キイチビール&ザ・ホーリーティッツを構成する音楽とは? ──穴だらけのポップスに垣間見る意志の強さ
《ハッピーサッドの先のハッピー》を歌い奏でるユルくて鋭い5人組バンド、キイチビール&ザ・ホーリーティッツ。Theピーズやホフディランなど、90年代のロック・バンドの影響を感じさせつつも、彼ら独特のユルくて鋭いサウンドを展開するこのバンド、あなたのハートをグッと掴むこと間違いなしです! とにかくOTOTOY大プッシュの彼らの魅力を伝えたい、ということで音楽ライター岡村詩野による、バンドのソングライター、キイチビールへのロング・インタヴューを掲載! これを読めばキイチビール&ザ・ホーリーティッツのことがまるわかり!? 待望の1stフル・アルバム『トランシーバ・デート』の配信も、ハイレゾ配信はOTOTOYだけなので合わせてどうぞ〜。
待望の1stフル・アルバム・リリース! ハイレゾはOTOTOYだけ!
キイチビール&ザ・ホーリーティッツ / トランシーバ・デート
【配信形態】
ALAC、FLAC、WAV(24bit/48kHz) / AAC
>>>ハイレゾとは?
【配信価格】
単曲 300円(税込) / アルバム 2,200円(税込)
【収録曲】
1. たまらない夜
2. パウエル
3. 世の中のことわからない
4. プラスチックラブ
5. ビールを用意しててね
6. ロケット裸族
7. トランシーバ・デート
8. 夏の夜
9. 東京タワー
10. ちっちゃなハート
【アルバム特設サイトはこちら】
INTERVIEW : キイチビール(キイチビール&ザ・ホーリーティッツ)
去年暮れに、このOTOTOYで《ココナッツディスク吉祥寺店》の矢島店長と2017年を振り返る対談をやった。その時に、スカートの澤部渡が輝いている理由は、誰がなんと言おうと自分がいいと思えるものはいい、自分の作品もいい、と言い切れる凛とした姿勢に現れているのではないかという話になった。澤部渡だけではない。少なくとも近年のポップス再生の時代を引き起こした主役たちは、時代の空気や傾向におもねらない、いたずらに時代に抵抗もしない、ただただ自分(たち)がいいと思える価値観に従い、ただただ情熱的にそこに向き合っている。しかも、ポップ・ミュージックの枠組みの中で、歴史を踏襲しながら、でもそれを上書きすべく実践するストイシズムとチャレンジシップもある。そして思うのは、そういう音楽家たちを「いまはこれが好き!」と堂々と言う我々リスナーの姿勢も問われているのではないか、と。
キイチビール&ザ・ホーリーティッツのヴォーカル、ギターで、ソングライターのキイチビールは、まさにそうした“ポップスが輝くための法則”を地でいくような若き音楽家だ。上背があってヒョロっとした風貌と柔らかい物腰のヴォーカル・スタイルから“緩い”と評されることも多いが、実際はむしろ正反対。頑固なまでに自分の指向を貫き、それゆえに孤独にも焦燥にも快楽にも興奮にもおそわれてしまう真性のポップ・クリエイターと言っていい。日本語ロックもジャズもブラジル音楽も均等に並べ、そこに自分だけのルールと美学を与えていく。だからキイチビールの曲は音楽の歴史をあっちこっちつまみ食いしたように穴だらけだ。でも、その穴だらけのポップスが俺の好きなポップスなんだ、やりたいポップスなんだ、と胸を張って叫べるだけの意志の強さがある。その強さがここ1、2年で急速に彼らを輝かせてきたのではないかと思う。
初の全国流通盤で1stフル・アルバムとなる『トランシーバ・デート』は、そんなキイチビールの穴だらけのポップスの美学が結集された力作である。岩手出身。東日本大震災での被災経験も作品に影を落とす、そんなキイチビールの音楽観を以下のインタヴューで感じてほしいと思う。
インタヴュー&文 : 岡村詩野
写真 : 大橋祐希
編集補助 : 大村桃子
なんでもないことを歌にポンッとしちゃう着眼点がおもしろい
──いきなりですが、ここにキイチビール&ザ・ホーリーティッツ(以下、キイチビール)の今度のアルバム『トランシーバ・デート』があります。あなた自身がこの自分の作品の前後左右に他のアーティストの作品を並べるならどれがいいか。今日はそれを伺いながら進めたいと思っています。
キイチビール : うわー難しい。
──いや、これまでキイチさんのインタヴューをいくつか読んできたんですけど、要所要所でジャズ研出身だとか、ホフディランやThe ピーズが好きだとか、そういうキーワードは情報としてたっぷり知ることができたわけですけど、ソングライターでもあるあなたが、それらをどのように位置付けているのか、どういう角度から影響されたのかをもっと知りたいと思っていたんです。
キイチビール : なるほどなるほど。じゃあ、そうなると、やっぱりThe ピーズの『とどめをハデにくれ』。これを僕らのアルバムの左に置きます。で、右に、たぶんホフディランの『多摩川レコード』。この2枚は僕らの作品の左右。もう鉄板じゃないかな。
──どういう部分において鉄板なのでしょう?
