2019/03/25 00:00

やくしまるえつこ / 相対性理論、過去作品7タイトルをハイレゾ配信!

Photo : Tomohiko Tagawa

昨年末からスタートしている、やくしまるえつこ / 相対性理論作品のハイレゾ配信。これまでに相対性理論名義『天声ジングル』『TOWN AGE』、やくしまるえつこ名義『わたしは人類』『放課後ディストラクション』『あたりまえつこのうた』の計5作品をハイレゾ・リリースしてきた。このたびやくしまるえつこ名義の2013年リリースの屈指の人気を誇るスタジオ・ライヴ・アルバム『RADIO ONSEN EUTOPIA』、そして”Yakushimaru Experiment”名義で発表した、2016年作、即興・朗読・数字を扱った先鋭的なアルバム『Flying Tentacles』の2作品も、そのハイレゾ配信のラインナップに加わる。『Flying Tentacles』は24bit / 96kHz版とDSD 5.6MHzの2種類での配信。昨年末からスタートしたOTOTOYでの、やくしまるえつこ / 相対性理論関連作のハイレゾ配信がこれでひとまず勢揃いとなる。このタイミングで、これら作品を取り巻く、やくしまるえつこ / 相対性理論の現状に関して、つい先頃、単著『前衛音楽入門』を上梓したばかりの松村正人による原稿でお届けしよう。

Yakushimaru Experiment名義2016年作こちらはDSD版


Yakushimaru Experiment作、こちらはPCM、24bit/96kHz


屈指の人気を誇るスタジオ・ライヴ・アルバム

特異な演奏の段階へと踏み込んだ相対性理論とやくしまるえつこ

Photo : Tomohiko Tagawa

Photo : Tomohiko Tagawa

文 : 松村正人


 仮に私が金八先生だったなら、パワハラモラハラに敏感な昨今の世相をかえりみず、相対性理論のライヴを観たことのない生徒を、このバカチンが、と一喝することうけあいである。それほど彼らの演奏はいまひとつの高みに達しようとしている。観ないのはソンである。人生の楽しみの何割かを喪っている。人という字は人と人とが支え合っているのを示している。この論旨は、武田鉄矢氏みずから白川漢字学を根拠に否定されたようだが、そんなことはとうにわかっている。そんなことより、たがいに支え合いつつも、個々のミュージシャンシップを遺憾なく発揮するこのごろの相対性理論のライヴほど足を運ぶ価値があるものはそうはないと私はもうしあげたい。ところが彼らは昨年、都内では聴衆の前に二度姿をあらわしたきりだった。最初は昨年9月2日に開催した自主企画ライヴ「変数Ⅰ」である。雨あがりの風の強い日だった。会場の〈EX THEATER ROPPONGI〉の舞台は地下なので、開演間際ひとが地下にすいこまれるようにくだっていく。来場者の列につづいた私がここに来たのはバトルズのとき以来かもしれない、そう考えながら2階席の前方についてほどなく彼らのライヴは「ウルトラソーダ」で幕をあけた。この曲はテクノ・ミュージックの泰斗ジェフ・ミルズとのスプリット盤「スペクトル」所収のものを2016年の5作目『天声ジングル』に再録した楽曲で、両者にはマスタリングに異動がある。スプリット盤のほうの音は万華鏡のような多方向性をもっているが、アルバム収録のヴァージョンはそれらを集約し天から音が降りそそぐ感じがする。いずれにせよ、トラック数をフル稼働し幾多の音をおさめたので、ライヴでの再現には困難をともなうが、2018年からフォー・ピース体制に移った彼らはかぎられたバンド・アンサンブルでそれを更新していく。  2曲目の「BATACO」、つづく「キッズ・ノーリターン」は4作目の『TOWN AGE』の収録曲。そこから「ケルベロス」で5作目の『天声ジングル』に戻り、2010年の3作目『シンクロニシティーン』の「チャイナアドバイス」につなげたかと思えば、本編中盤から後半にかけて「四角革命」や「小学館」といった初期作をおりまぜたセットリスト。そこにはおそらく新曲のお披露目とも総決算ともちがう、生の場でバンドの新陳代謝をおこなう意図がある。ライヴという、再現と刷新の中間領域で、観客の要望に応えつつ音楽の内実をみたすのはなまなかなことではない。それを相対性理論はコンピュータシーケンスをもちいた各種の同期もの、「YXMR Ghost Object(ヤクシマル・ゴースト・オブジェ)」などの新規システム、やくしまるによるギター演奏を導入することでぬりかえてきた。昨年の六本木公演、その前年の中野サンプラザ、さらに溯れば2016年に山口情報芸術センター(YCAM)での「天声ジングル―∞面体」公演にはじまるこのながれはいまのところの最新作である『天声ジングル』にひそむものをひきだすための方途であるかに、私には思える。すなわちあくまでバンド形態でありながら個々のメンバーの音楽性を活かすとともに最大公約数的なポップを担保する。ただしその中心にいるやくしまるえつこは素数のように剰余がない。いや剰余がないどころか剰余そのものなのにそれ自体でしかわりきれない――などと、胡乱な喩えをふりまわしたくなるほど、現在の相対性理論の演奏の場には特異なものがある。

