中島孝、鮮烈なデビュー作ーーシティ・ポップ〜アシッド・フォークに接近した最新型インディ・ポップ

佐賀にある実家の一室から、洗練された楽曲を制作し続けるシンガー・ソングライター、中島孝(なかしまこう)。2016年1月リリースの1st EP『RAFT』では、インドネシアのシティ・ポップ・バンド、ikkubaruやカンバスなどを招聘し、耳の早いリスナーを中心に話題を呼んだ。それからわずか3ヶ月、Especiaなどの楽曲を手がけるHI-FI CITYと完全共作で2nd EP『TAXIS』を4月27日にリリースする。そして、ニュー・ウェイヴからフューチャーハウスに至るまで、邦楽シーンの先を行くソリッドなサウンドを詰め込んだという同作より、1ヶ月先行で「dramatic」をフリー・ダウンロード!! 『RAFT』のハイレゾ配信とともに中島孝への単独インタヴューも掲載する。いま中島孝に注目しておかないで、いつするんだ?
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1st EPハイレゾ音源をOTOTOY独占で配信スタート
中島孝 / RAFT
【配信形態】 24bit/48kHz(WAV / ALAC / FLAC) / AAC
>>ハイレゾとは?
【価格】
単曲 200円(税込) / アルバム 1,200円(税込)
【Track List】
1. SILENT STORY
2. drop
3. YUKIDOKE
4. nagisa
5. HELLO
6. shonen
中島孝 1st EP / RAFT中島孝 1st EP / RAFT
INTERVIEW : 中島孝
近年、「シティ・ポップ」と形容されるバンドが多くなった。中島孝もまた、そう形容されるアーティストの1人であろう。しかし、彼の出身地は佐賀県で、現在も佐賀の自宅の一室で楽曲制作をしている。それもあって、関東近郊で活動するバンドたちとは違う、ある意味想像から生まれたような都会感を持った作品となっている。また、彼が大きな影響を受けた音楽は、APOGEEであり、ROTH BART BARONであり、音作りにおいても、どこかベッドルーム・ミュージックのような趣を持っている。
1st EP『RAFT』に多様なアレンジャーが参加しているというのも特異な点である。「インドネシアのキリンジ / 山下達郎」と呼ばれ日本ツアーも成功させたバンド、ikkubaru、INO hidefumiとのコラボでも話題になった実力派ポップス・バンド、カンバス、渋谷系の代表であるインスタントシトロンの長瀬五郎、 アイドル・グループ、LinQの楽曲制作を担当するトラックメイカーSHiNTAと、顔ぶれは実に豊か。中島孝というアーティストは、どのように形成されたのか。その第一声をお伝えする。
インタヴュー&文 : 西澤裕郎
「これが聴きたかったんだ!!」って感じでずっと号泣していて(笑)
ーー中島くんの音楽をはじめて聴いたとき、非常に洗練されていて、まさか佐賀にある自宅の一室で制作されたとは想像もしませんでした。
中島孝(以下、中島) : 今って地方在住のままでも関東で人気を集めている方っているじゃないですか? だから、佐賀の田んぼの中でこういう音楽を作っていますっていうのは、ギャップとしていいのかもと思っていて(笑)。もともと僕はアコギ1本の弾き語りから始めたんですけど、はじめたきっかけはサスケの「青いベンチ」なんですよ。そして、18歳ぐらいの時にAPOGEEに出会って、それまで聴いてきた音楽とまったく違って衝撃を受けたんです。そこから「彼らは何を聴いてたんだろう?」という部分に興味が向くようになり、フレーミング・リップスだったり、海外の音楽だったり、いろいろな音楽を聴くようになっていきました。
ーーAPOGEEとの出会いが、それほど強烈だったわけですね。
中島 : 本当に強烈でした。僕が出会ったときがAPOGEEの活動休止のタイミングだったんですけど、復活することを発表したとき、大学生ながら九州から東京まで飛行機で3、4度行きました。はじめてAPOGEEを生で見たときは、1番前で「これが聴きたかったんだ!!」って感じでずっと号泣していて(笑)。

ーーどういった部分に、それだけ強い感銘を受けたんでしょう。
中島 : 「媚びていない」と思ったのが1番大きかったです。リスナーに対してわかりやすくしようっていうことよりも、自分たちの音楽を曲げずに伝えようとしている感じが見えたのが、僕の中ですごく強烈でした。特に主張がないっていうとすごく失礼な風にも聞こえるんですけど、詩的で文学的な要素もすごく印象的だったんです。
