時間、国、人、あらゆる境界を超えて繋がれた情熱のかたち──南壽あさ子『すみれになって』ハイレゾ配信

シンガー・ソングライター南壽あさ子最新シングル『すみれになって』をデジタル・リリース。南壽の2度目の渡米に渡り作成された本作品は、「勿忘草の待つ丘」や「八月のモス・グリーン」でもミキシング・エンジニアとして参加したラファ・サーディナがミックス、プロデュースを担当。2019年10月9日(水)にニューアルバム『Neutral』を発売することが発表されたばかりの彼女に、今作が一体どのような経緯を経て生み出されたのかを語ってもらいました。
南壽あさ子 最新シングル『すみれになって』ハイレゾ配信中
INTERVIEW : 南壽あさ子
「すみれになって」は、南壽あさ子が20歳で楽曲制作をはじめてから5曲目に生まれた曲だという。マイナー調とメジャー調の融合にトライした挑戦的な楽曲で、これまでライヴでもほとんど演奏してこなかった秘蔵曲でもある。そんな楽曲を2019年の現在にプロデュースしたのは、ラファ・サーディナ。さらに、ロサンゼルスとブダペストをつなぐリモートコントロールによるレコーディングで、総勢51名のオーケストラが収録されている。まさに時代も国境も越えた「すみれになって」は、どのようにして日の目を見ることとなったのか。南壽に話を訊いた。
インタヴュー&文 : 西澤裕郎
やっと自分の中で曲のポテンシャルを見出せた
──「すみれになって」は、ラファ・サーディナさんがプロデュースを務めていらっしゃいます。これまでに、湯浅篤さんをはじめとした様々なプロフェッショナルの方や、南壽さん自身もセルフ・プロデュースをしたこともありますが、プロデュースという行為自体をどのように考えていらっしゃいますか?
活動をはじめる前までは、プロデューサーのお仕事って、全体を「こうしたらいいんじゃないか」って意見し判断する人だと漠然と思っていたんです。活動初期からプロデュースしてくださった湯浅さんは、共同制作者のように、一緒に創り上げようという感覚で接してくれて。それから、プロデューサーは意見を出し合いながら音楽を一緒に作る人だと思うようになりました。〈TOY'S FACTORY〉からメジャー・デビューして以来、酒井ミキオさんや、鈴木惣一朗さんに会ったり、いろんな方のいろいろなやり方を知っていく体験をして。前作『forget me not』では、自分の思うようにセルフ・プロデュースで創ってみたらどうかなと思ってチャレンジしてみたんです。それを通して自分でもできるんだという自信にもなったけど、同時に課題や自分に足りない部分も感じて。
──今回、どうしてラファさんにお願いしようと思ったんでしょう。
前回、アメリカに行ったときの体験が衝撃的で。エンジニアとしてのラファさんと接して、すごく緻密な作業に驚かされたんです。前回お願いしたのがヴォーカルのレコーディングとミックスだったので、プロデュースまでしてもらったら曲がどう変わるんだろうと知りたくてお願いしました。そうしたら「オーケストラはどうか?」という壮大な話に展開して。自分の考えだけだったら、ピアノと歌だけで収めていただろうし、バンドが入るとしてもストリングスを1本薄く入れるくらいの発想になっていたと思うので、とても驚かされました。
──南壽さんがアレンジするとしたら、オーケストラを入れる発想にはならなかったと。
出だしがシリアスな曲だったので、こもった打ち込みを入れようかという案もあったくらいで。最初オーケストラはどうかとメールで聞かれたときは、どうなるのかちょっと想像がつかなくて。自分のキャリアの中では、いつかオーケストラとやってみたいと思っていたので、そう言ってくれているなら、ぜひトライしたいと思ってお願いしたんです。
──完成した曲を聴いていると、楽曲の世界観とオーケストラがうまく合致していると感じますし、逆に暗めで打ち込みを考えていたというほうが想像できないくらいです。
自分にとっては暗い雰囲気を持った曲で。すごく難しい曲だと思っていたし、シングルとして世に出るような曲ではないのかな? と思っていたんですよ。私は20歳ぐらいから曲を書きはじめたんですけど、「すみれになって」は作りはじめてから5曲目にできたものです。最初に作ったのは毒やロックな一面がある曲で、2曲目の「フランネル」はバラードが必要かなと思って書いた曲。「すみれになって」に関しては、マイナー調とメジャー調の融合にトライした曲なんです。アマチュア時代を除いて1度もライヴで歌ったことがない曲だったので、聴いた方の反応が全く想像がつかなくて。リリースをしてから「いい曲ですね」って言ってくれる人が多くて驚いています。
──南壽さんが楽曲を作りはじめた当初に挑んだ、挑戦的な楽曲だったんですね。
この曲に関しては、他の曲に比べると「これでいいのかな? 成立しているのかな?」という不安があったんです。当時は1曲を作っている間に次の曲が浮かびだすという感覚で楽曲制作をしていたこともあって、別の曲を作っているときに「すみれになって」が浮かんで。今だったらそんな考え方はしないんですけど、前の曲がこうだったから次はこういうアプローチでやってみようと作ろうとしていましたね。「すみれになって」は、暗さと明るさを融合させるコンセプトで作りました。声も低いところから始まり、歌詞も繊細で難解、抽象的なのでちょっと伝わりづらいかなとは思っていたんです。ただ、スタッフの間では「フランネル」と同じぐらい重要に思ってくれていた曲で、いつかちゃんとした形で出したいという気持ちがあったと話してくれました。
──まさに、満を持して日の目を見ることになったわけですね。
思えば9年前ぐらいに書いた曲ですけれど、やっと自分の中で曲のポテンシャルを見出せた部分もあるし、逆に言えばどんな曲も詰めていけば変容していくんじゃないかなっていう気づきと自信になった楽曲ですね。
愛のある場所に帰るような温かい気持ちに
──9年間の年月を経て、南壽さん自身の考えや気持ちの変化もあったでしょうしね。
この曲を書いていたときは大学生で、まだ狭い世界で生きていたんです。東京に出てきてから、はじめて県外の人との触れ合いや都会の雑踏を体験したりしました。そこで生きにくさというか、息苦しさみたいなものを少し感じていたんです。そこから9年経って、いま現代に生きる人たちを俯瞰してみたときに、みんなどこか生きづらさを感じているんじゃないかなと思って。昔は主観で書いたものを、客観的に見たら、実はいまの時代にも合っているんじゃないかなと。都会で働いた人が田舎暮らしをはじめたいという願望を持ちはじめたり、土に触れる新鮮さを感じたりすることがあるように、家に帰ろうとか元の巣に戻ろうというメッセージは、もしかしたら現代の人も感じていることなのかなって。
──楽曲の持っているポテンシャルと時代が一致したような感覚があると。
正直、書いていた時期は時代とか社会のことをあまり考えず、無意識で作っていたんです。いまは日本だけじゃなく世界も見るようになってきていて。この曲をロサンゼルスとハンガリーを繋いで録音することで、もしかしたら世界的なメッセージになるんじゃないかとさえ思えてきて。情報にあふれた社会にみんなが少し疲弊していると思うんですよね。愛のある場所に帰るような温かい気持ちになれたらいいなと思っているので、時代に合う曲になっていたらこの上なくうれしいです。