Photo : Tomohiko Tagawa

Photo : Taisuke Nakano

 その根底にあるのは先に述べたとおり『天声ジングル』の潜勢力である。なぜかそう考えるのか。本作が彼らのいまのところの最新作であることはむろんのこと、このアルバムで相対性理論は新たな境地にふみこんだと思うからである。『天声ジングル』で彼らは『TOWN AGE』までの直線的なバンド・サウンドからグルーヴを重視したスタイルにきりかわった。六本木のライヴで6曲目に披露した「とあるAround」をふくむアルバムの後半でその傾向は顕著になるのだが、今回ハイレゾ音源でのリリースとあいなった『天声ジングル』を聴くと、各パートの解像度があがり、密になりすぎない音のかねあいのなかで、それぞれがどのように動き、ほかとどう関係しているかが如実にわかるようになっている。私は『天声ジングル』をレコード、カセット、CDで所有し、TPOに応じて聴きわけるシックな大人の男性だが、ハイレゾ版の分解能は彼らがこの作品でこころみたポップ・ミュージックの実験の実相をより鮮明にうかびあがらせるばかりか、記名と匿名を周到に按分してきた相対性理論の演奏家としての力量を前景化する。永井聖一のギターの抽出の多さと鳴りのよさ、吉田匡と山口元輝のリズム隊の噛み合い具合、イトケンという名バイプレイヤーは2018年以降、参加は間遠になったが、その不在をおぎなってあまりある多彩な意匠が現在の彼らのライヴ演奏にはほどこされている。それを担うのはやくしまるえつこであり、それがゆえに相対性理論と彼女のソロ活動は音楽的にも意味合い的にも以前よりずっと接近したものになっている。とはいえこれはワンマン体制というわけではない。むしろ玉座の虚構化であり、中心の脱中心化ないしは非中心化である。いやほんとうにそうなのか。そのような現代思想的なことなのか。これでは逆に図式的ではないか。これは音楽の話である。