キイチビール : 歌詞もそうだし、音もそうだし。まず、ホフディランは実は小さい頃から聴いてはいたんです。うちの親が好きで家にCDがあって。僕、93年生まれなんですけど、聴き始めたのは2000年代に入ってから。3rdアルバムくらいまでは本当にいま聴いてもすごいと思いますね。『こち亀』(『こちら葛飾区亀有公園派出所』)の再放送がスカパー! とかで流れてるのを親と一緒に観てて、で、エンディング曲の「スマイル」っていい曲だってなってから、アルバム3枚とか買い揃えたって感じだったみたいです。で、それがずっと家で流れていました。確かに歌詞は影響受けてるかもしれないです。ホフディランの歌詞って嫌味っぽかったりするじゃないですか、結構。
──特に初期は、嫌味というより「ハゲてるぜ」(『多摩川レコード』収録)みたいにブラック・ジョークのようなユーモアが満載でした。
キイチビール : そうそう(笑)。「マフラーをありがとう」とかコーラスが「ダサい!ダサ い!」とか言ってるじゃないですか(笑)。その嫌味っぽいけどダサいところが可愛いなとか、そういう部分に魅力を感じてたり。あと、「Compact Disc」とかもそうですけど、なんでもないことを歌にポンッとしちゃうみたいな着眼点もおもしろい。(小宮山)雄飛さんとベイビー(渡辺慎)さん2人の色が結構違う。「でもそれがホフディラン」みたいな。音の使い方とかも結構影響を受けてると思う。特にシンセの使い方… 『ユウヒビール』のシンセは音色とかね。
──ええ、それは感じます。キイチビールの今回のアルバムの曲…… たとえば「ロケット裸族」は小宮山雄飛のユニークなチープ感覚に近いですね。
キイチビール : (笑)。ああ、これは、iPhoneの中に入ってる《GarageBand》を使うっていう初めてのつくり方をしてて。他の曲は全部弾き語りでギターからつくってるんですけど、これだけは鍵盤みたいなのをこうやって押さえて。カフェでつくったんですけど、暇つぶしでやってたら、「あ、なんかいい感じになったな」みたいな。それで家に帰って歌詞を書いて歌入れて、ギター入れて、それがそのまま入ってる。
──てことは、この曲については他のメンバーは参加してないんですか。
キイチビール : 参加してないです。
──なるほど。音楽的にっていうよりも、聴く人をびっくりさせるような“仕掛け”を楽しむ、という点でもホフディランの影響、確かにありますね。
キイチビール : だから、ゴースト・トラックとかもめっちゃ好きなんです。1st EPの「俺もハイライト」でもちょっと入れてみたりとか。そういう遊んでる感じとか、その時代の人たち特有の空気感が出るじゃないですか。あれって90年代感なのかな…… ホフディランもそうですけど、LBネイション周りとかって同じ空気感持ってる感じがすごい。ゲームボーイ持ってるみたいな。タケイグッドマンさんのつくったPVとかもおもしろいじゃないですか。
何にも囚われていない美しいそぎ落とされたメロディーの方が好き
──つまり、ナンセンスの粋(いき)はホフ譲り…… LBネイション譲りですか。
キイチビール : かもしれない。もう最高。マッチしてるんですよ。スチャダラパー、ホフディランくらいしか小学校の時は聴いてなかったんですけど。その小学校の時は岩手の田舎で山しかなかったんですけど、部屋でめっちゃ山とか見ながら聴いてたり、自然とリンクしてて。だから、いま聴いてもうちの実家の近くの山とか、青空とかが心象風景みたいな感じでポンポン思い浮かんでくる。それで大学入ってからLBネイション周りのCDとか集め始めましたね。で、めっちゃ小学校時代を思い出す。ちょうどフィルムカメラからデジタルカメラに変わったり、アナログからデジタルに変わっていったりとか。そういう思い出が詰まってるなと思って。懐かしさもありつつ、居心地の良さがすごい。