ーー中島くん自身が創作活動をはじめたのは、いつくらいのことなんでしょう。
中島 : 高校2年生、16歳のころに佐賀のライヴハウスでライヴをはじめたんですけど、そのときのステージは弾き語りでフォークを歌っていました。自分で曲を作っていたんですけど、今とは全然違う感じでしたね。大学で熊本に行った18歳のころから、ちゃんと音楽をやりたいと思うようになり、活動もオープンにしてツアーに回ったりし始めました。最初のツアーを20歳くらいでやったんですけど、全部自分で電話をして、東京とか北海道、新潟とかを回りました。
ーーいきなり全国を回ったんですか!? かなり無謀にも聞こえますけど、そこまでやろうと思ったのは、なんでなんですか。
中島 : 1つの土地に執着しようって気持ちがあまりなくて。その土地土地にどういう色があるのか見てみたかったんですよね。実際、行ってみて分かったことがたくさんあって。自分の出身じゃない土地でも、自分の音楽を受け入れてくれる土地があるんだということに気づきました。多分、当時は本当に怖いもの知らずだったんだと思います(笑)。
ーー全国ツアー以外にも、アコースティック・ライヴの新しい形を追求した〈Floating Space〉、LIVE、DJ、FOODの一体化を試みた〈Triangle Star Sounds〉など、コンセプトを持ったイベントを開催していますけど、場を作ろうってことにも意識的だったんですね。
中島 : APOGEE的な音楽に惹かれたが故に、だんだんトラックと一緒にアコギを弾くスタイルに変化していったんです。そしたら、シンガー・ソングライターの人たちと一緒にやっても上手くフィットしなくなっていったんですよ。それで、どうやったらお客さんにも自分の音楽が伝わるかなと考えたときに、「自分で自分に合う雰囲気を作ったらいいんじゃないかな」と思ったのがきっかけだったと思います。バンドやDJの人を呼ぶことによって、ちょっとパーティーっぽい雰囲気にしたりするのもいいかなという、当時の直感というか。
本当に引きこもりなんで、1日中部屋に座って書いています
ーーアコースティック・ギター1本のスタイルから、機材なども変わりましたか?
中島 : 最初は知識がなかったので、周りのDJの人に打ち込みでトラックを作ってもらったりしていました。バンドでも出来ないかなと思って、当時は2、3人のバンド編成で演奏もしたりしていました。20歳くらいにMacをやっと手に入れて、ロジックで自分で簡単に打ち込みを作れるようになっていったんです。
ーートラックを作ってもらう上で、どういう曲を参考にしていたんでしょう。
中島 : Spangle call Lilli lineとかを参考にしていました。当時、ちょっとアコースティックでスローテンポな感じというと、その辺りの音楽が表現しやすかったというか。あとは、メトロノミーが大好きでした。弾き語りの方も、アシッドフォークに寄せて、トラックの曲と曲の合間にやっても変にならないような曲を作ろうと思ってやっていって。大学の卒論を「エリオット・スミスの歌詞について」で書いているんですけど、それくらいエリオット・スミスの言葉は大好きなんです。
ーーエリオット・スミスもシンガー・ソングライターとはいえ、サウンド面が特徴的なミュージシャンですよね。
中島 : そうなんですよ。コード感なんですかね? 歌詞も含めて、めちゃめちゃダークなところに惹かれたんです。

ーー曲作りの際、デスクトップ上の波形をメインで考えていくのか、わりと直感的な曲制作をメインにしているのか、そのあたりはどうでしょう。
中島 : どっちもあるんですけど、例えば「drop」とか「HELLO」「shonen」あたりはアコギをベースに作ってます。他は、トラックをループさせて、そこにどういうメロディが合うかというところから始めています。
ーー楽曲を作る際のきっかけとなるキーポイントはありますか。
中島 : きっかけとしては、 歌い出しの歌詞にインスピレーションを受けて、そこから歌詞もメロディーも一緒に書いていくんです。自分で書いているんですけど、どれも突飛な書き出しで。例えば「YUKIDOKE」は、〈カラフルな屋根 三角の屋根〉から始めて、北欧のイメージだなと思ったので、少年が買い物に行って人参ときゅうりとピーマンを買うってところまでいったんですけど、これちょっとまずいなと思って、それを雪解けの歌に変えたっていう。
ーー歌詞は机に座って書くことが多い?
