2022/05/12 12:00

REVIEWS : 044 ジャズ(2022年05月)──柳樂光隆(Jazz The New Chapter)

毎回それぞれのジャンルに特化したライターがこの数ヶ月で「コレ」と思った9作品+αを紹介するコーナー。今回はアップデーテッドなジャズ+αに切り混む、好評シリーズ“Jazz The New Chapter”の監修を手がける音楽批評家、柳樂光隆による、今回は12枚の厳選ジャズ作品。

OTOTOY REVIEWS 044
『ジャズ(2022年3月)』
文 : 柳樂光隆(Jazz The New Chapter)

Jameszoo 『Blind』

オランダの南部の小さな町に住んでいるプロデューサー、ジェイムスズーはフライング・ロータス率いる〈ブレインフィーダー〉に所属している。ジャズ・ミュージシャンをはじめとした敏腕たちによる生演奏と自身のプログラミングを、エディットというよりもコラージュと言ったほうがいいような作風で組み合わせる。ある意味ではアブストラクトだが、アヴァンギャルドと呼ぶにはあまりに人懐っこい。そんな不思議な魅力の音楽を作る。サンダーキャットやリチャード・スペイヴンらを起用し、アルチュール・ヴェロカイやスティーヴ・キューンを迎えた〈ブレインフィーダー〉からの1作目『Fool』から6年。間にメトロポール・オーケストラとのコラボを挟み久々に新作『Blind』を発表した。
 
前作との違いはヨーロッパのジャズ人脈が一気に増えたこと。実は前作の時点でスウェーデンのベーシストのペッター・エルドが参加していたのだが、その人脈ともいえるイギリスのキット・ダウンズやドイツのクリスチャン・リリンガーが加わったのが大きな違い。彼らは以前のこの連載でも紹介したPetter Eldh『Projekt Drums Vol. 1』周辺のミュージシャンで今、ヨーロッパで蠢いているシーンの中心人物でもある。複雑なリズムを自在に操り、即興と構築を行き来する彼らは今やECMのカタログの常連にもなりつつある。そのコミュニティに加え、ECM人脈ではスイスのコリン・ヴァロン・トリオのメンバーでフィールド・レコーディングやサウンド・コラージュを駆使する奇才ドラマーのジュリアン・サルトリウスやイギリスのフリ―ジャズの巨匠エヴァン・パーカーが参加している。アメリカのジャズや音楽とはかなり異なる文脈で行われた演奏が多くを占めている。つまり、『Blind』に収められている演奏は『Fool』とはかなりテイストも質感も異なるものとなり、同じ“即興”を“編集”したものではあっても、全く異なる印象を得るものになった。そこには現在の(ベルリンを中心とした)ヨーロッパのジャズ・シーンの一端が垣間見えるものにもなった。その上で、イギリスのリチャード・スペイヴンやオーストリアのドリアン・コンセプトらも名前を連ねている。

  フライング・ロータスの音楽をサンダーキャットやカマシ・ワシントンらとともにLAのジャズ・シーンの個性を提示するようなものだとすれば、『Fool』にはそのLAのムードと通じるものがいくらかは含まれていた。一方で、『Blind』ではLAの匂いは無くなり、ヨーロッパ由来のサウンドで占められ、それゆえにジェイムスズーのキャラクターが突出していることもはっきりと聴こえるようになった。ジャズやヒップホップの文脈にあるミュージシャンの演奏をサンプリングするように取り込み、それをセッションの中に組み込むように巧みに機能させるのがフライング・ロータスの特徴ならば、ジェイムスズーは現代音楽系譜のヨーロッパのジャズ・ミュージシャンの演奏がセッション的に機能することを敢えて避けるようにコラージュ的に配置していくことで、予想もつかない流れや独特の質感を作り出す。フライング・ロータスもジェイムスズーも自身の表現をしているだけでなく、コラボするミュージシャンたちの資質に合わせた結果、そのような音楽になっている側面もあるだろう。ジェイムスズーの音楽は、現在のヨーロッパのミュージシャンたちの刺激的な音楽性と共鳴しているからこそ、『Blind』のような作品が生まれている。ジェイムスズーはペッター・エルドのプロジェクトのコマ・サクソのEPの『Koma Mate / Jagd』でKoma Saxo Feat. Jameszooの形でコラボレーションしている。ヨーロッパの刺激的なコミュニティにジェイムスズーのようなプロデューサーが加わって、アメリカでは生まれえない音楽がリリースされている状況はチェックしておくべき動きだろう。

