまったくないようだ。
2010年の秋にはソロ・アルバム『Cloud Happiness』で度肝を抜かれた。それはビートルズを始めとするシックスティーズ・バンドへの敬愛を滲ませつつ、ロック・ヒストリーへの今日的な批評性も合わせ持ったアルバムだった。続いて、2011年のnaomi & goro & 菊地成孔のアルバムをはさみ、今春完成したソロ・アルバムが『GLASHAUS』。前作から何か引き継がれた部分があるかと思いきや、これがまた全く違うのフィールドに踏み込むものだった。 全曲がギターを中心に据えたインストゥルメンタル。といっても、アンビエントとか、音響とか、そういった言葉は遠ざけてしまう、ある種の厳しさを持ったインストゥルメンタル集だ。張りつめたギターのトーンからして、明らかに、これまでの伊藤ゴロー作品とは違う。
参加メンバーは全員ブラジル人。チェロとストリングス・アレンジにジャキス・モレレンバウム、ピアノにアンドレ・メマーリという目眩のするような布陣だが、しかし、曲はというと必ずしもブラジル音楽的ではない。フランス印象派のクラシックや、ヨーロッパの映画音楽を彷彿とさせるコンポジションはむしろ、現代ブラジル的な要素を使わずに、構成されたものだろう。そこにブラジルの演奏家の自由な解釈を注ぎ込む。それはクラシックとジャズの中間的なアプローチであり、かつ、ヨーロッパ~日本~南米的なものを絶妙に配置したプロダクションに思えた。アートワークを含めた全体の仕上がりは、静穏でありながら、どこかに狂おしい魔術性を秘めているようでもある。恐るべし、伊藤ゴロー。
インタビュー & 文 : 高橋健太郎
国内外で高い評価を得る作編曲家/ギタリスト、伊藤ゴローのキャリアの集成
伊藤の卓越した演奏を中心とした、チェロやコントラバスとのデュオ、ピアノ、ストリングスカルテットなどを絡めたアンサンブルで綴られた楽曲は、長いキャリアで培われた多岐に及ぶ音楽的造詣と卓越した演奏、メロディセンスが結実し誕生した、新たな音楽の地平を切り開く作品の誕生を感じさせる。
Goro Ito / GLASHAUS
【価格】
DSD+mp3 ver. / 24bit/48kHz / 24bit/96kHz
全て : 単曲200円 / アルバム2000円(※DSD+mp3 ver.のみ、まとめ購入となります。ご了承下さいませ。)
【ジャケット・デザイン】
Takashi Hiraide / Yoshinori Hozumi(onsolid)
クラシック音楽をやるなんて思ってもいなかった
——タイトルやジャケットは、音源が出来上がってから考えたものですか?
今作は、東京とリオ・デ・ジャネイロでレコーディングしたんですけど、まず東京でアンドレ・メマーリと2曲レコーディングを行ったんですね。その後、徐々に曲を作り上げていったんですけど、ジャケットは平出さんにお願いしようと決めていて、同時に制作を進めていきました。アルバム・タイトルの『GLASHAUS』は曲のタイトルでもあるんですが、曲が出来た頃になんとなく決まっていたんですよね。
——切手がジャケットに描かれていますよね。この発案はどこから思い浮かんだんですか?
これは音源も仕上がっていない時から、作り始めていたんです。もう亡くなってしまっている人なんですけど、ドナルド・エヴァンズっていう画家がいまして、彼が架空の国を想定して様々な切手を作っているんです。その国の景色とか、食べ物を想像して書いていた作家なんです。
——彼の作品が、昔から好きだったんですか?
というより今作を作る時に、平出さんという詩人の方が、エヴァンズを紹介した本を書いていたんです。その本で彼の作品を知って、一緒にやったら面白いんじゃないかっていう提案を受けたんです。
——架空の切手と作品が結びつく点はあるんですか?
