2017/04/26 12:00

街から街へと旅する現代の流れ者たちのための歌──SSW・松井文、5年ぶりとなるアルバムをリリース

1989年生まれ、横浜出身のシンガー・ソング・ライター松井 文(まつい あや)。そんな彼女が1stアルバム『あこがれ』から5年の月日を経て、2ndアルバム『顔』をこの度リリースした。折坂悠太、夜久一(やく)と共に運営するレーベル「のろしレコード」通算4枚目となる今作は、昨年発売した1stフルアルバム「たむけ」が好評を得た折坂悠太が初のサウンド・プロデュースを担当。折坂のほか、田中悠貴(ex. THE NAMPA BOYS)、三輪二郎といった多くのミュージシャンが作品に彩りを加えている。OTOTOYでは本作の配信とともに、彼女のキャリアのスタートから今作までを記したレヴューを掲載。彼女が描く10の様々な「顔」たちに是非とも触れていただきたい。



松井文 / 顔
【Track List】
01. 相槌
02. ああ無常
03. いつになったら
04. 安いバーボン
05. カエル
06. 海は遠かった
07. 水平線
08. 家路
09. 君の顔が霞んでみえる
10. すきま

【配信形態 / 価格】
16bit/44.1kHz WAV / ALAC / FLAC / AAC
単曲購入 257円(税込) まとめ購入 1,851円(税込)

松井文「顔」 ダイジェスト
松井文「顔」 ダイジェスト

【REVIEW】松井文 『顔』

キリっと冷めた視線かつ人見知りを携えた目、ボーイッシュな風体に一度聴いたら忘れられない声。シンガー・ソング・ライター、松井文(あや)。折坂悠太、夜久一と共に運営する自主レーベル〈のろしレコード〉の動きは数年前から一部で話題を集めていたが、満を持してのフルアルバム『顔』はフォーク・ミュージック新時代の幕開けを改めて感じさせる作品に仕上がっている。

まずはキャリアを見ておこう。横浜出身の平成元年生まれ。前史としては2008年に10代限定フェス「閃光ライオット」の第1回目にGalileo Galilei、Brian the Sunらと並んでガールズ・バンドPiggy Hedgehogのヴォーカルとして出演している。この時の楽曲「今日の出来事」は本フェスのV.Aで今でも聴くことが出来るが、ギター・ロックのフォーマットに乗りながらも、ゆるい空気感と冷ややかな歌唱には金延幸子やシュガー・ベイブ時代の大貫妙子を彷彿とし、同世代の中では異彩を放っていたことが分かる。

翌2009年にバンドは解散。1971年から続く大阪の野外コンサート「祝春一番」に憧れ、拠点を大阪に移す。1960年代からフォーク、ブルースの地盤がある関西だが、この時代に20歳そこそこで単身首都圏から移住するというキャリアは極めて異端だ。筆者が彼女を初めて見たのも2013年の「祝春一番」だったが、遠藤ミチロウ、木村充揮、先日亡くなった加川良らを始め、ベテランのフォーク、ブルース、ロックの演者たちに混じって一際若い存在であったが、年齢を武器にするわけでもなく違和感なく馴染んだステージを見せていた。初作『あこがれ』(2012年)はプロデューサーに祝春一番の大看板の一人であるブルース・シンガー、ギタリストのAZUMIを迎え、ライヴ・ハウス、バー、酒場で出会ったミュージシャンたちから日々多くの薫陶を受ける環境の中で制作された大阪期間のハイライトとなる作品だ。関西フォークに影響受けた楽曲にのる歌は決して流暢ではないが、時に森田童子のような幼児性、時には浅川マキのように乾き、老練した女性の姿も見えてくるスモーキーな声が煙のようにいつまでも余韻が残る作品となっている。

フォーク・ブルースの純血統を受け継いだ大阪での約3年半を経て、再び首都圏に拠点を移すこととなる。2015年には折坂悠太と夜久一(やく)を誘い、フォーク・シンガー3人で自主レーベル〈のろしレコード〉を立ち上げる。当然これからキャリアを積んでいく3人であるが、まるで小室等・吉田拓郎・井上陽水・泉谷しげるが1975年に設立したフォーライフ・レコードのようにそれぞれの活動ではありながら、主体的にシンガー自身が緩い徒党を組む動きは非常に新鮮であった。

