2021/07/14 20:00

それは夜景に似ている──TAKU INOUEメジャー第1弾、元同僚がディープに解くそのサウンドの魅力

『アイドルマスター』シリーズや数々の人気ゲームの楽曲、さらにはDAOKO、電音部、Eve、ナナヲアカリ、STU48、月ノ美兎、HOWL BE QUIET などなど、人気アーティストのプロデュース / 楽曲提供も手がけるTAKU INOUE。サウンドプロデューサー / コンポーザー / DJと幅広く活躍をしている彼が、このたびソロ名義では初となる楽曲を満を持してリリース。楽曲は、ホロライブ所属の大人気VTuber、星街すいせいをフィーチャーした「3時12分」。OTOTOYでは本作のハイレゾ配信、さらにTAKU INOUEがバンダイナムコゲームス時代に、『リッジレーサー』シリーズなどをゲーム・プランナーとして、ともに手がけた寺本秀雄による特別寄稿をお届けする。

【ハイレゾ配信】大人気Vtuber、星街すいせいをフィーチャーしたソロ・デビュー作にしてキラー・トラック

待望のソロ名義、イノタク「3時12分」

「3時12分」ジャケット写真

文 : 寺本秀雄

2009年にバンダイナムコゲームスに入社し、『リッジレーサー』『鉄拳』といった数々のゲームの楽曲を幅広く担当。『アイドルマスター』シリーズでは"99 Nights"、"Hotel Moonside"、"さよならアンドロメダ"、"クレイジークレイジー"といった多くの人気曲を手掛けた、「イノタク」こと井上拓。

2018年にバンダイナムコを退職後、『ドラガリアロスト』をはじめとしたゲームへの楽曲提供や、DAOKO他のアーティストのサウンド・プロデュース、そして日本のみならず海外までフロアを沸かせてきたDJ活動を経て、ついに本人名義でのメジャー・デビュー第1弾がリリースされた。めでたい!

僕(筆者)は一時期、彼と同じ職場にいた。そして僕はプランナーとして『リッジレーサー』シリーズやオリジナルIPプロジェクト(*残念ながら未発表)で彼と一緒に仕事をする機会に恵まれた。同じ建物の同じフロアで、直線距離にして15mくらいの距離にお互いのデスクがあったりして。 年代的には僕のほうがひとまわり以上年上なのにも関わらず、お互いにクラブ・ミュージックが好きだったり、好きな楽曲の傾向(エモさの感じ方)が似ていたこともあって、よく音楽の話をしたし、僕自身がバンダイナムコを退職した今も有り難いことにその関係はSNSを通じて続いている。彼にはいろんな音楽を教わった。確かサンダーキャットも彼に教えて貰ったはず。

そんな尊敬するアーティストのひとり、イノタクのメジャー・デビューにあたり、元同僚の僕から全力応援の意味も込め、プランナーらしく彼の音楽の魅力をプレゼンしていきたい。もう既に彼の楽曲のとりこになってきた長年のファンの皆さんから、今回の『3時12分』ではじめて彼の音楽に触れる方にまで、彼の新曲の魅力、聞き所をプレゼンしたい。

テーマは、「イノタク曲は、夜景に似ている」。

ビル群が生み出す都市の夜景

今回、TAKU INOUEプロジェクト第1弾としてトイズ・ファクトリー内レーベル「VIA」からリリースされるのは、人気アイドルVTuber・星街すいせいをフィーチャリングした、彼が得意とするヴォーカル曲『3時12分』だ。



星街すいせいの楽曲、ハイレゾ・ロスレスともにOTOTOYにてコチラで好評配信中

再生すると、静かな夜を感じさせる虫の声が聞こえてくる。そうか、今は夜中で、この場所は屋外だ。もうこの時点で、夜景のイメージが目の前に浮かんだ方も少なくないと思う。

とはいえ「夜景」といってもそのスタイルはさまざまだ。クリスマスのまばゆいルミナリエ、あるいは函館山から見下ろすタペストリーみたいに広がる夜景など、この世界には様々な夜景があるけれど、僕が「似ている」と感じるイノタクの夜景は、ビル群が生み出す都市の夜景だ。 正確を期すために、参考写真をどうぞ(撮影:筆者)。

(上下ともに写真:寺本秀雄)

