2022/06/28 17:00

高橋健太郎x山本浩司 対談連載

『音の良いロック名盤はコレだ!』 : 第5回

お題 : ダニー・ハサウェイ『Everything Is Everything (Mono)』(1970年リリース)

オーディオ評論家、山本浩司と、音楽評論家でサウンド・エンジニア、そしてOTOTOYプロデューサーでもある高橋健太郎の対談連載、第5回。本連載では、音楽、そしてオーディオ機器にもディープに精通するふたりが、ハイレゾ(一部ロスレス)音源と最新デジタル・オーディオ環境を通して、改めて“音の良さ”をキーワードにロックの名盤を掘り下げてみようというコーナーです。

毎回1枚の作品をメイン・テーマに、そのアーティストの他の作品、レコーディングされたスタジオや制作したプロデューサー / エンジニア、参加ミュージシャン繋がりの作品などなど、1枚のアルバムを媒介にさまざまな作品を紹介していきます。第5回のメイン・テーマにはダニー・ハサウェイ『Everything Is Everything (Mono)』をフィーチャー。

今回も最新のデジタル・オーディオ機器にてテスト・リスニングしつつの音楽談義。ここ数年、ハイレゾ / デジタル・オーディオの再生において主流となっている、“ミュージック・ストリーマー”と呼ばれるネットワーク・オーディオ機器のカテゴリーのなかから、Silent Angel M1を利用しての「音の良いロック名盤」をお届けします。

最新のデジタル・オーディオであえて“モノラル”を聴いてみる

今回、進行用にふたりが用意したプレイリストはコチラ、ぜひ聴きながらお読みください

高橋健太郎(以下、高橋) :この連載は『ロック名盤』というタイトルをつけていますが、R&Bやソウルを含めてもいいだろうと考え、今回は〈アトランティック〉のR&Bを採り上げます。〈アトランティック〉のR&Bもハイレゾ / ロスレス音源がたくさん配信されているんですよね。で、最近、気づいたのはモノラルのハイレゾというのが多いんですよね。1970年くらいまでのアルバムを見ていくと、「この作品もモノ版があるんだ」というケースも多いです。今回はそんなハイレゾ、モノラル作品のなかから、ダニー・ハサウェイの『Everything Is Everything』(1970年)をピックアップします。代表作となる『Live』(1972年)で演奏される曲がたくさん入っています。

山本浩司(以下、山本) : これは彼のファースト・アルバムですね。

高橋 : そうです。ダニー・ハサウェイはもともと裏方だったんですよね。シカゴでカーティス・メイフィールドの〈カートム・レーベル〉で仕事をしていて。ものすごくピアノもうまいし、アレンジもできるという人で、その彼がアーティストとして表舞台に出るきっかけになったのがアルバムです。詳しいクレジットはないんですが、これはまだシカゴにいる時代に制作されたみたいです。

山本 : 彼はたしか大学でクラシックを勉強していたんですよね。

高橋 : そうそう。オーケストラ・アレンジを手掛けた『Extension Of A Man』(1973年)をその後に作りますけど、これもすごいアルバムでしたね。

山本 : すばらしいですよね。

高橋 : ただし、『Extension Of A Man』はなぜかハイレゾがないんですよ……。



山本 : そうですか。ダニー・ハサウェイと言えば、僕にとってはやはり『Live』。高校生のときに初めて聴きましたが、僕にとってはオールタイム・フェイバリットのベスト5に入る大好きな作品で、このアルバムをきっかけにR&Bとかニュー・ソウルをいろいろ聴くようになった思い出深い作品です。

高橋 : 僕も完全にそうですね。僕が大学に入った頃、ジャズ研の先輩たちがこのアルバムのフル・コピーをやっていて。フェンダー・ローズの現物をそこで初めて見ました。ダニー・ハサウェイのエレピはウーリッツァーですけどね。

山本 : 僕は1978年に大学に入ったのですが、ちょっと腕に覚えのある演奏のうまい人たちがこの『Live』のコピーをやっていました。自分もこういう音楽をやりたいと思っていたのですが、彼らの見事な演奏を聴いて、自分はもう聴く方でいいやと(笑)。

高橋 : さて、今回のお題の『Everything Is Everything』ですが、ステレオとモノラルを聴いてみてどうでしたか?