その先を見据えていた2018年のやくしまるえつこ

Photo : Tomohiko Tagawa

Photo : Tomohiko Tagawa

 そのようなことをいったかいわないかわからないが、やくしまるえつこはおそらく恬淡と虎視眈々と前方をみすえている。2018年はそのための充電期間だった。というのは語弊があるにせよ、計画的かつ散発的に、しかしツボを押さえた作品を彼女は発表している。まとめてみると、昨年は「放課後ディストラクション」と「あたりまえつこのうた」というソロ名義の2作のリリースがあった。前者は押切蓮介原作のテレビアニメ『ハイスコアガール』のエンディング主題歌であり、後者はNHK Eテレの教育番組『カガクノミカタ』のワンコーナー「あたりまえってなにかしら」の挿入曲である。付随音楽というべきこれらの楽曲はむろん、主体となる対象によって音楽性にちがいもでる。前者には山口元輝や永井聖一ら、相対性理論のメンバーがくわわり、サウンドには『天声ジングル』の遠い響きがこだましている。デジタルと生音を融合し、音楽性はラップトップ・ミュージックに傾斜するが、語り口は相対性理論を彷彿するものになっている。この狙いは山口元輝の別名義であるmolt beats名義のリミックスと合わせ鏡にすると二次方程式的に導きだせる。一方の「あたりまえつこのうた」はまさにジングルであり、各1分40秒の楽曲がシングルでは10パターンおさめている。おのおのヴァージョンには主題があり、ラウンジ的なニュアンスを基調にくるくると変奏していく。ある種の制約下で多様性を出すのはミュージシャンの腕のみせどころであり、同じくNHK Eテレでのコーネリアスの「デザインあ」あたりと、試行と志向と思考で通底し拮抗するとお考えいただくのが適当だろうが、タイトルからして明確な自己言及性が作品のメタ構造を規定し、番組の挿入歌以上の作家性をもたらしている。大袈裟ないいかたをすれば、作家性は女性観、男性観、人間観、音楽観、科学観、ひいては世界観をそこはかとなくふくみ、それらを符牒に聴取者は――そのひとが彼女の作品の聴き手であれば――来し方行く末に思いを馳せる。ふりかえれば、管見では相対性理論を演奏家集団に再生したきっかけのひとつである「わたしは人類」のような、演奏者に自由なスペースをもうけた楽曲が目につくだろうし、前方には『天声ジングル』感をさらにブラッシュアップした相対性理論名義のシングル「NEO-FUTURE」や、やくしまるが砂原良徳とダブルネームで出した、坂本龍一のカヴァー「Ballet Mécanique」(映画『交響詩篇エウレカセブン ハイエボリューション』の挿入歌)もある。ヤボをいうようで恐縮だが、この曲は教授の『未来派野郎』の収録曲であり、つまるところともに未来を暗喩するのだとしたら、今年あたりそのしっぽがみえてくるかもしれない。それまで私たちはヘンゼルとグレーテルが置いていったパンの欠片をつまみぐいするように、これまでの作品を堪能しながら、侍するにしくはない。ありがたいことに、本稿を目にされたみなさんは記事と同時にあらたに2作のハイレゾ音源がアップされたことに気づかれたはずである。ひとつはやくしまるえつこ名義で2013年に発表した『RADIO ONSEN EUTOPIA』、それとヤクシマル・エクスペリメント名義の『Flying Tentacles』(2016年)である。前者はNHK FMでリリース前年のクリスマスに、相対性理論のメンバーをはじめ大友良英やヒックスヴィルの小暮晋也、コールター・オブ・ザ・ディーパーズのNARASAKIなどが参加した「やくしまるえつこ"みんなのクリスマスセッション"」の未公開音源をふくむスタジオ・ライヴ盤で、テレビのほうのNHKの老舗番組「みんなうた」で放送した「ヤミヤミ」はじめ、同番組のクラシックである「恋するニワトリ」(オリジナル歌唱は谷山浩子)、「北風小僧の寒太郎」(堺正章畢竟の名演である)、「ラジャ・マハラジャー」(これは戸川純のパンキッシュな歌唱が元)、「メトロポリタン美術館」(大貫妙子のオリジナルもすばらしい)らのカヴァーをふくむ楽しい1枚。やくしまるの自作曲とこれらの楽曲がならぶと、彼女が個に擬態し表出する特性のひとつが唱歌や童謡に由来することがわかる。ただしやくしまるえつこは子ども、幼児、小人に未熟なイメージをかさねない。むしろそこからみつめかえすまなざしの鋭さを、彼女は歌のなかにこめている、『RADIO ONSEN EUTOPIA』』はそのことを端的にあらわす一作として、ラジオ収録独特のコンプ感ともあいまってJポップ/ロックなんかよりクラウトロックのレジェンドCANのBBCセッションと比較検討すべきであると私のまわりでは私だけがいっているが、一方の『Flying Tentacles』は彼女のもうひとつの特性である科学的な視点と実験性を、ドラびでおこと一楽儀光、蛍光灯の改造楽器オプトロン奏者の伊東篤弘、小説家の円城塔のテキスト、インターネット放送局DOMMUNEの主宰者宇川直宏が文豪夏目漱石を再生したインスタレーション「NATSUME SOSEKI/THE UNIVERSE」などとの共演~共存で多面的に描きだしている。特定の演奏者や楽曲だけでなく、音具や機材、現象や事象、場所性や磁場といった、非音楽、非人称的な対象との遊戯的な関係はやくしまるえつこのもうひとつの特性であり、それは2016年に国際科学芸術賞「アルスエレクトロニカ」のSTARTS PRIZEグランプリを受けたインスタレーションであるとともに作品を音楽化した楽曲の作品名でもある〈わたしは人類〉で音楽の枠組みを超えていくのだが、その端緒は同年の『Flying Tentacles』に実を結んでいた。やくしまるはその2年後となる、2018年10月9日、膨大かつ広範な展示品で人類というより地球の足跡をたどる上野の国立科学博物館の地階に一夜かぎり特別に展示された〈わたしは人類〉をバックに「わたしは人類」を歌うことになる。これが昨年相対性理論が観衆の前にあらわれた二度目だった。短くも濃密なそのときの演奏にも、六本木のライヴ同様、演奏家集団=相対性理論の間口の広がりを感じさせるものがあった。あの瞬間をまた体験したい。そう願う私たちの前に今年彼らは何度姿をあらわすのか。そんなふうに気を揉ませるなら、相対性理論のライヴ盤とか出したらいいのにね。

