Lovejoyの新作『あの場所へ』がリリースされた。


70年代末期のパンク/ニュー・ウェイヴ黎明期からアーント・サリーで活動しているbikkeと、数多くのバンドのサポートや「かもめ食堂」等の映画音楽、CM音楽で活躍している近藤達郎を中心に、元ミュート・ビート、sim、渋さ知ラズのメンバー等豊富なキャリアのメンバーが結集して活動しているスーパー・バンドだが、bikkeは京都、他のメンバーは東京、そして各々の活動の多忙さもあるのだろうか、実に4年ぶりという久々のリリースだ。

新譜は、どんなふうになっているのだろう。
このメンバーだ。しかもマスタリングはZAKだという。悪いはずがない。
ありったけの期待を込めて聴いた。

結論だけを言う。
期待をはるかに超えた強さと優しさで、『あの場所へ』は、僕の胸を締め付けた。
この人たちと、話してみたい。

よくライブに通っていた京都時代からそう思ってきたのだけれど、
この音を聴いていてその思いはますます強まった。
なんという幸運だろう。
bikkeさんと近藤達郎さんにインタビューをしてほしいという依頼があったのだ。
一も二もなく僕は引き受け、ふたり宛に質問のメールを書き出した。
はじめまして。
シンガーソングライターの、ゆーきゃんと申します・・・

インタビュー & 文 : ゆーきゃん

インタビュー

ゆーきゃん(以下Y) : Lovejoyは、bikkeさんが京都在住で、ほかの皆さんは皆東京にお住まいですよね。 バンドはいったいどのようないきさつで結成されたのでしょうか?

近藤達郎(以下K) : 以前から親交のあったbikkeに渡された自作曲のテープがとても気に入り、1991年ごろ、bikkeと近藤のデュオで演奏活動を始めました。

その発展形として、92年11月に、松永孝義 (bass)、植村昌弘 (drums)、篠田昌已(sax)を加えた5人で「bikke&近藤達郎スペシャルユニット」の名でライブを行いました。3人に声をかけたのは近藤です。そのライブの直後、篠田さんが急逝され、参加が予定されていた年越しのイベントには、bikkeと近藤相談の上、代わって急遽服部夏樹 (guitar)にはいってもらいました。

翌93年の春から、その5人でLovejoyとして活動しています。

Y : 普段の楽曲制作、リハーサルなどはどのように進めておられますか。苦労話や、工夫されておられることがあれば教えてください。

K : リハーサルはほとんど東京でやっています。bikkeは音楽以外の仕事(鍼灸師)を持っているので、土曜の夕方に東京に来て、日曜の夕方まで使ってやるのがパターンになっています。曲と詞とアレンジは、あらかじめ集まって一緒に作るとかは難しいので、リハーサル・スタジオでいきなりみんなでやってみることが多いですね。

bikke(以下B) : 当初は私の作詞作曲したものをスタジオで聴いてもらってアレンジしていました。最近は近藤曲や服部曲に歌詞をつけることが多いです。その場合は近藤さんが音を送ってくれるので、それを聴きながら歌詞をつけて東京へ行っています。近藤さんのアレンジ手腕で一度の練習中に新しい曲は完成します。全員の意向のバランスがうまく取れた段階で「これでいこう」となります。私以外は全員超絶技巧ですので、何度もくり返し練習をしなくても大丈夫です。私が京都在住なので、練習をしょっちゅう出来ないのがつらいところです。

Y : 僕が始めてLovejoyを聴いたのは、さんが監修されたコンピレーションCD『TONE POEM ARCHIVES』です。あの作品は「音響うたもの」というテーマで統一されていたように思うのですが、Lovejoyはその王道感というか、まっすぐな歌とまっすぐに寄り添うバンド・アレンジで逆に圧倒的な「音響を包括した、うたもの」として異彩を放っており、一聴して僕は惚れてしまいました。では、「音響的なアプローチ」を意識されたことはありましたか。また、「うたもの」と「音響(括りとしてあった音響、もしくは音響的アプローチ)の関わりについて当時思っておられたこと、もしくは振り返って思われることなどがあれば教えてください。

K : 正直、「音響」とくくられた諸々の音楽について、それほどフォローしてはいませんでした。ただ、既成のジャンルとか音楽的慣用句を必ずしも否定するのではなく、距離をおいて扱う姿勢(とぼくには見えました)は興味深かったです。「うた」はとても力強いものですが、それに無条件に身を委ねるのではなく、ある種のデタッチメントが必要で、それによってより深いものが生まれると思っています。

Y : アーント・サリーではギタリストであったbikkeさんが、「うたうたい」としての自分を意識されたきっかけはなんだったのでしょうか。また近藤さんは、bikkeさんの「うた」の魅力はどこにあるとお考えですか。