山本 : 1960年代のステレオ作品は、ビートルズなんかも含めて、定位に問題のある不自然なレコードが多いですが、このアルバムのステレオ版はそんな違和感は少ないですね。モノラル版は今回初めて聴きましたが、ガッツのあるマッシヴな力感に満ちていて、そこにモノラルならではの魅力があると思いました。 

こちらが今回のお題、モノラル・ハイレゾ版

こちらはステレオ・ミックスのハイレゾ版

高橋 : 僕はこの作品のモノ版があること自体を知らなかったです。

山本 : 僕もそう。 

高橋 : この作品がリリースされた1970年代初頭は、LPはステレオがメインで、シングルでモノラル盤が流通していた。

山本 : そうでした。シングルはモノラルならではのラウドな音圧が重要でしたからね。

高橋 : そうなんですよね。あとはグルーヴという部分でも。ヘッドフォンで聴いたり、広い部屋で高級なオーディオ機器で聴くんだったらステレオのほうが良いとは思いますが、当時の街中で聞こえてきたのはモノ盤だったんだろうなと。なので『Everything Is Everything』のなかでも「The Ghetto」みたいな演奏の比重が大きな曲はステレオの方が良いのかもしれない。

山本 : そういうところはありそうですね。ボーカル中心のこの当時のソウルなんかはモノ版の意味がすごくある気がします。

高橋 : そうですね。2曲目「Je Vous Aime (I Love You)」は、ぐっとしまったモノラルのシングル盤のサウンドが合いますね。モノで聴くR&Bにはどんな作品が今配信されているのかなと調べてみたら、OTOTOYに結構あって。中でもすごいのはアレサ(・フランクリン)ですね。

山本 : そうですね。「I Never Loved A Man (The Way I Love You)」のモノラル・ヴァージョン、これは衝撃でした。 



高橋 : アレサが〈アトランティック〉に入って最初に作ったアルバムですね。マッスル・ショールズのフェイム・レコーディング・スタジオ(Fame Recording Studios)に行ってレコーディングをするんだけど、一日目にアレサのマネージャーだった当時の夫とフェイムの主宰者リック・ホールが喧嘩して、NYに帰ってしまうという逸話がありますね(笑)。その1日目に録れたのがこのタイトル曲ですね。これはアレサが自分でピアノを弾いて歌っているんですが、ステレオ盤だと歌とピアノが離れて聞こえてしまうんですよ。

山本 : わかります。

高橋 : 対してモノラルだとピアノと歌が一体に聞こえる。さらにベースラインも含めて演奏の一体感があって、すごい太いグループを作っていて、この感じはモノラルのほうが圧倒的ですね。

山本 : 当時のフェイム・スタジオで田舎の白人のお兄ちゃんたちがぶっとい音を出している感じがモノ版はすごく伝わってくるというか。

高橋 : この曲を含めた2曲以外は、結局フェイム・スタジオで録れなくて、残りはメンバーをNYのアトランティック・スタジオに呼んで、秘密裏にレコーディングしたという。それで、アレサのモノラル音源がいいなと思って、いろいろ見ていたら、僕の大好きな「Gentle On My Mind」という曲もモノラル版が配信されていました。『Soul '69』というアルバムにも入っている曲で、もうこの頃になるとLPはステレオ版だけです。『Soul '69』はジャズやラテンの要素がちょっと入ってきたアルバムで、そういう意味では演奏にもステレオ感がありますよね。

山本 : 音に空間の広がりがあるということですね。

高橋 : そうです。 で、僕はクラブでDJをやる時にLPで「Gentle On My Mind」をしょっちゅうかけていたんだけど、あるときモノラルの7インチ・シングル盤を手に入れたら、そういう現場だと圧倒的にシングルのモノラルが良いんですよね。グルーヴが散らないというか。それで、この曲も含めた当時のアレサのモノラル音源のシングルが、2018年に『The Atlantic Singles Collection 1967-1970 (Mono Remaster)』として出たんですよ。これは最高です。ハイレゾではなくロスレスなんですけど、多くの人にぜひ聴いてもらいたいですね。



