2020/05/08 11:00

【Save Our Place レポート】for the future―コロナ禍と向き合う京阪神カルチャー 前編「ラッパーたちの思い」

Photo by Hoshina Ogawa & Jyunya Fujimoto

まだまだ収束の見通しが見えないコロナ禍。その影響はもちろん関東だけにとどまらず、全国に広がっている。OTOTOYでは、京阪神のクラブやイベントはこの状況とどう向き合っているのかをお伝えするべく、関西で活動するライター石塚就一 a.k.a ヤンヤンによるレポートを掲載。前編となる今回は、コロナ禍と戦うラッパーたちのリアルな現場の声をお届けします。

中編「クラブ、イベンターたちの思い」はこちら

for the future―コロナ禍と向き合う京阪神のポップカルチャー 中編「クラブ・イベンターたちの思い」

後編「映画関係者の思い」はこちら

for the future―コロナ禍と向き合う京阪神のポップ・カルチャー 後編「映画関係者の思い」

for the future―コロナ禍と向き合う京阪神カルチャー

きっかけは1本の電話だった。 4月半ば、筆者が企画していた京都のイベントがコロナ禍の状況によって流れてしまった。そのため、筆者は共同企画者のラッパー、ゴンザレス下野くんに電話で報告と謝罪を行った。下野くんは慰めの言葉をかけてくれたうえで「これからオンラインでラップのイベントを開きたいんです。よかったら取材をしてくれませんか?」と逆に依頼してきてくれたのだった。

単純に興味があった。「自粛」という、アーティストやイベンターにとって最大級に厄介な敵と、下野くんはどう戦っていくつもりなのか。せっかくなら、他のラッパー、クラブの考えも聞いてみたい。下野くんにヒップホップ界隈の人脈を紹介してもらうなどして、コロナ禍と向き合う京阪神カルチャー巡りはスタートした。その取材は、暗く沈んでいた筆者の心境にも大きな影響を及ぼしたことを先に記しておく。

インタヴュー&文 : 石塚就一 a.k.a ヤンヤン

INTERVIEW : ゴンザレス下野

「自分が救われた日本橋に恩返しを」

さて、ゴンザレス下野くんを語るにあたり、「日本橋サイファー」は外せない。約2年前から大阪市の繁華街、日本橋で下野くんたちが始めたサイファー(注:複数人が輪になりラップをする行為、集団)は、非常にユニークな場所として進化してきた。日本橋が大阪におけるオタク文化の聖地だったこともあり、ハードコアなラッパー以外も気軽に通える交流場となっていったのだ。そして、下野くんが中心となって2019年1月から、なんばMILULARIで「日本橋ウォーズ」が隔月開催されるようになる。出場者たちが好きなオタク文化を背負って戦うMCバトルイベントだ。

日本橋ウォーズは全国で行われている同様のイベントと比べても、圧倒的な集客力とバトルのクオリティを誇っている。それゆえ開催されるたび、初心者やオタクラッパーに混じって全国レベルの知名度を持つラッパーがエントリーしてくる。しかし、順風満帆だった日本橋ウォーズの躍進はコロナ禍の影響で、今年5月の開催見送りという壁とぶつかってしまう。

日本橋サイファー

「かなり焦ってるところはありますね。自分が関わっていたイベントって、どれも上り調子だったので」と下野くんは正直に打ち明けてくれた。しかし、彼の動きは速かった。4月7日には緊急事態宣言が発令され、屋外でのサイファーもクラブでのイベントも難しくなる中、ボイス・チャット・ツール「Discord」を用いて「日本橋オンライン」を開設したのだ。日本橋オンラインではランダムにビートが流れる中、複数人が自宅からネット上でラップをし合える環境が整っている。登録したラッパーたちはすでに100人を超えた。