Koma Saxo 『Koma Wests』

ジェイムスズー『Blind』に参加していたベーシストのペッター・エルドのプロジェクトがコマ・サクソ。クリスチャン・リリンガー(ドイツ)、スウェーデンのオーティス・サンショー、ジョナス・クルハンマー、フィンランドのミッコ・イナネンといったヨーロッパのミュージシャンによるプロジェクトだ。以前にリリースしていた作品は割とフリーキーで、ポストパンク的なヒリヒリとしたサウンドだったが、ここではフォーキーなメロディーが美しく響いていて、異なる印象に驚く。ただ、自身のサウンドのスタイルを「Chop & Go」と評しているように、チョップ(フレーズを細かく切って、それを並び替えたり編集して、別のフレーズを作ること)したような演奏をもとにグループで即興を行う方法論は変わっていない。自身が育ったスウェーデンの西海岸由来のフォークソングの旋律とそれを歌うヴォーカルを中心に据えて、これまでに起用していなかったピアノ、チェロ、ヴァイオリンの音色と共に行っている。つまり音楽の方法論はそのままに旋律や楽器、質感、テンポなどが変わっているということか。

そして、前作がポストパンク的なジャズなら本作は現代音楽もしくはエレクトロニカ経由のジャズ。スウェーデン的な旋律と歌の存在だけでなく、イギリスのキット・ダウンズやルーシー・レイルトンらの参加がクールでエレガント、空間的な演奏を提供しているのも変化の要因と思われる。演奏自体はひんやりとクールでミニマルな時間も少なくないが、その中でよく聴くとリズムが変化し、微細な変化が起き続けているあたりはペッター・エルドが参加しているキット・ダウンズ『Vermillion』や、ジェイムスズー『Blind』、そして、ペッターの『Projekt Drums Vol. 1』にも通じていると思う。このコミュニティは様々な作品を合わせて聴くことをお勧めしたい。

Binker & Moses 『Feeding The machine』

サックスとドラムのインプロによるUKの人気デュオのビンカー&モーゼスはコロナ禍の昨年、ライブ盤(この連載でも紹介しました)をリリースしたかと思ったら、今年はスタジオ・アルバムをリリース。ここではUKジャズ・シーンでベーシストとして活動するマックス・ラザートが“live tape loops and electronic effects”というクレジットで、ループやエフェクトを“演奏”し、3人でのセッションのような形になっていると言えるだろうか。そして、そのサウンドをスタジオでかなり手を入れていて、ライブ性は極力損なわずに、これまでにない音響的な要素を加味しているのが素晴らしい。ビンカーのスピリチュアル・ジャズ的な演奏がエフェクトと合わさると催眠的な気持ちよさを生むし、そのサックスで様々な質感のノイズを発生させながら紡ぐフレーズはエフェクトとループによりサイケデリックに生まれ変わったりもする。エフェクトを活かすように音色やフレーズを選びながら曲ごとに異なる演奏するビンカー・ゴールディングスの演奏こそがこのアルバムの肝でしょう。着実に自分の表現を磨きつつ成長しているビンカーの姿ここにあります。
いっぽうでそのサックスの演奏を引き立てるかのように、ドラムの演奏はかなり控えめで、リズム・パターンもかなりシンプル。そして、サックスの音像がかなり変わるのに対して、ドラムはシャキッと音色がストレートになっているのも、コントラストを出すための設計なのでしょうか。70年代にヒッピー的なサイケデリック・ロックの感覚と、コルトレーン以降のスピリチュアルなジャズを両立させていた〈インパルス・レコード〉のサウンドを、2020年代ロンドンの感性で継承したような印象も感じました。“サックスとドラムによるフリーキーなデュオ”みたいな解説も見かけるビンカー&モーゼスですが、そういった印象を完全に拭い去る作品で、ステップアップしたのではないでしょうか。これもまた今のロンドンでしか生まれえない、アメリカからは出てこないジャズだと思います。

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