あと、楽しそう。チャランポランしてて楽しそうみたいな。特有の仲間感も魅力ですよね。ホフもそうですけどかせきさいだぁとかも一緒にいるみたいなのがいいなって。初めて聴いた時よりもいまの方がその気持ちは強いかもしれないな。だから…… そうですね、影響受けたディスク並べるの、左右はホフディランとThe ピーズ、前後のひとつは「さいだぁぶるーす」の入っている、かせきさいだぁのファースト『かせきさいだぁ≡』にします。
──では、そういう音楽趣味なのになぜ大学ではジャズ研究会に入ったのですか。
キイチビール : 実は高校で吹奏楽部でコントラバスをやってたんです。吹奏楽自体にそんな興味がなかったんですけど、コントラバスはやりたいなとは思っていて。それで大学入ったときにジャズ研入ればコントラバスできるぞ、ってことで入った。でも、あんまり自分のジャズに対するスタイルとしての影響はないです。もちろん昔のモダン・ジャズとかの名演を聴いて、フレーズとかを練習したりしてセッションでうまくできるように毎日練習とかしてたんですけど、なんかスポーツっぽくなってきちゃってだんだんと離れちゃって…。スポーツっぽいっていうのは、いまの一般的な大学のジャズ研のムードだと思うんですけど、ちょっと昔の“どジャズ”っぽいフレーズでバップとかのフレーズを上手く当てはめられるのが偉いみたいな…… そういう雰囲気ですね。それがなんか違うなって思ったんです。
で、一回そこから離れて。その辺りでジャヴァンとかのブラジル音楽も聴き始めて。何にも囚われていない美しいそぎ落とされたメロディーの方が好きかもなっていう風に変わって、ジャズからどんどん抜けていって。で、結果戻ってきたのが、The ピーズとホフディランとか、トモフスキー、ボ・ガンボス、フィッシュマンズとかだったという。そしたら、逆に最初に聴いていた頃よりも良く聴こえて。そのタイミングで大学も卒業してフリーターになって、バンドもやって、社会の輪から完全に離れてたから、もうなんか「どうにでもなっちまえ」みたいなイメージでハマっちゃったんですね。いまの自分の心境が、歌詞とかに合ってて。
──なるほど。自分の居場所はここだと確信したと。そこでキイチビールの結成へと向かうわけですか。
キイチビール : そうです。だから、僕らの作品の左右はホフディランとThe ピーズ。鉄板なんです。あとは前後…… ただ、モダンジャズとかバップとか一生懸命聴いてた時期はあったからそこからの影響はあるのかな。あと、現代のコンテンポラリー・ジャズとかヒップホップと融合したジャズとかも当時は聴いてたんですけど…… でも、ロバート・グラスパーもそうだし、グラスパーのバンドのベーシストでもあるデリック・ホッジとか、自分で曲をつくり始めてから一切聴かなくなっちゃったけど、好きだった時代はありました。その感覚を辿ると、子供の頃に聴いていたプリンスとか。あとは父親の影響が大きいんですけど、Pファンクのパーラメントだったり。あとブーツィー・コリンズとかのアルバムがよく家で流れてたんで聴いていました。でも、ジャズ研で鍛えられたは鍛えられました。コード感覚とか。結局はアドリブとかソロでやって、自分のメロディーを表現しなきゃいけない場に立たされるので、そういう時になるべく自分の好きなメロディーを見つけるように工夫してた部分が、いまメロディーをつくるときにちょっとは培われた部分なのかなって思いますね。
新しいサウンドの良いポップ・ミュージックをつくりたくて自然と行き着いた先が転調だった
──楽譜は読み書きできるんですか?
