2021/12/22 18:00

音楽ライターが選ぶ今月の1枚(2021年12月)──小野島大

カルチャーの前線で活躍するキュレーター達が厳選した音楽をデジタル配信し、アーティストの音楽活動をサポートするサービス〈FRIENDSHIP.〉の新譜から、ライターがおすすめ作品を毎月セレクトし、レヴューするこの企画。第3回目を担当する音楽ライターは、雑誌、新聞、WEBなど数多くのメディアで数多く執筆をおこなう小野島大。彼が選んだ12月の注目作は、元Opus innとして活躍し、現在はThe fin.へのギターサポートなども行うMakoto Nagataのファースト・EP『Winter Mute』。The fin.をフィーチャリングゲストに招いた“Ground”をはじめ、中国やアメリカでも注目を浴びる3曲が収録されています。またレヴューアーティストと合わせて聴きたい10曲もライターの小野島大が選曲しました。あわせてお楽しみください。

REVIEW : Makoto Nagata 『Winter Mute』



文:小野島大

Makoto Nagata(永田誠)というアーティストの名前を知ったのはわりと最近のことで、この11月に『Outer Ego』という素晴らしいアルバムを出したThe fin.とコラボしたシングル「Ground」を聴いたのがきっかけだ。The fin./Yuto Uchinoの蕩けるようなファルセットをフィーチュアしたR&Bともシューゲイザーともエレクトロニカともつかない甘美なドローン・ノイズは隅々までセンスに溢れていた。それからMakoto NagataはThe fin.のサポート・ギタリストを務めている人物であり、Opus Innというユニットを辞めたあと、いまはソロ・アーティストとして、あるいはプロデューサー、トラックメイカーとして活動していることを知った。

Makoto Nagata - Ground feat. The fin. (Official Music Video)
Makoto Nagata - Ground feat. The fin. (Official Music Video)

本作『Winter Mute』は、シングル「Noise」「Ground」、Funny Facturesとの共演盤『Broken Promises』、そしてミニ・アルバム『IMMERSION』に続いてリリースされるファースト・フル・アルバムだ。

Opus Inn時代はAORに通じるポップでメロディアスな歌ものとアンビエント・エレクトロニカが融合したような音楽性だったが、ソロになって音楽性は変わった。『IMMERSION』を経て『Winter Mute』では当然ながらさらに異なる表情を見せている。一言で言えばよりダークに、重厚に、ドラマティック、そして美しくなった。


アルバム・タイトルはそのまま訳せば「冬の静けさ」「冬眠」だが、ウィリアム・ギブスンのサイバーパンク小説『ニューロマンサー』に登場するAI「冬寂(Wintermute)」を想起させもする(実際に「Neuromance」という曲もあり、Nagata自身もセルフ・ライナーノーツで『ニューロマンサー』からの影響を言明している)。アルバムの起伏に富んだ流れはストーリー性を感じさせ、さながら『ニューロマンサー』の架空のサントラといった趣もある。“Replication”“Fahrenheit”といった曲タイトルも含め全体にどこかSF的だ。サンプリングによる声ネタは使われるものの、ほぼインストと言っていい楽曲はタイトル以外、理解のための手がかりは与えられないが、そのぶん聴き手の想像力を刺激する、豊かで奥行きのある世界が広がっている。“豊か“といっても実際にそこに広がるのは荒涼とした冷たくも厳しい孤立した空間だ。1曲目の“烈風(Gale)”など、なるほど冬に吹き付ける風と雨の刺すような痛みが感じられるようでもある。また最終曲“Flatline”の突然断ち切られるようにして終わるエンディングはどうしても「死」を想起せざるをえないが(“Flatline”は心電図の波形が“平ら“になることから“死”という意味もある)、そこにはMakoto Nagataなりの経験や心情、人生観や死生観が込められているのかもしれない。いやむしろ、聴き手自身に内省を促すような情動的なチカラが『Winter Mute』にはある、と言うべきだろうか。

Makoto Nagataの音楽は英米を中心とした内外のエレクトロニック・ミュージックの最前線との共振が感じられる。エレクトロニカ〜IDM、ダブ・テクノ、ヒップホップ〜アブストラクト・ヒップホップ、アンビエント〜ドローン、シューゲイザー、インダストリアル、ポスト・ロックといった音楽性を内包したサウンドは、情報が時空を超えて即座に共有される時代にふさわしく普遍的でもあるが、かつまたMakoto Nagataのパーソナリティ、いやもっと強い「孤絶の情念」のようなものが感じられるのだ。そこが彼の音楽の強さである。

ソロになって間もないころのMakoto Nagataは、ひとりぼっちで音楽を作ることに対して孤独や焦燥感を抱いていたという。いまでもそうであるのか寡聞にして知らないが、この美しく劇的な音は、ポスト・コロナを模索する現代において個として生きる困難さを象徴しているようにも思える。

Makoto Nagataと一緒に聴きたいアーティスト10組

Chihei Hatakeyama「Ready fot the Arrival」
Oneohtrix Point Never「Nothing's Special」
David Sylvian「Silver Moon Over Sleeping Sleepless」
坂本龍一 「async (ARCA Remix)」
Lee Gamble「Inta Centre」
Boards of Canada「Dayvan Cowboy」
Visionist「Value」
Seefeel「Fracture」
The Avalanches「Since I Left You」 (Cornelius Remix)
Julianna Barwick 「The Harbinger (Alex Somers Remix)」

WRITER PROFILE:小野島大

音楽評論家。雑誌、新聞、WEBなどで執筆。編著書多数
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Makoto Nagataの過去作もチェック!

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この記事の筆者
小野島 大

 主に音楽関係の文筆業をやっています。オーディオ、映画方面も少し。 https://www.facebook.com/dai.onojima

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