B : 20代初めに京都に住むようになり、オートバイの後部座席で見ていた比叡山のケーブルカーの灯りが心にあり、初めて作詞をしました。当時私は稲垣足穂が好きだったので、タルホの空気のようなものをフレーズにしたいと思いました。かけがえのラストの「月の誓い」という曲です。その当時の夫と夫の友人とで「積極的な考え方の力」というバンドを組んで、親からも自由になれたので楽しくて仕方なくて「さよなら」という今作ラストの曲が出来た時に、これはもしかしたら私は歌詞を書く才能があるんかもしれんと思ってしまいました。それが最初です。

K : まっすぐなところ…bikkeの人間性がそのまま出ているところです。

Y : 近藤さんは、映画音楽の作成やメジャー・アーティストのサポートなどもなさっていますね。他のメンバーの皆さんも、様々なセッション・ワークをこなし、そうそうたる履歴をお持ちの凄腕ミュージシャンばかりですが、「ラブジョイ」の音楽においてとくに自覚的になっていることや、共有している姿勢などはありますか。

K : 自分のことを「凄腕ミュージシャン」と思っているメンバーはいないでしょう。共有している姿勢といえば、そういう履歴とか腕前とかをぶら下げないで、素直に音に向き合おうとしていることでしょうか。

Y : bikkeさんは日記のなかで、若いバンドマン/ミュージシャンとの交流について書いておられます。「あの場所へ」に寄せられたコメントを見ても、あふりらんぽのふたりや、夕凪の伊藤せい子さん、ぱぱぼっくすのたるたにさとしくんなど、Lovejoyが世代を越えて支持されていることがわかります。また、core of bellsといった東京のオルタナティブバンドとbikkeさんが知り合いであるというのは、何も知らない第三者から観ると相当に意外なのですが…お二人とも、普段からアンテナを張ったりはしていらっしゃるのでしょうか。それとも偶然に出会い、繋がってゆかれるのでしょうか。

B : core of bellsは山本くん*が「ハードコアの若いやつで、Lovejoy好きて言うてるやつらいてんで」と言うてたのですが、ほんまかなーと思てるとライブに来てくれ、イベントにも呼んでくれました。渕上純子とやってるJBも呼んでもろています。あふりの子らは最初純子がオニと知り合い、私はムジカの共演でぴかちゅうと知り合いました。オニとはやはりムジカで対面しました。ムジカで知り合った若い共演者もすごく多いです。ですから私の場合は偶然と言いますか、せいこのような人がいてくれたおかげだと思います。あと純子の知り合いの若い人と仲良くなる場合も多いです。Ettのさゆりなど。

K : 縁、でしょうか…。bikkeのオープンな性格が大きいですね。


*山本精一氏。Lovejoyとは3/25スターパインズ・カフェで共演する。

Y : 僕が観に行っていた磔磔でのライブでも、色々な年代のオーディエンスが集まってきていました。若者と、年配の方のあいだでは、Lovejoyの聴き方や受け止め方には、差があるように思われますか。またあるとすればどういった点でしょうか。

B : 同世代の人はアーント・サリーとかからの興味もあるかも知れませんが、若い人はLovejoyから聴いて来てくれてはるんかなあと思います。一概には言えませんが。ご質問の事柄を意識したことがないので想像ですが、同世代は歌に思い出の中の自分を見ていて、若い人は今の自分を見るというところもあるんかなあと思います。でも若くても年をとってても人の感情の動きは同じなのではないかと思います。ですから受けとめて貰い方に差はないような気がします。またLovejoyは個々に有名な人たちなので、植村のドラム、近藤のピアノ、松永のベース、服部のギターという風に個人の演奏が好きで聴きに来るという方もおられます。

Y : 前作『かけがえのないひととき』から、今回の『あの場所へ』までは、4年という時間が経過していますが、 正直なところ、とても待ち遠しかったです(笑) 制作スパンがそれほどかかった理由について、差し支えなければ教えてください。

K : メンバーの個人的事情で、あまりアクティブな活動ができませんでした。レコーディングに関しては、近藤のスケジュールなどの関係で、リズム録りから発売まで1年以上かかってしまいました。 『あの場所へ』以降、もう少し弾みをつけられれば、と思っています

B : どうしようねーと言いながら1年経ち、2年経ちしていきました。石橋さん**また出してくれはるかなぁ…と、近藤さんとエイッと切り出しました。快諾だったのですが、売れまくるバンドでないのにすぐにお願いは出来ません。でも『妙』から『かけがえ』までの時間を考えると、短い間でまた録音できたので私は嬉しいです。
**LovejoyのCDをリリースしているレーベル「F.M.N. sound factory」オーナー
Y : 前作にくらべ、bikkeさんの歌詞も、バンド・サウンドも、楽曲そのものも「ふくよか」になったという印象を受けました。僕はもともとLovejoyを聴くと心がすっと晴れるような気分になっていたのですが、今作はさらに「ほっとする」感覚が強くなったと思います。4年という時間が個々のメンバーに、そしてバンドに及ぼした作用についてお考えを聞かせていただけませんか。