キイチビール : ほとんどできないです。だから曲をつくる時もコード譜とかも全く使わないです。ほんとに弾き語りでつくって、それをスタジオに持って行って、そのまま弾き語りでメンバーの前で歌って。「ここのコードがこれだよ」みたいなことを言いつつ。みんなも耳コピでそのまますぐ対応してくれるんで、その流れで曲が出来上がる。感覚的ですね。でも、ジャズ研時代に養ったスパルタ的な演奏技術向上みたいなものが、自覚してつくってないですけど、もしかしたら生きてるんだろうなっていうのはありますね。「パウエル」のソロとかはそうかもしれない。ただ、曲としてはなるべくポップな方向性で誰が聴いても覚えられるようなものをつくりたいんです。そういう時に思い出すのは、やっぱり自発的に「うわ! もうこれだ!」みたいな感じで中・高でハマって聴いてたThe ピーズとかなんですよね。あと、外道とか村八分とか。日本語のロックにめっちゃ固執してたところがあって。それが未だにあんま抜けてない感じもありますね。でも、誰が聴いてもパッと覚えられるような音楽って、ありきたりというのとは意味が違うじゃないですか。ありきたりすぎると、ぼんやりしてスルッと抜けていって全然覚えられなかったりする。覚えられるっていうことはいいメロディーで、新しくてちょっとフックがあってとか…… それをつくりたくて努力してるところはあります。
──ということは、相当自覚的につくっているということですよね?
キイチビール : それがまた…… そうとも言えない。自覚的に計算してつくろうっていう感じじゃなくて。ポンポンとアイディアとかメロディーを考えてて、特に明確な採点基準はないんですけど、「これはダメ」とか「あ! これだ!」みたいなひらめきを勘でランダムに出していく。その出すっていうのも、生まれてくるみたいな感じなんで。だからこのコード進行に対して何度の音から始まるみたいなつくり方はしてないです。鼻歌みたいな感じ。だから自覚的はやってるようでやってないんですよね。
──とはいえ、ありきたりになる / ならないのボーダーってあると思うんですよ。
キイチビール : あるとは思います。
──そこをある程度意識しないと、ただ偶然に任せるしかなくなるじゃないですか。でも、キイチビールの曲は、展開が予測できるようでそうならない。単にまぐれとか偶然でできた曲のようには思えないんですね。そこにジャズのインプロで鍛えた瞬発力が生かされているのかなと感じるんです。転調が多いのも特徴だと思います。
キイチビール : ああ、嬉しい。実は最近自分のスタイルが見え隠れしてきたかなって思ってるんです。このアルバムでいうと「たまらない夜」とか「トランシーバ・デート」は3ヶ月前くらいにつくって。
新しいんですけど、そのあたりでようやく形っぽいのができてきた。確かに、結構、キーが変わるんです僕の曲。でも、いわゆる「いまから転調します」みたいな感じの転調じゃなくて、「全然転調してませんよ~」みたいな感じで転調して、知らない間に戻ってるみたいなさりげない感じ。でも耳で聴くととキーが変わってるから違和感があるし、引っかかりがあっておもしろい。新しく聴こえる。そういうのがつくりたくて出てきてる感じがありました。「たまらない夜」も「トランシーバ・デート」もそういう流れでできた曲ですね。転調って手っ取り早く違和感を埋め込める。でも新しいサウンドの良いポップ・ミュージックをつくりたいっていうところで自然と行き着いた先が転調だったみたいなところはありますね。そのおもしろさを生かしてるところはあります。「たまらない夜」もAメロ、Bメロ、サビで変わっててまた戻ってるみたいな曲ですし。
──では、転調を多用するようになったきっかけのアーティストはいますか?