「最初は日本橋サイファーの子たちだけボイス・チャットに呼んで小規模開催しようと思っていました。専用ツールを開発しようという気もなかったです。でも、お世話になったいろいろな箱が活動できなくなっているのを見ていて、オンラインでもいいから有料イベントを打って、箱に恩返しするチャリティをしたいと考えるようになりました」

短期間で日本橋オンラインを始めるにあたり、下野くんは仲間の協力を仰ぎながら寝る間を惜しんでテストと微調整を繰り返した。その成果は、リアルサイファーに限りなく近いユーザーインターフェースの高さへとつながっている。

日本橋ウォーズ

「お金をもらう以上、ツールにはこだわりました。ビートがズレていたりしたらお金は取れないし、取れたとしても情けでしかない。自分でサーバーを立ち上げて曲を流すとかして、オンラインのサイファーでよくある音声トラブルを防ごうと努力しました。そこまでのツールができれば、たとえば500円払ってでも見ようかなと思ってくれる人が出てくるかもしれない」

日本橋オンラインでは、毎週日曜日の20~23時を基本としてサイファーを開催している。また、ツールを利用したイベントも着々と進行中だ。しかし、自身の活動を「日本橋サイファーありき」とまで語る下野くんは、どうして他人のため、日本橋のためにここまで身を捧げられるのだろう?

「救われたからです。自分は地元がめちゃくちゃ田舎で。ラップをする人もアニメの話ができる人もいなかったんですよ。だから、大阪に来て救いを感じたんです。ラップもアニメも好きな人と出会えて、一緒にカルチャーを盛り上げていこうと言い合えた。それを一番やりやすい場所が日本橋だったんです。あと、日本橋サイファーに来てくれる若い子たちが東京でも頑張りたいって言ってくれるようになった。日本橋サイファーが上がっていけば、その子たちも注目されると思うんです」

取材から数日経った4月29日夜、Youtube上で下野くん主催の〈CYBER PLANET 32MCBATTLE〉が生配信された。日本橋オンラインを使ったMCバトルで、エントリー数は16名の予定だったにもかかわらず、最終的には2倍の32名となった。若いラッパーたちがコロナ禍の状況に飢えていたのは明らかだ。この大会は運営も含めテストの意味が強かったが、下野くんは近日中に本格的な有料イベントを開くつもりだという。なお、優勝した公家バイブスさんは、ウイニング・ラップをこう締めくくった。

このヒップホップに対する恩返し
一旦みんなで言おう『おかえり』

〈CYBER PLANET 32MCBATTLE〉
〈CYBER PLANET 32MCBATTLE〉

INTERVIEW : 歩歩(ザストロングパンタロンX/三角谷プロ)

歩歩(ザストロングパンタロンX/三角谷プロ)

やれるときにやれることをしたいと強く思う

ストロベリーパンティースからザストロングパンタロンXへ。熱いバイブスを武器にしたレペゼン京都のラッパー、歩歩さんがフロントマンを務めるバンドは大胆な改名を行った。きっかけは長年連れ添ったメンバーの脱退である。それに伴い、進行していたアルバム制作にも問題が発生する。新体制で既存曲のレコーディングをやり直すなど、生みの苦しみが続いた。そうやって手塩にかけたアルバムは、実に22曲(!)収録予定の超大作となった。最も古い楽曲から数えれば、総制作期間は約7年にも及ぶ。

ようやくリリースの目途が立ち、アート・ワークの作業に入っている中、コロナ禍が世界を襲った。当然ながら、アルバムの発表やライヴ活動への影響も生まれてくるだろう。しかし、「悔しさはないのか?」と聞いた筆者に対し、歩歩さんの返した答えは意外なものだった。

