2022/03/23 18:00

音楽ライターが選ぶ今月の1枚(2022年3月)──井草七海

Numero Tokyo(Web)、ミュージック・マガジンやMikikiなどで執筆するライター、井草七海が選んだのは優河の新作『言葉のない夜に』。4年ぶりのアルバム作品となる本作には、金曜ドラマ『妻、小学生になる。』(TBS系)主題歌“灯火”や、先行配信され話題となった“WATER”などを収録。盟友である魔法バンドと共に作り上げた1枚の聴きどころを井草七海が徹底レビュー。また「優河とあわせて聴きたい」をテーマにセレクトされた10曲入りのプレイリストには、ブレイク・ミルズやジョニ・ミッチェル、ceroなどを収録。あわせてお楽しみください!

REVIEW : 優河『言葉のない夜に』



文:井草七海

優河の音楽を語る上で欠かせないモチーフがある。「水」だ。なかでも「川」や「海」を思わせる歌詞は、デビューアルバム以来繰り返し登場し、優河にとって重要な位置を占めていることは、今作『言葉のない夜に』を聴いても改めて感じるところ。しかしながら同時に、その意味合いは今作において、確実に変化していることにも気付かされるのだ。

『Tabiji』の冒頭は、水に浮かぶモン・サン・ミシェルをモチーフにしているという“青の国”からはじまる。そして、別れをテーマにしたセカンド・アルバム『魔法』の冒頭は、「さざ波よ 全てさらって」と歌われる“さざ波よ”。これまでの彼女にとって「水」は、大切なものを遠くへ運んでいってしまうような力、あるいは畏敬の対象として描かれてきたように思う。水を前にぽつんとそこに佇み、過ぎ去った時間を惜しむ……そんなイメージをこれまでの作品は湛えていた。だが今作ではどうだろう。2曲目のその名も“WATER”という曲では、「水の音を頼りに / 愛のささやきを聴いて」と歌われ、ここでは誰かの存在を近くに感じさせるものとして「水」が描き出されているのである。

優河 - WATER (Official Lyric Video)
優河 - WATER (Official Lyric Video)

サウンドの変化にもそれを実感できる。今作では前半の楽曲を、レコーディングやライブの場でサポートする、ソングライター/ギタリストの岡田拓郎が共作しているが、ギター・サウンドをいかに従来とは異なった音響として再構築できるかを追求してきた彼の真骨頂というべき音像が、特にこの前半の楽曲で際立っている。広がっていくコーラスに、トレモロを深くかけたギターが左右のチャンネルから揺蕩うように流れ込み、まるで静かな海に浸っているかのような1曲目“やわらかな夜”。2曲目の“WATER”も圧巻で、目の前で打ち鳴らされているようなキックの音に、波打つようなヴォーカルで一気に楽曲に引き込み、生々しいスネアの音やベースをサンプルのように駆使してアクセントをつけながら立ち上がる壮大な音像は、聴き手を深く耽溺させていく。

見事なダイナミクスによって様々な“水の揺らぎ”を表現するかのような今作は、また同時にそのアンビエンスの効いた音響によって、まるで目に見えない何かがそばにいるような“気配”をも私たちに抱かせもする。その極め付けは、ドラマ主題歌ともなった「灯火」。リリースにあたり、優河は「大切なひとを想うとき、そのひとが与えてくれた愛情、まなざし、言葉や時間がひとつのおおきな海になって、私を優しく包み込む」という言葉を寄せている。慈愛に満ちたアコースティック・ギター、ウッドベースの温もり、揺らぐエレキ・ギター、確かな生命力を感じさせる力強いドラム。そして、生きる希望を思わせる管楽器の明るい響き。別れを描いた前作『魔法』から転じ、優河は今作において、永遠に失ったと感じていたものは本当はずっとそばにいる、という気づきを提示しているのだ。今作で優河にとっての「水」は、記憶や思い出を押し流していくものではなく、誰かの気配のあたたかさを感じさせるもの、そばで包み込んでくれるものへと変化したと言えるだろう。

優河 - 灯火 (Official Lyric Video)
優河 - 灯火 (Official Lyric Video)

そんな今作と一緒に聴きたい楽曲としては、まずは、今作を優河とともに長期にわたり作り上げた“魔法バンド”のメンバーの作品を挙げたい。なかでも岡田拓郎は、エンジニアとして親交の深い葛西俊彦の立ち上げたレーベルから"水の変容"をテーマにした作品をリリースしている。また、ギター・サウンドの新しい音像への挑戦を感じさせる今作は、ブレイク・ミルズの作品や、今年で言うとビッグ・シーフやケイト・ル・ボンの新譜などと共振しているようにも感じる。また「水」をイメージさせる楽曲として、優河自身の清らかなソング・ライティングにその姿を重ねてしまうジョニ・ミッチェルの楽曲、そして同じく「水」を作品ごとにモチーフに据えることの多いceroの楽曲も並べて聴いてみると、その見方の違いにおもしろさを感じられるかもしれない。

優河と一緒に聴きたいアーティスト10組

岡田拓郎、葛西俊彦、香田悠真、Miyu Hosoi「To Waters of Lethe」
Takuro Okada + duenn「Waterfront (UP-01)」
神谷洵平「Bubble (feat.優河)」
Hiroki Chiba「Day dream」
ROTH BART BARON「ウォーデンクリフのささやき (feat.優河)」
Blake Mills「May Later」
Blake Mills + Pino Palladino「Ekuté」
Cate Le Bon「Dirt on the Bed」
ジョニ・ミッチェル「River」
cero「WATERS」

WRITER PROFILE:井草七海

1991年生まれ、東京都出身、ライター。音楽関連のディスクレビュー、ライナーノーツなどを手がけています。現在はNumero Tokyo(Web)、ミュージック・マガジン、OTOTOY、Mikiki等での執筆が中心。どうにもこうにも女性アーティスト作品の執筆が多めです。テレビドラマを見るのが趣味。
■Twitter:https://twitter.com/nmseaweed

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