キイチビール : それもまたThe ピーズかも知れない。歌詞面においても曲とかにもThe ピーズの影響強いんですけど。The ピーズの曲って弾き語りで耳コピしてるとわかるんですけど、「こんな変なコード進行するんだ」みたいなところがすごくあるんですよ。でも、だからって真似して転調しようとしたわけではなくて。1曲つくる中で「そっちよりこっちの方がおもしろいじゃん」みたいな感じが、転調として自分の中で完結してるんです。
──では、「こっち」と「そっち」の境目はどこにあるんですか?
キイチビール : 自分が「こっち!」と思った方(笑)。
──(笑)。
キイチビール : 難しい(笑)。曲ができた時に「これが完成なんだ。これが最初からあったものなんだ」ぐらいの完成度があるものを選んでいます。それが元からあったみたいな感じ。掘ってつくるんじゃなくて、砂を払ったらそれがあったみたいな感覚ですかね。その参考になったのがThe ピーズかな。でも、ある程度は偶然性みたいなものは大事にしています。ある程度の計算も自覚するようになりましたけど、たとえば「パウエル」をつくったときとかは、サビのメロディーが意外と指板で弾いたときに、なんかジャズっぽかったりするな~って思っていたんですね。
でも、新しめの「たまらない夜」はメロディー自体は別にジャズっぽくもないし、何々っぽくもない。転調のおかげで起伏がついた。でもその転調もそんないやらしい転調じゃない。ほんと偶然のおかげでスタイルが見つかった、みたいな感じです。歌いながらつくってるうちに、手が勝手に動いた方向で「あ、これがいいや」みたいな。手が、もう意識とかけ離してオートで動くみたいな感じにしておくという(笑)。
好きなものだけずっと聴いてたい
──ちょっとした“おもしろ仕掛け”やナンセンスな妙味を親しみやすい曲の中で生かす上でもスポンティニアスな余地というのは確かに重要ですね。では、その偶然の背後にあるのは、強いて言えばどういう音楽だと思いますか?
キイチビール : なんだろうな。あ、でもジャヴァンとかはそうかも。ジャヴァンの、簡単なんじゃないかって感じでやってのけるけど曲自体は何やってるかわかんないくらい難しかったりとか。ブラジルのポップってテクニックがもの凄かったり複雑だったりして、そういうのに憧れはあると思います。簡単そうに見えて意外と凝ってたり。こういう発想の転換でこういってるんじゃないかなとか、そういうスタイルは背後にあるのかな。だから、もう前後の1枚はジャヴァンの『Seduzir(セドゥジール)』にします。
──そもそもブラジルの音楽の入り口は何だったのですか?
キイチビール : アーロン・ゴールドバーグっていうジャズ・ピアニストのアルバムでジャヴァンの曲をやってて、その曲が異常によかったので、そこからですね。大学のジャズ研時代でいろんなコンテンポラリーとかの新譜を聴いてる時に「これは素晴らしいな」と。その頃ちょうど、わけわかんないこととかやってる人がいっぱいいるからジャズに疲れてきていて。その時に、シンプルでメロディーがすごい歌ってて、でも寂しい感じもあるし「なんだ?」みたいな。それで曲自体が大好きになって、オリジナルを聴いてアルバムを買ってジャヴァンを聴き始めた。
「たまらない夜」と「トランシーバ・デート」とかはそういう意味では偶然にパッとできることのおもしろさが出た曲でもあります。それも結構自然に出たんですよ。2、3年くらい前に好きな子とデートに行った時の話を、そのまま歌にしたやつなんですけど。すごい声がちっちゃい女の子と隣でトランシーバで話すっていう可愛らしいようなエピソードを思い出して、曲にしようと。最初のイントロのリフが無意識でできて、そのままメロディーも一緒にできて、あっという間にできた。もちろん、曲つくるときは新しいことを試そうと常に思ってるんですけど、そこに偶然性が重なって成功したんだと思います。
──いずれにせよ、自分の世代ジャストなものじゃない音楽の成分がキイチビールには多いわけですね。
キイチビール : そうですね。新しいものも聴くんですけどね。友達とかだったら東郷清丸くんとか。あと、めっちゃ友達ですけどGateballersとか台風クラブも大好きだしMONO NO AWAREも好き。Tempalayとかもすごい好きで聴いてたりしますけど。でもそういう人たちの間でもホフディラン好きとかいう話できる人ってそんなにいないですね。The ピーズはまだしも。
──ただ、「70年の日本のロックってこういうもの、80年代は日本のポップスってこういうもの」って一定の時代ごとの聴き方ってのがあるとして、キイチビールの曲はそういう教科書を参考にしてつくられた音楽ではないですよね。
キイチビール : ああ、ないですね。
──なのに、ポップスやロックの歴史をある程度意識して一定の敬意を払い、受け継ごうとしているようにも聴こえる。ホフディランとジャヴァンを地続きに聴いてしまう感覚ですよね。そういう聴き方をするようになったのはなぜだと感じていますか?