「ここ1年はアルバム制作中心だったのでライヴを少なくしてたんです。だから、コロナでも大きな変化はないですね」

それでもアルバム制作期間の話になると、いつも明るい歩歩さんの口調もやや重くなった。2017年、人気番組『フリースタイルダンジョン』出演をきっかけに知名度を高めた歩歩さんは、当時のバンド活動のギアを上げていこうとする。しかし、本職で忙しいメンバーと予定が合わずに全員でステージに立つ機会はどんどん減っていく。そして、ついにメンバー脱退。しかも、歩歩さんにもプライベートな問題が降りかかるなど、ここ2年ほどの音楽活動はかなり苦しんでいたという。

「3歩進んで4歩下がるみたいな(笑)」

Photo by Hoshina Ogawa & Jyunya Fujimoto

ただ、受難の日々も無駄ではなかった。歩歩さんはコロナ禍にあっても、世間の声に惑わされない境地へと達していた。

「ラッパーってどうしても、早く音源作れとか言われるんです。でも、音源を出してないことが恥ではない。もちろん、これまで音源もライヴもいいものを示してきた自負はあるっすけど、今回の作品に関しては『時間かけてよかった』っていう思いなんですよね。正直、今の状況に対しても『もうちょい(アルバムに)時間かけられるんちゃうん?』って気持ちになっちゃうんすよ。ここまで来たらやり残したことがないように、最後の調整をする期間にしたいなって」

一見、「焦らずのんびりと」と、歩歩さんは言っているようだ。しかし真意は別にあると、さらに紡いだ言葉で分かった。

「実はレゲエ界の重鎮、KURTIS FLYさんと曲を作る予定だったんですよ。でも、実現する前に亡くなってしまった。大好きな場所もいつ失われるかなんて分からないじゃないですか。KURTISさんの死やコロナ禍も含めて、やれるときにやれることをしたいと強く思うようになりました」

Photo by Hoshina Ogawa & Jyunya Fujimoto

そのときの状況でできることを先延ばしにせず、最大限にやること。歩歩さんの言葉は強く筆者の心に響いた。筆者はこの春、自分のイベントがダメになり、努力が水の泡になった徒労感で押し潰されそうになっていた。いつしかインタビューは筆者の人生相談に変わっていったが、歩歩さんは最後まで受け止めてくれた。

「コロナの影響もそうやけど、人生が上手くいってるとかいないとか、そんなん誰にも分からへんしなあ。MCバトルでも俺は昔、一回戦負けばっかやったし」

苦い経験を乗り越え、今の歩歩さんは間違いなく京都を代表するラッパーの1人となった。

「そのときの浮き沈みに関係なく、好きなことを好きでい続けることが一番大切っすよ」

INTERVIEW : KBD a.k.a 古武道

KBD a.k.a 古武道

今が良いか悪いかって決まるのはこの先

好調な時期にコロナ禍が重なってしまったら―。KBD a.k.a 古武道さんは、名だたるラッパーを輩出した梅田サイファーの重鎮である。いまやテレビやラジオで引っ張りだこのR-指定も梅田サイファーの一員だ。2019年に梅田サイファー名義でリリースしたアルバム『NEVER GET OLD』はヘッズに大好評で迎えられ、“マジでハイ”などのトラックがクラブのDJタイムでアンセム化している。そして、KBDさん自身も今年2月にソロ・アルバム『PLANET OF KBD』をリリースし、数多くのライヴをこなしていく予定だった。しかし、KBDさんとオーディエンスが相思相愛で過ごせたはずの時間をコロナ禍が奪う。出演予定が次々とキャンセルになっただけでなく、今年10周年を迎えた月例の主催MCバトルイベント〈OVER THE TOP〉さえも4月からは休止となった。

「半分はめちゃくちゃ悔しいです。もう半分は、『それで凹んで何もせえへんのは違うやん』という思い。梅田サイファーのトーク・ライヴを配信でやったり、これからもさまざまな取り組みを実現させる予定があります。それに、ラッパーならこのタイミングで曲作らへんのはないやろと」