Photo : Kenshu Shintsubo

やくしまるえつこ / 相対性理論関連ハイレゾ配信作品

PROFILE

やくしまるえつこ

アーティスト兼プロデューサー、作詞・作曲・編曲家として「相対性理論」など数々のプロジェクトを手がけ、アート、テクノロジー、文筆、朗読とあらゆる領域を自在に横断し活躍。自身のバンドの他にも映画音楽からアイドルまで幅広いプロデュースワークや楽曲提供、インスタレーションや絵画、人工知能と自身の声による歌生成ロボや生体データ、人工衛星や遺伝子を用いた美術作品制作など多岐に渡り活躍。バイオテクノロジーを駆使し、音源と遺伝子組換え微生物で発表した作品『わたしは人類』で世界最大の国際科学芸術賞アルスエレクトロニカ・STARTS PRIZEグランプリを受賞。金沢21世紀美術館で展示された『わたしは人類 (ver.金沢)』は、ポップミュージックで初めて同館のコレクション作品として収蔵された。

やくしまるえつこ公式サイト
http://yakushimaruetsuko.com/


相対性理論

音楽、アート、テクノロジー、文筆など多彩な分野で活躍するアーティスト・やくしまるえつこ率いる「相対性理論」。既存のシステムに囚われず一貫してインディペンデントで在り続け、最新アルバム『天声ジングル』は坂本龍一、ジェフ・ミルズ、黒沢清、ペンギンカフェらが推薦。レコード会社にもプロダクションにも所属しないアーティストとして初となる日本武道館公演「八角形」を成功させ、ポップミュージシャンとして前代未聞となるYCAMでの企画展も開催。

やくしまるえつこ(Vo, dimtakt, Gt & etc.)、永井聖一(Gt)、吉田匡(Ba)、山口元輝(Dr)。

相対性理論公式サイト http://mirairecords.com/stsr/

[コラム] Yakushimaru Experiment, やくしまるえつこ, 相対性理論

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