キイチビール : なんですかね。マニア気質とかじゃないってのもあるのかな。好きなものだけ聴きたいし、パッと聴いてイントロの時点で「こんなの違うわ」みたいなのは全然聴かないし。好きなものだけずっと聴いてたいんですよ。だから子供の頃から聴いてるアルバムもいまだに聴いてたりとかする。実はホフディランも3rdアルバムまでが大好き。曲を好きになるタイミングとかも、自分から調べてとかじゃなくラジオで流れてたりとか西友で流れてたりとか(笑)。すかさずShazamして。それで偶然耳に入って来たのが「好き」ってなったらその曲だけを聴くとか。
──マニア的な聴き方はしたくない。
キイチビール : いや、そういうアーティストの方達にはちょっと劣等感あるんですけど。
──コンプレックスはある。
キイチビール : あります。ちょっとなんか、インタヴューとか読んでても「うわ、詳しい」みたいな。おれもこういう風に喋れたら良いんだけどな、とは思うんです。でもおれは全然出てこない(笑)。僕らの「トランシーバ・デート」もそうですけど、割とフワフワしてる感じでしょ。時代とか流行りとか気にしてないフワフワした、いつの時代でもない感じ。でもそれがいいんじゃないかなって思ってきてて。だから特に周りを気にすることはないかな。
後ろめたさから解放されたくて自分を認めさせるために書いた
──でもそんなキイチビールの音楽は、音楽マニアや熱心な音楽ファンにも実は届いている。出会おうと思って出会ったんじゃなくて、日常的に西友でかかってる曲をShazamで見つけて、そればっかり聴く人のつくった音楽が音楽マニアにヒットするということの意味を考える時に、カギとなるのは平素の生活の中でどういう風に音楽と接しているかということだと思うんですよ。
キイチビール : ああ、なるほど!
──本当の音楽マニアはレコード何枚持ってるとか、オリジナル盤しか買わないとかっていう嗜好ではなくて、「誰がなんと言おうと俺はこれが好き」と堂々と断言できる頑固さに現れると思うんです。キイチさんの姿勢にはそれがある。しかも、自分の気持ちを込めた音楽を町の中で誰か全然知らない人がキャッチして聴いてくれるかもしれない、そこに出会いがあってほしい、みたいなロマンもある。“頑固な俺”の手紙を入れた瓶を願いを込めて海に流す、みたいな。そりゃあ、届いて当然だと思うわけです。
キイチビール : ああ、そのロマン的な部分はすごいありますね。まだまだポップ・ミュージックには先があると思っています。
──しかも、そのロマンというのを歌詞ではすごく曖昧なままにしてあるような気がするんです。これは意図したものですか?
キイチビール : ちょっと意図的だと思うんですけど、具体的に思いつかなかったりっていうのもあるかもしれない。もちろん自分に起こってることとか自分の思いを書いてるんですけど、誰が聴いても自分に置き換えられるように聴けるように書いてるんじゃないかな。歌詞面でのポピュラー性みたいな。超個人的な具体的なことじゃなくて、それがパンクっぽい感じで。ポップスは誰がどう聴いても同じでぼんやりしてる感じがあるので、ちょうど中間ぐらいを行きたいところはあるかもしれないですね。「世の中のことわからない」の歌詞とか、たぶんつい出てしまった。これがこのアルバムの中で1番昔につくった曲で…… 2年半前くらいかな。で、「たまらない夜」とかが新しめ。歌詞もずいぶん絞られて変わってきましたね。
──偶然性も客観的に重要視していることも含めて、とても丁寧に音楽に接していますね。よくキイチビールは「ゆるい」などと評されますが、まったくそんな気がしません。「ゆるい」と言われるのは本意ではないのではないですか?