その仕組みに似た、サウンドの「夜景」

きらきらと光り輝く都市の夜景。都市の夜景の特徴は、「奥行き感」と「隙間」にある。レイヤー状に重なる手前と奥のビルそれぞれが躯体(ステム)になって、壁面でパターンを描く窓の光が立体的に配置されるところに、都市ならではの特徴がある。航空法によって設置基準がきめられた赤い航空障害灯たちが、法に則って一定の距離を保ち、一定のリズムで明滅をくりかえすことで、広がる夜景全体に奥行き感とリズムが生まれる。

ただ光が並んでいるのではなく、光っているところと・光っていないところに重層的な対比があることが、都市の夜景を立体的にしている。ライトを支えるビル壁面のコンクリートは、地上に近いところは明るく、夜空に向かって少しずつ暗くなっていくグラデーションを描くことで、照明とは別のスタイルで夜景に彩りを与える。

そして都市の夜景の背後にある夜空は、地上の光に照らされて少し明るい。都市の夜空は「黒」ではないのだ。ここにも、色と光のグラデーションがある。

『3時12分』の夜景っぽさは、こうした都市の夜景の仕組みによく似た、クリアな音と音による立体感と奥行き感から生まれている。音が光っているところと・光っていないところに対比がある。唸るようなサブベースと、高音域で刻まれるハイハット、そしてきらめく数々のシンセサウンド。それらの音が単に空間を埋め尽くすのではなく、絶妙な間合いをとりながら立体的に光り、グラデーションを描き、浮かんでは闇=無音へと消えるのだ。

そんなイノタクの夜景のなかを、後藤貴徳による華麗なギターソロが自在に飛んでいく。彼のギターが描く、ビルの間を縫うように駆け巡る音の光跡が、さらにその音楽に立体感を与えている。

重ねられた音の光は、曲の進行と共に強さを増していき、ドロップ(サビ)でついに奔流のようにあふれ出す。乱れ飛ぶドラムの音。交差するまばゆい音の光は、ドラマチックな展開を見せたあとふいに暗くなり、静寂が訪れる。空間方向だけでなく、時間方向にも立体感がある。 音色ひとつひとつの輝きや澄んだ音色が光を感じさせるだけでなく、そうした音と音・光と光のあいだに隙間を作ること、音と音が描く空間を緻密にデザインすることで、まるで都市の夜景のような立体的な音のランドスケープを描き出しているのだ。

星街すいせいの歌声

今回、イノタクが描く夜景のような音楽のランドスケープに佇む主役は、星街すいせいの歌だ。続いては、星街すいせいのヴォーカルにフォーカスしてみよう。ここにも光と影、そして距離がデザインされている。再生位置をもう1度先頭に戻して、まずは歌い出しから。

はしゃいだな/夜はもう折り返しらしい/…

彼女ならではの、華やかなだけでなくクールな質感のある魅力的な声によるヴォーカルは、リバーブやディレイで過度にメイクされることもなく、素のような状態で耳の側から聞こえてくる。彼女の体温を感じるようだ。 そんな彼女のヴォーカル・ラインは、以下のフレーズで始まる“ヴァース2”で微妙に変化する。この変化に、ぜひ耳を澄ましてほしい。

星空/みたいな光の隅っこで/…

彼女の声のまわりに、かすかな影のように・またはライトのまわりにできる光輪(ハロー)のように、彼女の声が幾重にもかさねられているのが聴こえるだろうか? シルクでできた薄い更紗を重ねるような、繊細な手触りで深みと輝きを増すボーカルに、彼女の声の魅力は存分に引き出され、のびやかに僕らの耳の中を過ぎていき、遠く夜の闇へと溶けていく。

Ableton Liveに代表される、波形レベルで総合的に音楽をデザインできるDAW(音楽制作ソフト)が登場してからのエレクトロニック・ミュージックは、音のひとつひとつに厳密に距離感をデザインできるようになった。そのメリットを最大限に活かし、近い声・遠い声を緻密にデザインした立体的で美しいヴォーカル・トラックを、イノタクは構築しているのだ。

「無音」で浮かぶ残像

最後に、この曲の影の主役についても触れていきたい。それは『3時12分の』オープニングとエンディングを飾る環境音、「虫の音」と「過ぎ去っていく車のロードノイズ」だ。

『3時12分』と題された音声ファイルのプロパティを開くと、この曲の長さが「3分12秒」であることがわかる。これは、彼ならではの気の利いた遊び心であるだけでなく、さらにそれ以上の意味があるというのが僕の見立てだ。根拠はある。もう1度通して、曲の最初から最後まで聞いてみよう。