特に意識はしてないです。でも、架空という世界には惹き付けられますね。1曲「A Stamp」っていう曲があるんですけど、以前にnaomi & goroの時に「Um Selo」というインストの曲を作ったんです。ポルトガル語で「切手」っていう意味なんですけど、その曲のリメイクになっています。
——前作はロックが自分のルーツであるとカミング・アウトしたような作品だったと思うんですけど、今回は逆にクラシックの要素が強いと思いました。前作と今作で両極にふれたものを出してきたわけですが、今作でこういうものを作ろうというのは、いつ頃から考えていたんですか?
ずっと昔から考えていましたね。前作は、カミング・アウトとおっしゃられたように、半分勢いで作ったんです。
——前作ではピアノで作られた曲が多いですよね?
ありますね。あと、18、19歳の時に作った曲を手直しした楽曲が多いですね。かなり青臭い作品でした。前作はそういうものをがむしゃらにやったんですが、今回はずっとやりたかったことをやろうと思いまして。
——クラシックは子供の頃にピアノをやったりしていたんですか?
いいえ、クラシック・ピアノもやったことはなかったんですけど、子供の頃から父親の影響でよくクラシックを聞いていたんです。ボサノヴァも父親のレコードでよく耳にしていました。それが肌に合っていたんです。だからといって、自分がクラシック音楽をやるなんて思ってもいませんでしたけれど。
——今作は、ブラジルで録音したという話を聞いていたので、もっとブラジルの音楽によったインストゥルメンタルな楽曲かと思っていたのですが、むしろフランスなどヨーロッパのコンポーザーに近い印象を受けました。音を出す上で意識された点はありますか?
確かにブラジルの匂いを出さないようにしようと、意識していたかもしれませんね(笑)。でも、ブラジルで録っているというおかしな話ですよね。ブラジル音楽をやろうとは思っていなかったです。
——ブラジルでの録音方法は、どのように行っていたんですか?
今回は2つスタジオを使ったんです。1つは「ビスコイト フィーノ」っていうレーベルのスタジオだったのですが、日本と変わらない環境で録音出来ました。もう1つは、古い民家を改築したスタジオなんです。そこでチェロや弦楽器を録りましたね。前回も、そこで歌録りしていたので、こちらも慣れた環境での録音でした。
——特に日本のレコーディングとやり方の違いはない?
朝が早いです(笑)。9時集合とかでしたから。で、18時に終わる健全なスケジュールでしたね。後は、テイクを沢山録らないです。今回もべ―スとデュオの曲はワン・テイクでしたね。その分、集中力が凄かったです。「1発で録るのが当たり前」っていう緊張感があって、そこは日本とは大分違う。日本みたいにズルズル行かないし、録る前に解釈がはっきりとされているんですよね。
——今までのボサノヴァ的な音楽をやる時とギターも違っているのですか?
今迄はトップが杉で作られたギターを使っていたんですけど、今回は松のギターを使ったんです。だからよりパリッとした音になっているんです。前は、重たい音でズッシリと聞こえていたのが、今回はよりクリアに聞こえるようになっています。
——そこはやはり、ギター・インストゥルメンタルとして成立する音楽ということで?
そうですね。今回はギター1本で成立するものを作ろうと決めていて、なるべくギター1本で再現できるということを目指しました。
——それはつまりギターはダビングしないという意味ですか?
そうです。後は、他にチェロとか入っていても、曲としてはまずコンストラクションがギターだけでできているようにしました。ここまでギター一本で詰めてやったのは初めてですね。
——オーバーダビングしてよければ、コードとメロディーを決めておけば、ラフな形でもインストゥルメンタルは成立はしますけど、ギター1本で成立させようとすると、全ての演奏する音を決め込まなければいけませんよね。
本当にそうでしたね。後は、自分の技術との戦いでした。やりたくても自分が表現できなければ捨てて行くしかないですからね。
——今迄やってきたことは全然違う体験ですか?