松井文「いつになったら」
松井文「いつになったら」

〈のろしレコード〉では3人のスプリット盤、AZUMIプロデュースによる夜久一のアルバム、昨年の折坂悠太のアルバムと受け、いよいよ松井の番となる5年ぶりの本作『顔』に至る。前作からぐっと安定し芯の通った声に成長、あどけなさはなくなりまっすぐに突き抜ける。全体的なトーンは極めて落ち着いており、一つ一つの音をじっくり聴かせるつくりは今回のプロデュースを手掛けた折坂悠太の昨年の作品『たむけ』に通じる空気感だ。「相槌」、「いつになったら」などの達観しつつ軽妙でトラディショナルな語り口は高田渡をも感じさせる。参加ミュージシャンは竹口滉(G,マンドリン)、田中悠貴(Ba / ex. THE NAMPA BOYS)らと、前作から一転同世代に近いが、一方で歌とギター伴奏のみの「安いバーボン」では三輪二郎が味のあるギターで松井の歌を支えつつ、最後に2フレーズのみぼそっと歌う客演がたまらなく粋で素晴らしい。そんな松井の”おじさんキラー”なところは前作から通じるところだろう。

また歌詞で印象的なのはさよならだけが人生だと言わんばかりに変わりゆく風景と旅情を歌う描写だ。

「君にはもう伝えたはずさ この街にはいられないって」 「ああ無常」

「見知らぬ街が次から次へ 雲と一緒に流れていくよ」 「いつになったら」

「こんなに遠かったんだ 海は遠かったんだ」 「海は遠かった」

と一地点にはとどまらず街から街へと旅する現代のホーボー・ソング(流れ者の歌)として響いてくる。極め付けはゴンザレス三上(ゴンチチ)のツイートから発想を得た「きみの顔が霞んでみえる」で現世からも旅立ってしまう姿が描かれる、もはやスタンダード・ナンバーとの貫録すら持つ楽曲だ。

 声の魅力はもちろんだが、独自の歩みを活かし、現代の感覚で紡がれた正しくフォーク・ソング最前線。本作から追い風が吹いて、のろしが全国に届くことを願う。

(Text by 峯大貴)

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LIVE SCHEDULE

松井文 2nd ALBUM「顔」発売記念 関西ツアー

With れっきとしたSLEEPER
岡本修道(gt,mand)、弓倉尚真(gt)、山崎明(key)、近藤哲生(ba)、飯田一馬(ds)

5月19日(金)@大阪 GANZ toi,toi,toi
5月20日(土)@京都 恵文社 cottage (ミニライブ)
5月21日(日)@神戸 JAMES BLUES LAND

松井文 2nd ALBUM「顔」発売記念 新宿ゴールデン街劇場 2Days

6月3日(土)@新宿ゴールデン街劇場
『弾き語り編』
出演 : 松井文(vo,g)、折坂悠太(vo,g)、三輪二郎(vo,g)

開場 18:30 開演 19:00
前売 2500円 当日 3000円

6月4日(日)@新宿ゴールデン街劇場
『バンド編』
出演 : 松井文(vo,g)、三輪二郎(gt)、ロケット・マツ(key,mand)、種石幸也(ba)、折坂悠太(dr)、ハラナツ(sax)、日南京佐(cello)
スペシャルゲスト : モロ師岡
開場 16:30 開演 17:00
前売 3000円 当日 3500円(+1drink)

PROFILE

松井文

平成元年生まれ、横浜出身。
少年のような声で歌う、シンガー・ソング・ライター。

ガールズ・ポップ・バンド、Piggy HedgehogのVo,Gとして、閃光ライオット2008に出場。
2009年にバンドを解散し、弾き語りで歌い始める。

2010年に単身大阪へ移住。
祝春一番コンサート2012、2013、2014にひっそり出演。

2012年9月、日本中を旅するブルース・シンガーAZUMIプロデュースによる1st ALBUM「あこがれ」を全国リリース。

2013年8月より東京に拠点を戻し、精力的に活動中。

松井文 Twitter : https://twitter.com/matsuiayaya

のろしレコード OFFICIAL HP : http://noroshi-record.tumblr.com/

[レヴュー] 松井文

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