2022/04/29 18:00

音楽ライターが選ぶ今月の1枚(2022年4月)──黒田隆憲

アイルランドのバンド、マイ・ブラッディ・ヴァレンタインの公認カメラマンとしても世界各地で活動し、書籍なども出版するライター/エディター、黒田隆憲。彼が選んだのは、大石晴子の新作『脈光』。彼女の稀有な歌声はもちろん、Tempalayなどのサポートも務めるベーシスト高木祥太(BREIMEN)らがレコーディングに参加しているなど音像にも注目したい新作に仕上がっている。また「大石晴子とあわせて聴きたい」をテーマにセレクトされた10曲入りのプレイリストには、Predawnや中村佳穂、んoonなどを収録。こちらもあわせてお楽しみください!

REVIEW : 大石晴子『脈光』



文:黒田隆憲

その声を聴いた瞬間、周りの空気の濃度が微妙に変化したような気がした。

大阪生まれ神奈川育ちのシンガーソングライター、大石晴子。2019年に活動をスタートし、同年8月にファーストEP『賛美』をリリース。 早稲⽥⼤学のソウルミュージックサークルで出会ったR&Bに影響を受けたソウルフルな歌い回しと、オーガニックかつグルーヴィーなサウンドプロダクションが音楽好きの間で話題となる。ほどなくして〈森のホルン〉や〈timeloop〉など全国各地のイベントに招聘されたり、2020年に土岐麻子のオープニングアクトを務めたりと着実に注目を集めていく。

ただし、コロナ禍での彼女はシングル「ランプ / 巡り」のリリースおよび、たった1度のライブ以外は目立った動きをしておらず、まとまった音源をリリースするのはおよそ2年ぶりとなる。そのぶん時間をかけてじっくりと丁寧に作り込まれたのであろう本作は、一聴して前作『賛美』とは全く違う次元へと進化しているのが分かるだろう。


レコーディングには、CHARAやTENDRE、Tempalayなどのサポートも務めるベーシスト高木祥太(BREIMEN)をはじめ、Bialystocksのメンバーでジャズキーボディストの菊池剛、また折坂悠太(合奏)やSouth Penguin、蓮沼執太フルフィルなどのメンバーとして活躍するパーカション奏者・宮坂遼太郎ら、なうてのプレイヤーたちが参加。大石の持つ希有な歌声とメロディを引き立てながらも個性あふれるアンサンブルを奏でている。

「脈は誰がいつ見るかによって光るように思い、『脈光』というタイトルにしました。」

彼女自身がそうコメントしているように、本作には過去から未来へ、人から人へと繋がる微かな「脈」のようなものに、様々な角度から視点を注ぐ楽曲が並んでいる。例えば冒頭を飾る「まつげ」は、ブロンドで白い肌、青い眼の白人に憧れる黒人少女を描いたトニ・モリスンの小説『⻘い眼が欲しい』にインスパイアされた楽曲。隣にいる「あなた」との“繋がり”を感じながらも(“私を縁取るものの多くが あなたと同じならば”)、どうしても分かり合えない、一つになれない圧倒的な“距離”や“溝”について歌っている。一方、ラッパーのRYUKI(sati)をフィーチャーした「手の届く」は、時間と共にうつろう環境や関係性の脆さ、儚さを2つの視点を交差させながら鮮やかに描いてみせた。息がこぼれ落ちるような大石のスモーキーボイスは、ジャズやソウルのエッセンスを内包しながらどこか日本的な湿度を感じさせ、それが他のシンガーとは一線を画すオリジナリティの要因になっているのは間違いないだろう。

過去から未来へ、人から人へと繋がる「脈」が放つ淡い光のような楽曲たち(ポルタメントを多用した大石の歌声は、そんなわずかな光を探し求めているようにも聴こえる)。本作『脈光』は、パンデミックによって他者と隔絶され、のっぺりとした時間の中でただ漫然と生きることを強いられてきた私たちに微かな希望の光を指し示してくれる、そんな作品のような気がしてならない。

大石晴子 - さなぎ (Official Lyric Video)
大石晴子 - さなぎ (Official Lyric Video)

大石晴子と一緒に聴きたいアーティスト10組

石橋英子「shortcircuit」
Predawn「Canopus」
中村佳穂「忘れっぽい天使」
諭吉佳作/men「ムーヴ」
Hana Hope「Sentiment」
大貫妙子「都会」
青葉市子「Pilgrimage」
吉田美奈子「待ちぼうけ」
んoon「Gum」
角銅真実「6月の窓」

今作と一緒に聴きたい楽曲を、日本在住の女性シンガーソングライターに絞ってセレクトしてみた。ジャズをルーツに持ちながら、ジム・オルークや星野源など多岐にわたる分野の第一人者とも共演を重ね、今や孤高ともいえる音楽性を確立した石橋英子の立ち位置は、大石晴子にとって一つの指標になるのではないかと(大変僭越ながら)思っている。また、他者との距離やその不在について定点観測的なスタンスで書き綴るPredawnこと清水美和子の視点にも、どこか通じるものを感じた。他にも、ジャズやソウルを取り入れながら「日本の音楽」として昇華した大貫妙子や吉田美奈子の楽曲も選んでみた。併せて聴くと、『脈光』の魅力が多角的に浮かび上がってくるかもしれない。

WRITER PROFILE:黒田隆憲

1990年代後半にロックバンドCOKEBERRYでメジャーデビュー。その後フリーランスのライターに転身し執筆活動を開始。2013年には、世界で唯一の「マイ・ブラッディ・ヴァレンタイン公認カメラマン」として世界各地で撮影をおこないました。2018年にはポール・マッカートニー、2019年にはリンゴ・スターの日本独占インタビューを担当。著書に『シューゲイザー・ディスク・ガイド revised edition』(共同監修)、『マイ・ブラッディ・ヴァレンタインこそはすべて』、『メロディがひらめくとき』など。
■Twitter:https://twitter.com/otoan69

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・ Makoto Nagata 『Winter Mute』by 小野島大

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