B : はい、私自身も見かけもふくよかになりました。中年もいいものだと思っています。私は大事な友達を2003年と2005年に亡くしました。おかしなことを言うようですが、今そばにいてくれてると思うときがあります。私の思いが自分にそう感じさせてるだけかも知れませんが、とても勇気づけられます。

こないだ若い友達が「見えへんだけやで。心はあるねん」と言うてましたが、私もそう思っています。「あの子は私の中で健在やで」と言うてる友達もいます。これからも一緒に生きて行けると思える安堵感が今はあります。他のメンバーの4年はちょっとわからないのですが、私は死と生を考えた4年でした。そのため、歌も以前とは変わってきたと思います。

K : これはやや意外な感想です。今回の収録曲は、前作より内省的で孤独なものが多いと思っていました。それにもかかわらず、ある種「豊か」なものを受け取ったと感じていただけたとしたら、とても嬉しいです。

Y : 最後に、今後の活動や次回作に関して、展望などがあれば教えてください。

B : 3月の後は5月に東名京ツアーをやります。秋にもツアーを出来たらと思っています。次回作についてはまだ何も考えていません。個人的には作曲活動を復活させたいです。

K : 複数の曲を集中的に作って、アルバムづくりにつなげていければいいとずっと思っているのですが…実現できるといいですね。

Y : ありがとうございました。3/25のスターパインズ・カフェでのライブには、遊びにうかがいたいと思っています。

B : こちらこそ、ありがとうございました。ぜひぜひいらして下さい。

K : お待ちしております。


おふたりとも、締め切りまでにほとんど時間のないタイトなスケジュールにもかかわらず、丁寧な答えを返してくださった。そして、ひとつひとつの答えからは、音楽や創作に対する真摯さと謙虚さ、そして心の大きさのようなもの(余裕、とはすこし違う気がする)がしたたり落ちてくるようだった。僕自身も、もっと精進しなくてはと、ディスプレイの前で姿勢を正した。

終わりに、これはインタビューの回答ではないが、bikkeさんがメールの最後に書いてくださったことばがとても身に沁みて、僕ひとりで味わうにはあまりに勿体ないので、この記事を読んでいるひとと分け合いたいと思う。


ゆーきゃんさんは山本くんの最近の歌を聴かはりましたか?

ひとつながりの ながいくさりをたちきって
あなたは えがおでいるから

という歌です。

山本くんがそう思うなら、私もそう思わんとと思いました。きっとこの歌はスタパでも歌わはると思います。今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

LIVE SCHEDULE

  • 3月25日(水) 東京吉祥寺 スターパインズ・カフェ
『陽の入りと陽の出のうた』
出演 山本精一&人間万事サイモンとガーファンクル / Lovejoy
前売2,800円 当日3,300円(ドリンク代別)
開場19時 開演19時半
スターパインズカフェ店頭、チケットぴあにてチケット発売中です。

LINK

Lovejoy website http://www.netlaputa.ne.jp/~kndt/LovejoyJ.html

bikkeさんのブログ http://ljbk.exblog.jp/

Lovejoy

元アーント・サリーのメンバーとして70年代末期のパンク/ニュー・ウェイヴ黎明期から活動しているbikkeと、かつて小川美潮バンド、チャクラ、ウニタ・ミニマ等数多くのバンドで活動し、「かもめ食堂」等映画音楽や劇音楽・CM音楽でも活躍している近藤達郎を中心に、元ミュート・ビート、元渋さ知らズ等、豊富なキャリアのメンバーが支えています。

メンバー・プロフィール

bikke:
70年代末期のパンク・ニューウェイヴ黎明期の数多いバンドの中でも異彩を放っていた「アーント・サリー」のギタリストとして活躍。その後町田康(町蔵)の「FUNA」に参加。「積極的な考え方の力」を経てLovejoy結成。「ふちがみとふなと」の渕上純子との「JB」でも活動。
近藤達郎:
70年代中期より数多くのセッション・ワークで活躍。チャクラ、小川美潮バンド、ウニタ・ミニマ、Phewバンド等で活動した。渡辺えり(えり子)作品等の劇音楽、「かもめ食堂」等の映画音楽、「リゲイン」等のCM音楽でも活躍中
松永孝義:
元ミュート・ビートの名ベーシスト。UA、ヤン富田、中島美嘉、スチャダラパー、くじら、カルメン・マキ等々数多くのセッション・ワークをこなす。
服部夏樹:
小川美潮バンド、さかな、大熊ワタルバンド、シーサーズ、マヘル・シャラル・ハシュ・バズ等で活動。
植村昌弘:
自らのユニットMUMUを率い、simにも参加。かつて渋さ知らズ、大友良英のGround-Zero、HANIWA、Phew・山本精一・大友良英等のNOVO-TONO等々で活動した。

この記事の筆者