そうですね。今迄をさぼっていたというか(笑)。練習するタイプではないので、今回はかなり練習しましたね。
かなり吐き出してしまった感はあります
——決め込んで楽曲を作っていたという点でも、クラシック的と言えると思うのですが、他のパート、例えばピアノに関してはどうだったのでしょう?
ピアノはアンドレに「こういうものを作りたい」というイメージを伝えて弾いてもらいました。ベースとのデュオの曲は自由度がかなり高くて、曲が完成しないままなんとなくメロディ、モチーフとコードだけで作ってものをブラジルに持っていって、JAZZじゃないですけどその場のインプロで作りました。
——じゃあ、クラシック的なコンポジションをジャズ的に発展させた部分もある訳ですね。僕個人の話をすると、僕はクラシックを音楽や、ギターやピアノだけのインストゥルメンタル作品をあまり聞いてこなかったんですが、数年前からだんだん聴く頻度が増えてきました。というのは、南米のクラシックとポピュ ラー音楽の関係性が少し分かってきたんです。南米に行くとその間に差はないというか。何故か、ヨーロッパの作曲家の作品でも南米の人が演奏すると、音楽が硬くないんですよね。伊藤さんの作品もクラシック的な作曲でありながらも、南米で自由に録音されたっていうのが、重なり合いました。
ご指摘の通りです(笑)。日本だとクラシックとそれ以外とで大きな壁があるんですよね。ミュージシャン同士の行き来もほとんどないじゃないですか。ヨーロッパもそうなんですけど、特にブラジルだとクラシックを勉強しながら、ジャズをやるっていうアーティストが多いんですよね。今回弾いてくれたジャキスとかもそうだし、ヴァイオリンの人も普段はクラシックをやっている人だし、ほんとにその垣根がなくて音楽だけじゃなくて自由に行き来しているんです。
——譜面で決められたものを演奏するのと、自由に演奏することの使い分けが日本人と違うのかなって思います。なんでですかね?
一味違いますよね。なんでなんでしょうね。簡単に言うと、その位、音楽が身近なんだろうなとは思います。聴く人も演奏する人も窓口が開かれていますよね。ここ最近ブラジルで若い人達が、ショーロを演奏していて、そこにもクラシックの要素が取り入れられていました。ショーロは譜面を勉強しないと演奏出来ないんです。ジャンルで言うとクラシックなのかジャズなのか特定しにくいものですよね。
——でもショーロは即興の要素もありますよね。
そうですね。即興の要素もありますね。でも、譜面無しでやる人はいないんじゃないですかね。
——このアルバムの曲はライヴの時は、ギター1本でやっていく予定ですか?
この前はチェロと一緒にやったんですけど、今後はなるべく1人でやっていきたいですね。もし誰かと一緒にやるとしても、ウッドベース位ですかね。
——ということは、新しいキャリアのスタートですね。前作でルーツを見せて、今作ではクラシック。次はどこに行かれるんですか?
分からないです。かなり吐き出してしまった感はありますね(笑)。
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LIVE SCHEDULE
2012年5月5日(土)@青山 スパイラルガーデン
開場 : 20 : 00 / 開演 : 20 : 30
出演 : 平出隆、伊藤ゴロー
『GLASHAUS』ミニ・ライヴ&サイン会
2012年6月16日(土)@タワーレコード渋谷店 5F 特設ステージ
開演 : 15 : 00
PROFILE
Goro Ito
映画、ドラマ、CM音楽も手掛け、国内外でのアルバム・リリース、ライブを行う。ソロ・ユニットMOOSE HILL、ボサノバデュオnaomi & goro、として活動する傍ら、原田知世の直近のアルバム2作、Penguin Cafe Orchestraのトリビュート・アルバム等プロデュース・ワークも行う。2011年にnaomi & goro & 菊地成孔名義で、坂本龍一のレーベル「commmos」から『calendula』をリリースしヒットを記録。また、サウンド・インスタレーション「TONE_POEM」(青森県立美術館)の発表や、原田知世との朗読会「on-doc.」も行う。