あふれるような光から薄暮のような囁きまで、めくるめく夜景のように描かれてきたこの楽曲の最後には、イントロで流れていた虫の音とロードノイズが再び戻ってきて、キックとパーカッションがリズムを刻むことで終わる。

そのパーカッションの最後の音が鳴る直前で、環境音は突然カットされる。続く最後のパーカッションはリバーブ(反響)せずに「パン」っとドライに鳴る。まるで催眠術を覚ます合図みたいだ。そして1.5秒の無音があって、再生位置は曲の終わり=3分12秒に到達する。

実際に波形も見てみよう。上の図は、Ableton Liveで読み込んで表示した、この曲の3分7秒から3分12秒までの拡大図だ。3分10秒半に最後のパーカッション音が鳴ったあと、1.5秒の完全な無音があって、3分12秒になってることが分かる。

この1.5秒の無音こそが、この曲の最後にイノタクが用意した、とっておきのスペクタクルだと僕は断言したい。

じっと見つめていた光がふいに消えると、または瞼を閉じると、視界の中に残像が残る。それと全く同じで、曲の最後に用意したこの1.5秒の完全な無音によって、それまで僕らの耳を流れていった光の景色が、残像のように無音の闇の中に浮かびあがり、そして消えるのだ。この美しいラスト1秒半の無音を、甘く溶けていく残像を、ぜひ体験してほしい。できれば、なるべく高いビットレートで、サンプリング周波数で、なるべくいい音で…!

井上拓のメジャー第1弾『3時12分』は、聞き所たっぷりの素晴らしい曲だ。彼が書いたこの曲の歌詞からもわかるように、夜を愛し、音楽を愛し、ダンスフロアを愛している彼がこれから描いていく、夜景のような曲の数々が今から楽しみで仕方がない。元同僚の一人として、そして音楽ファンとして、今後とも血の滲むような応援をしていきたいと誓い新たに。

筆者プロフィール
寺本秀雄。1996年ナムコ入社。アソシエイトプロデューサーとして家庭用ゲーム「リッジレーサー」シリーズ数作品を担当。2019年バンダイナムコ退職後、現在は都内のゲームスタジオに勤務しつつ、ハウスミュージックラウンジ「秋葉原住宅」の棟梁として、世界から届く素敵新築ハウスミュージックを紹介するブログをnoteにて毎週公開中。 twitter: @spinn
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さきほど公開された「3時12分」MV

関連タイトル

大人気シリーズ“電音部”イノタク・プロデュース楽曲

今回ヴォーカルとしてフィーチャ−されている星街すいせい、最新シングルもハイレゾ配信中

PROFILE

TAKU INOUE

サウンドプロデューサー / コンポーザー / DJ

2009年にバンダイナムコゲームスに入社。リッジレーサーシリーズ、鉄拳シリーズなどナムコ関連の作品を幅広く担当。得意とするダンスミュージックに、エッジかつキャッチーなサウンドメイク・メロディーメイクを取り入れた縦横無尽に切り込むサウンドは日本だけでなく、海外からの支持も高い存在となっている。 多種多様なジャンルの音楽を取り入れながらもポップミュージックとして昇華する独自のサウンドメイクは今後の時代を牽引するプロデューサーとして期待が高まる。 『アイドルマスター』シリーズや任天堂 /Cygames アクションロールプレイングゲームアプリ 『ドラガリアロスト TM』などの人気ゲームの楽曲をはじめ、DAOKO、Eve、ナナヲアカリ、STU48、月ノ美兎、HOWL BE QUIET などの人気アーティストのサウンドプロデュース / 楽曲提供 / リミックスも数多く手がけてもいる。 2019年公開の蜷川実花監督 映画「Diner ダイナー」主題歌DAOKO×MIYAVI「千客万来」のアレンジ、2020年ロッテ ガーナチョコレート “ピンクバレンタイン” テーマソング Eve「心予報」のアレンジも担当し大きな話題を生んだ。 そして2021年7月公開のTVアニメ「迷宮ブラックカンパニー」劇伴を担当! 2021年6月14日 TOY’S FACTORY内のレーベル「VIA」への所属が決定!

https://taku-inoue.com/

[コラム] TAKU INOUE, 星街すいせい

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