中島 : 僕は本当に引きこもりなんで、1日中部屋に座って書いています。何か思いついたらパソコンに音を録って、みたいな感じですね。全く外に出ないし、セッション的に生まれるっていうのはあんまりなくて、部屋で黙々と作ってる感じですね。
ーーこうやって話していると、そんな内気な感じはしないですけどね(笑)。
中島 : 本当に階段の上り下りだけが生活唯一の運動って感じです(笑)。
ーーあははは。それなのに、ライヴハウスに電話して全国ツアーをするのはすごいですね。
中島 : 僕が大事にしようと思っていることがあるんですよ。僕の曲って、ただでさえ分かりにくいほうの音楽だと思うんです。歌詞とかも含めて直接的じゃないし、J-popかというと、ものすごい分かりやすいJ-popではない。だからこそ外でやる時はとにかくフランクにしようと思っていて。ライヴのスタンスというか、「何でも1回やってみよう」みたいな泥臭さみたいなものは大事にしようと思っていますね。
それは、ちょっとした田んぼ魂なのかもしれない
ーー中島くんの音楽はシティ・ポップって形容されることが増えると思うんですけど、東京ではceroをはじめとして、never young beachやYogee New Wavesのような若いバンドが盛り上がっています。彼らもシティ・ポップとひとくくりに言えるものではないんですけど、確かにひとかたまりのシーンとして受け取られているのは事実で。そういうシーンみたいなものは、どのように見ているんでしょう。
中島 : 今言われた方たちが作っている音楽って、遊びがあって、計算された隙があって、ノリにもちょっとゆるさがある。そして、メロディーがおしゃれを貫き通している。確かにシティ・ポップってひとくくりには出来ないと思うんですけど、D.A.N.さんとかceroさんの音楽って、逆に東京でしか生まれないおしゃれな形なんだと思うんです。僕の場合は、最初のとっかかりがAPOGEEだったこともあって、どちらかといえばメロディーとかは隙がない方で、ヘッドホンで聴く音作りなのかなって。それでいて、もうちょっと内省的というか。僕自身、内向的な意識はあるし、おしゃれを貫くセンスは僕には多分ない。だから、そことまた違った部分を意図して作っている部分は正直あるかなと思います。
ーー東京でシティ・ポップと呼ばれているものの根底にはどこか現代社会への諦念があって、それを前提に享楽的になるとか新しいものを作っていこうみたいな雰囲気を、僕は感じるんですけど、中島くんの楽曲はまた別にある気がしていて。それはなんだと思いますか?
中島 : めちゃくちゃいい質問で、そこは僕が伝えたいところなんですけど、言い方が難しい。これだけ分かりにくい歌詞と、これだけ分かりにく内容を歌っているからこそ、サビは絶対頭に残してやろうって気持ちはあるんですよ。それは、ちょっとした田んぼ魂なのかもしれない。グリーティング・ソング的に歌詞で掴むとか、ストーリーがあって掴むってことをしない代わりに、メロディーと言葉との組み合わせで人の耳を持っていきたいと思って作っているんです。
ーーそうした経緯を経て制作された1st EP『RAFT』では、アレンジを外部の方々にお願いされていますよね。
中島 : 僕が最初に作る音源って、どうしてもダークな感じになるんですよ。よくも悪くもそれが統一されちゃっているので、今回は1曲ずつ僕が縁のある人にお願いしてやってもらおうってことにしたんです。他の方にアレンジをしてもらったことで、全く違う形で返ってきて、すごくいい経験になりました。
ーー自分の楽曲を第三者の手に委ねるのは気の引けることでもあるのかなって思うんですけど、そこは抵抗はなかった?