KBDさんが作品やライヴで見せてきた姿と同様に、コロナ禍を受けて発せられた言葉も非常に前向きだ。そこにはヒップホップというレベル・ミュージックのあり方、そして梅田サイファーという集団の持つ人間力が関係していた。

「梅田サイファーにはKZっていう、絶対へこたれない男が中心にいるんですよ。彼からネガティブな言葉を聞いたことがない。あと、梅田ってタブーがないんです。僕らが始めた10年くらい前までは、ヒップホップには画一的な価値観が広がっていた。でも、梅田は宗教や家庭の事情や人種に関係なく、イケてるラップで表現した奴が勝ち。僕らはラップのスキルだけでのし上がっていった。梅田は『どんな状況でもイケてるラップさえできていれば前向きでかっこよくなれる』っていうメッセージを全作品に入れてます。僕もゴリラキャラを名乗ってるけど、表現のうえでは武器になっていますから」

KBD a.k.a 古武道

今いる場所をどう捉えるかは本人の気持ち次第なのだろう。そこでKBDさんに「コロナ禍で気持ちが落ちている人に聴かせたい」というテーマで、自身の曲を選んでもらった。

「まずは“for the future”(『PLANET OF KBD』収録)。“GO OUT GO BACK”という曲とセットで聴いてほしい。今の状態が良いことか悪いことかって決まるのはこの先っていう内容です。僕はラップを始めたのがかなり遅くて25歳からだったんです。それまではのらりくらりと生きてきた。でも、10年やってきて、昔の経験がようやく肯定されていると感じるんです。10年経ってから『昔コロナなんてあったねえ』って言えるよう頑張りたいじゃないですか。次は、“決意”(『NEVER GET OLD』収録)。KZとふぁんく、コーラと一緒にやってる曲です。作ったきっかけは、伊丹の某イベント。そこで全然お客さんをつかめなかったんですよ。当時は梅田サイファーとして活動らしい活動をしてませんでしたから。それで、『もう一回やろうや、俺ら』って決意につながりました。大事な曲だし、聴く人にもあてはまるんじゃないでしょうか。梅田はその後に出した『NEVER GET OLD』で状況を覆した。みんなも一発逆転狙っていきましょうよ、って伝えたい」

“決意”
“決意”

最後に、KBDさんはコロナ禍の世間について自身の考えを述べてくれた。

「ネガティブで非常識に他人を傷つける言葉が増えているなあ、って。僕は、みんな根は優しいと思ってるんです。でも、コロナで仕事や家庭をぶち壊されると、やっぱり憤ってしまうのは分かる。ただ、『俺は優しかったみんなを知ってるよ』と。平静さを保ったまま戦い続けてほしいし、そこを崩されてしまうのがコロナへの「負け」といえるのかも分からないですね」

編集 : 西田 健

中編「クラブ、イベンターたちの思い」はこちら

for the future―コロナ禍と向き合う京阪神のポップカルチャー 中編「クラブ・イベンターたちの思い」

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for the future―コロナ禍と向き合う京阪神のポップ・カルチャー 後編「映画関係者の思い」

『Save Our Place』

OTOTOYは、音源配信でライヴハウスを救うべく、支援企画『Save Our Place』をスタートさせました。『Save Our Place』では、企画に賛同していただいたミュージシャン / レーベルが未リリースの音源をOTOTOYにて配信します。その音源売り上げは、クレジット決済手数料、(著作権登録がある場合のみ)著作権使用料を除いた全額を、ミュージシャンが希望する施設(ライヴハウス、クラブ、劇場など)へ送金します。

詳細はこちら
https://ototoy.jp/feature/saveourplace/

『Save Our Place』レポート

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この記事の編集者
西田 健

1990年生まれ。熊本出身の九州男児。2019年までイベント業界で働きながら、福岡親不孝通りにてJ-POP、アニソンのDJ活動を行う。その後上京し、OTOTOY編集部にてアイドル、アニメ関連を中心に担当。映画、深夜ラジオが好き。

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