──ピアノと歌の録音はロサンゼルスで、オーケストラの録音はハンガリーで行われているんですよね。同じ場所に一同に会さずとも録音できたというのは、2019年ならではですね。
リモートコントロールでのレコーディングはおもしろかったです。アメリカにいるオーケストレーターの方にスコアを書いてもらって、それをハンガリーに送って演奏してもらったんです。ロスのスタジオでインターネット上でハンガリーと映像と音声を繋いたんですけど、指揮者のところにタブレットが置いてあって。思ったことを指揮者にショート・メールをして指揮に反映してもらってリクエストしたことを指揮者を通してリアルタイムでどんどん伝えてもらいました。ハンガリーで自分のピアノと歌が流れていて、それに合わせて弾いていただくのを見るのは貴重な体験でしたね。
──遠隔で音源のやりとりをすることは珍しくないですけど、リアルタイムで映像を見ながら細かく音を調整するのはあまり聞いたことがなくてびっくりしました。
今回は、より曲を良くするためにその場で意見を言うようにして。私も聞きながら、もうちょっと最後は長めに余韻深くなどと注文したりしました。今までは、自分のことで一杯なこともあり、ほとんど注文することもなかったんです。今回は、以前より積極的に自分の意見を出せたし、日本のエンジニアさんも一緒に様子を見たりしていたので、いろんな国が繋がって、同時に同じ音楽を聴いて、意見を出し合って作るというのがすばらしいなと思いました。
──インターネットを通して、各地で何人もの人たちが楽曲制作をしているというのはワクワクしますね。
ハンガリーにオーケストラの方が51人いて、プラスその場で録音する人が2人、指揮の人と、ロスとハンガリーをつないでくれたコネクターの人がいて。その人が「これから始まるよ」とか「今これをしているところだよ」ということを伝えてくれたんです。
──まさに、ライヴ感あるレコーディングだったんですね。
最近は日本で録るときもレコーディング時の熱量を大事にしていて。昔は、曲を作ったときの思いを大事にしたくてどちらかと言うと冷静に、丁寧に録っていたんです。反面、ライヴでは瞬発力で瞬間瞬間のエネルギーを出して歌っていたので、ライヴとCDで結構違うんですねと言われることも多くて。最近は、そのときに思った歌い方とか、「情熱」をキーワードにしたレコーディングへと意識が変わってきました。自分がこういう時期に録ったと思い出せる、ある意味思い出に残るレコーディングを大事にしています。時間をかけることや冷静に歌うことの良さも分かっているんですけど、いまの自分のモードとしては一瞬を閉じ込めるライヴのような録り方のほうが、聞く人に空気感で伝わっていいね、という考えになっています。