キイチビール : ないですよ。それは本当にそうです。「ほのぼの」とか言われたくないです(笑)。「ほのぼのポップス」とか。ほのぼのしてないんですけど、メロディーだけ聴くとそういうふうに受け止められちゃう。確かに「かっぱえびせん」とか、そういうの聴くとそう聴こえちゃうんでしょうね。精神性はパンクっぽい感じがあるんです。でも「ほのぼの」とかって言われちゃうと、「まじか」みたいな。キツイですよ。歌詞読んでないんだなって。伝わってないんだなっていうのがあります。焦燥感は常にありますから。
──それは何に対する焦燥感なんですか?
キイチビール : 「パウエル」をつくる前ぐらいが1番感じてたんですけど。僕、岩手出身なんですけど地元が被災してるんです。2011年3月11日に震災があって、その年の4月は被災してたから岩手にいたんですけど、5月から東京出てきて大学生活っていうタイミングで。それで運良く家とかは無事だったし父親も自営業だったんで仕事もあったから、大学にちゃんと通えたんですけど。でも友達とか結構死んだり、受験できずに家も大変だからって言って地元残って仕事してる人もいるなかで、東京にいると全部忘れちゃって。楽しんで、しかも留年までして、おまけに就職せずバンドしてるみたいなのが結構辛い時期があって。父親が腰壊して工事関係の仕事ができなくなったからパチンコ屋でバイトしてるみたいな時もあったのに……。
金銭的にも厳しくなって、「これ、俺遊んでたらダメだな」ってなった時に、後ろめたさから解放されたくて自分を認めさせるために書いたのが「パウエル」。それが結構よかったんで。書くことで思いが整理整頓されて、バンドやっていこうって気持ちに変わったんですね。とはいえ、いい曲つくれるかなんてことも今後わからないし。1曲できたら次の曲つくれるかなんてわかんねえと思いながら毎回切羽詰まってつくってて。それが「たまらない夜」の歌詞に出ちゃってますね。
──「パウエル」での焦燥感に始まって、「たまらない夜」に向かう中で、ひとつひとつ自分に言い聞かせていった。そして納得しながら活動を続けていった、と。
キイチビール : そうです。納得して。「よし、いいぞ!」ってなってたんですけど。また「曲できねえ」みたいなちょっと諦めがあったり。もう、どうなっても別にいいかなって。このままできなくても死ねばいっかぐらいの気持ちになったり。結構、情緒不安定なんでしょうね。やっぱり夜寝る前とかに将来のこと考えると胸がギュってなって寝られなくなったりとか。そういう落ちてるときに「たまらない夜」を書いたんですよね。
──自信持ちましょうよ(笑)。
キイチビール : 持ちます。でも、新しい曲ができる補償はない(笑)。あ、でも、逆に「トランシーバ・デート」はノリノリの時に書いた。曲も歌詞も「懐かしい! 楽しい!」みたいなので書いたかも。曲ができた瞬間は「全然できるじゃん! 余裕じゃん!」みたいな。でも、やっぱ苦しんで書いた方が絶対いいんですかね?
──よく、そういう風に言われますよね。ハッピーな時につくった曲より、苦しみながらつくった曲の方が美しい、と言うミュージシャンもいます。制作って茨の道ですよ。
キイチビール : 茨の道を選んだなって最近思ってます(笑)。とりあえずヒットを出したい!
──で、それを越えるためにまた辛くなる。
キイチビール : あはは(笑) 。成功するかなんてわかんない。誰にも。まあ、金持ちにはなりたいけどなあ(笑)。
過去作もチェック!