山本 : 2018年のリマスターのようですね。健太郎さんが作られたプレイリストで言えば、少し傾向が違いますがローラ・ニーロも。

高橋 : これも初期のモノラル・ミックスの作品を集めた『Mono Albums Collection』という作品が2017年に出ていて。これが良いんですよ、また。



山本 : ローラ・ニーロのファースト、ステレオしか出ていないと思っていましたが、違うんですね。

高橋 : ファーストは〈Verve Folkways〉から『More Than A New Discovery』(1967年)という黒っぽいジャケットで出ていて、後にCBSが買って『The First Songs』(1972年)というタイトルで再リリースしています。今回調べたら1967年にモノ盤も出ていたようです。 ローラ・ニーロの1枚目は、リバーブ感のあるモコっとしたサウンドですが、こういう作品もモノで聴くといいですね。

山本 : そしてプレイリストで言うと、ヤング・ラスカルズの「Groovin' 」。この作品のエンジニアはトム・ダウドですね。

高橋 : そうです。これもシングル音源のモノラル・ヴァージョンです。



“モノ”のオーディオ事情

高橋 : そういえば山本さんに聞きたかったんだけど、モノラル音源の再生、オーディオ的にもいろいろありますよね?

山本 : 僕はモノラル版もステレオ・スピーカーで聴いていますが、一方で昔の蓄音機みたいなモノラル専用システムで楽しんでいる友人もいます。LRのステレオ・スピーカーの真ん中にできるファントム音像を聴くのではなく、一本のスピーカーで実音像を楽しむシステムの良さというのもモノラルの場合には確かにあります。でも、なかなかステレオ用、モノラル用と2システムも持てないですからね。 

高橋 : 部屋の角の三角コーナーにスピーカーを1本置いて、というやり方もありますよね。

山本 : 1940~1950年代のお金持ちの音楽ファンは、大型スピーカーを三角コーナーに置いて、壁面を仮想バッフルとしてモノラル版を聴くというやり方をしていたようですね。1958年頃にステレオレコードが登場し、大型スピーカーを2発置かなきゃならないということで奥さんともめたというような逸話を聞いたことがあります(笑)。健太郎さんはモノの再生方法として、どんなことをやっているんですか?

高橋 : いわゆるリスニング用じゃないんですけど、 スタジオの方に、ミュージシャンのレコーディング・モニター用にSTUDERのA5というPSIオーディオのラージ・モニターを1本置いています。DJセットをそれで鳴らすとクラブみたいでいいんですよね。そもそもクラブにいる時って、近くにあるスピーカーから、基本的に片チャンネルの音を聴いているような状態じゃないですか。そういうシステムでステレオ音源を再生すると、違和感があるんですよ。

山本 : それはそうですよね。

高橋 : そのスタジオの1本のモニターで、ステレオ入力で出ている音をひとつのスピーカーからまとめて聴くとなると、センターの音圧が上がってしまう。

山本 : そうですね、3dB上がってしまう。

高橋 : そこでステレオ入力でモノラル出力したときに、センター成分を3dB下げてくれるモノラーって機材があって、それを使ってモノラルのシステムとして聴いています。

山本 : あ、なるほど。 それ僕もやってみたいな。

高橋 : うん、その補正があるとないでは全然違うんですよ。ただLとRを混ぜただけだと、ボーカルとか、センターの音が大きくなって、左右の要素が減っちゃう。スピーカー一本のモノラルのシステムは、知り合いでウェスタン(エレクトリック)の モノラル・システムを作った人までいます。

山本 : それはすごいや。昔のウェスタンは超高感度スピーカーですからね、感度が軽く100dB越えるような。アレサの「I Never Loved~」のモノラル・ヴァージョンを、そのシステムで聴いてみたいな。すばらしいでしょうね。

高橋 : ですね。

[連載] Donny Hathaway

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