考え方を柔軟にすることは必要なこと
──本作のMV制作はどなたが担当されているんでしょう。
デジタルアーティストのWAKAMEさんという方にディレクターとして撮ってもらっています。デビュー当時から知り合っていたんですけど、今回はじめて一緒にお仕事させていただいて。曲も時間を超えていると同時に、映像も昔知っていた方とのはじめての制作ということになっていて。異国の世界で手紙を書いていたり、歌詞の世界に沿っていろいろなアイデアを出してくださって。最終的にすみれの花びらが印象的な良い世界観のPVになったなと思っています。
──2年前にお話を聞かせていただいたときは、インプットすることに貪欲になっていたじゃないですか。そのあたりは、いまどうでしょう。
いろいろな曲を聴くこともそうですし、また読書に立ち返っていますね。昔は映画はぜんぜん観なくて、完全に妄想力とか想像力だけで曲を書いていたんですけど、映像の世界にも興味を持ちはじめたんです。3年前くらいから1か月に3、4本は見るようにしています。いろんな芸術の形がある中で、かなり表現時間の短い「歌」という方法で自分はどう表現できるかと考えるようになったので、未だにインプットは続いていますね。
──当時はビジネス書も読んでいるってことをおっしゃっていましたよね。
言っていましたよね(笑)。その後、マーケティングの本だったり、行動心理学の本も読みました。あといまは新聞を毎日読んでいるんですけど、やっぱりインプットすることや活字に触れることは大事だなと思っていて。自分の仕事は生活も不規則ですし、好きなことをやらせてもらって生きているけど、その歌を届ける相手は様々な職業や生き方をされている人たちだと思うので、そうした世界のことを知っておかないとという意識があって。もちろん実際に体験していないのでわからないことは多いかもしれないですけど、新聞を読んだり、他の国に行ったりすると、文化の違いが衝撃的だったり驚きがあったりする。そうした世界と自分の生活とのギャップを埋めていくというか、考え方を柔軟にすることは必要なことかなと思うので、そこは続けていますね。
──そうして生み出された楽曲たちが今秋にリリースされるアルバムにも収録されているわけですね。この2年で書き下ろした曲も結構あるんですか?
レコーディングは2、3月にほぼ終わらせているんですけど、最近書き下ろしたものもあるし、「すみれになって」のように昔書いた曲もあり、アルバム制作にあたって歌詞を何度も書き直した曲もあって。なぜ書き直すかというと自分が何より納得がいかないからで、自分の納得がいくものを作るために何日もかけましたね。
──いま言える範囲で、次のアルバムはどんな作品になりそうでしょう。
確実にいままでにない感じのアルバムになると思います。いままでの自分らしさも半分はあるけど、残りの50%は見せたことのないような引き出しから出てるんじゃないかと思います。アルバムの中には必ず1曲はその人にぴったりくるものがあると信じています。それくらい1曲1曲個性があると感じています。そういう意味でひとりひとりが「これ良いね」って思えるものが入っていると思うので、期待して待っていて欲しいです。

編集 : 伊達恭平
「すみれになって」のご購入はこちらから
ニュー・アルバム『Neutral』の詳細も公開!
南壽あさ子 『Neutral』
2019年10月9日(水)発売
1. BIRD SONG
2. サーカディアン・リズム・ショー
3. Shenandoah
4. すみれになって
5. 星の瞳
6. 月夜ガラス
7. 魔法の庭
8. Noir (かんぽ生命企業キャラクター「かんぽくん」Webアニメーションソング)
9. 鉄塔 (NHKみんなのうた 10-11月新曲)
10. SPACY BOY
11. 永遠の少女
【アルバムの詳細はこちらから】
https://www.yamahamusic.co.jp/s/ymc/discography/1042?ima=3024
過去作もチェック!
新→古
過去の特集ページ
LIVE SCHEDULE
南壽あさ子 7th Anniversary Live with 中西康晴
2019年8月17日 (土)@Motion Blue YOKOHAMA
出演 : 南壽あさ子、中西康晴 時間[1st] : OPEN 15:15 / START 16:30
時間[2nd] : OPEN 18:15 / START 19:30
【その他詳しいライヴ情報はこちら】
http://nasuasaco.com/live/live.html
PROFILE
南壽あさ子

透明感あふれる歌声と佇まい、シンプルで郷愁感のあるピアノで多くの人の心を捉えるシンガー・ソングライター。風景画家の祖父の影響もあり、彼女の紡ぎ出す言葉やメロディによってだれもが何処か懐かしい情景を思い起こし、忘れかけていた記憶を取り戻す。
その他にない声の魅力が支持され、これまでにラジオDJ、積水ハウスシャーメゾンのCM「積水ハウスの歌」の歌唱、東京ガスの企業CM「あなたとずっと今日よりもっと・エネルギーのうた」の歌唱・ナレーション、カルピスの健康通販「アレルケア」のTVCMナレーション、かんぽ生命「かんぽくん」のwebアニメーションの音楽と語りを担当する幅広いジャンルで活躍している。
【公式HP】
http://nasuasaco.com/
【公式ツイッター】
https://twitter.com/nasuasaco