1000枚限定でリリースし、現在は絶版となっている1st EP『俺もハイライト』。OTOTOYではアルバム購入でボーナス・トラック「レガエ」がダウンロード可能です!! インタヴューも掲載中なのであわせてどうぞ。
RECOMMEND
キイチビールが影響を受けたことを公言し、『トランシーバ・デート』のリリース・パーティーでも共演が決まっているポップデュオ、ホフディラン。古巣・ポニーキャニオンからのメジャー復帰作、そしてオリジナル・アルバムとして実に5年ぶりとなる作品。
カネコアヤノ / さよーならあなた(Second Edition)
2016年にライブ会場、オフィシャル通販、ライブ会場のみでリリースするも半年で完売していたカネコアヤノの1st EP『さよーならあなた』再発盤。バンド録音された「さよーならあなた」「退屈な日々にさようならを」の2曲と彼女のもう一つの魅力である叙情的な弾き語り曲も2曲収録されています。キイチビール&ザ・ホーリーティッツ『世の中のことわからない』リリースパーティーにも出演しました!
“合唱系ノスタルジック青春歌謡オーケストラ”?! 昭和歌謡もアイドルサウンドもフォークもロックもパンクも呑み込んだ“ナツカシイサウンズ”を叩き付ける、ライヴハウスで話題沸騰の京都の7人組バレーボウイズの1stアルバム。
LIVE SCHEDULE
1st・フル・アルバム『トランシーバ・デート』リリース・パーティー
2018年2月8日(木)@東京・渋谷 WWW
時間 : OPEN 18:00 / START 18:30
出演 : キイチビール&ザ・ホーリーティッツ、ホフディラン、MONO NO AWARE、台風クラブ
THANK YOU SOLDOUT!!!
1st・フル・アルバム『トランシーバ・デート』リリース・ツアー
2018年3月8日(木)@大阪・LIVE HOUSE Pangea
出演 : キイチビール&ザ・ホーリーティッツ、Koochewsen、ナードマグネット、Gateballers
2018年3月9日(金)@愛知・名古屋CLUB ROCK'N'ROLL
出演 : キイチビール&ザ・ホーリーティッツ、Koochewsen、SUNNY CAR WASH、Gateballers
2018年3月20日(火・祝)@宮城・仙台 enn 3rd
出演 : キイチビール&ザ・ホーリーティッツ、Koochewsen、SUNNY CAR WASH、YAOYOROS
1st・フル・アルバム『トランシーバ・デート』インストアイベント+サイン会
2018年3月1日(水)@大阪・タワーレコード梅田NU茶屋町店イベント・スペース
時間 : OPEN 18:30 / START 19:00
ライヴ観覧フリー
2018年3月12日(月)@東京・タワーレコード新宿店7Fイベント・スペース
時間 : 開始 19:00
ライヴ観覧フリー
その他ライヴ
見放題東京2018
2018年3月3日(土)@東京・新宿歌舞伎町界隈9会場
詳細はこちらから
TENJIN ONTAQ2018
2018年3月11日(日)@福岡・天神周辺ライヴハウス8会場
詳細はこちらから
IMAIKE GO NOW 2018
2018年3月25日(日)@愛知・今池周辺のライブハウス等9会場
詳細はこちらから
PROFILE
キイチビール&ザ・ホーリーティッツ
《ハッピーサッドの先のハッピー》を歌い奏でるユルくて鋭い5人組バンド
平均年齢24歳の5人編成。
2016年6月、Theピーズやホフディランなど、90年代のロックバンドの影響を感じさせつつも、彼ら独特のユルくて鋭い、〈ハッピーサッドの先にあるハッピー〉を歌い奏でるミュージカルセンスをいきなり見せつけた初の自主制作EP『俺もハイライト』をリリースするや、タワーレコード渋谷店の全国未流通音源「タワクル」コーナーにて7ヶ月連続TOP10入りを達成するなど、二十歳前後の同世代のリスナーを筆頭に、90年代に青春期を過ごした年上のリスナーなど、様々な世代のキイチビーラーがじわじわ増殖中。
2017年夏には、「RO JACK for ROCK IN JAPAN FESTIVAL 2017」(優勝)、「でれんの!?サマソニ!? 2017」(GARDEN STAGE賞受賞)という2大夏フェスへの出演権を獲得する新人コンテストでW受賞し、一躍注目を浴びる存在に。
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