中島 : やっぱり最初は抵抗がありました。でも、いざお願いして、返ってきた楽曲を聴いたら、本当にやってよかったなと。それが僕の正直な気持ちです。1つ1つの音に対する理解度を増す勉強になったというか、構成とかは変わってないんですけどコードを細かく刻んでもらったり、「drop」で強烈なソロがあるんですけど、僕1人でやってたら絶対思いつかなかったって部分がたくさんあるんです。
ーー活動していく中で音楽を続けることの原動力は当然変わっていくと思うんですけど、今はどういうところにモチベーションがありますか?
中島 : ジャンル区分されない音楽を作ることが1番のモチベーションかな。あと、もう1組、衝撃的な印象と音楽観を与えてもらったアーティストがいて。それはROTH BART BARONなんです。彼らが2人でやっていた時期があって、APOGEEを観に東京に行ったとき、ライヴを観たんですよ。お客さんも3、4人とかで、サポートのキーボードの方が入る前からのスタイルを2人はいまも貫き通していて、あれだけのパフォーマンスをしてるってことが、1つ僕にとっては強烈で目標でもあるんです。
ーーそれこそ、ROTH BART BARONの三船くんは、絶対に揺らがない創作意欲があって、それを自室で作りためていた時期があったわけですしね。
中島 : それを知ったときも、やっぱり衝撃でした。今も昔も、言ってることは変わらないですよね。ライヴで「また会えますように」って言っている三船さんの姿は、会場は大きくなっているけど一貫して変わっていないというか、やっぱりかっこいいなと思いますね。
ーー僕は『Chocolate Demo』の「素晴らしき日々」が大好きなんですけど、USインディーズの良質な部分を持ちながら、日本の童謡っぽい感じの世界観があって、なんて素敵な曲なんだと衝撃的でした。
中島 : 強かですよね。そして、日本語詞ってやっぱりすごい強烈さを持っている。
ーーそれでいて、よく聴くと全然ハッピーな歌詞じゃない(笑)。
中島 : 映画館に行って「女の子のせいで今日は最悪だ」みたいな歌詞ですよね? それを、お客さんが歌って泣いてますからね(笑)。APOGEEとROTH BART BARONの2アーティストは、大学生の時に飛行機をとってよく観に行くくらい好きでした。
小さないかだに乗って全国の皆さんに自分の音楽を届けにいこう
ーーしばらくは、佐賀で曲を作っていくんですか?
中島 : それを今すごい考えているところなんですよ。東京では本当に知っている人が知っているだけって状況なので、関東の人にも知ってもらいたい気持ちがあるんです。なので、自分でイベントとかもしたいなって思っていて。あと、九州にはだいぶ長くいたので、逆に「いつ東京に出てくの?」みたいな雰囲気を感じていて(笑)。音源のリリースもあったので、今がいい転機なのかなとも思っている感じです。ただ、本当に引きこもっていたので、東京に来たりしたら、どのくらい自分の引きこもり空間を作れるのかなっていうのが心配です(笑)。
ーー1人になる時間と空間を持つことが重要ってことですよね。
中島 : そうですね。ただ、今回アレンジャーの方と接することによって、オープンな空間で曲を作ることにも興味が湧いてきたので、そういうのをやってみたらどうなるかなとも思います。このタイミングで、METAFIVEのリリースがあったり、日本の音楽シーンも劇的に変わってきているのを肌で感じているので、別角度でもいいので、それに乗っかれるようにしたいなっていうのは思います。

ーー話を聞いていると、全方位的に音楽を掘っているんじゃないですか?
中島 : 本当に好きなところばかり聴いていて、そこから派生するものを聴いているので偏っているとは思うんですけど、日本のアーティストとかはかなり聴きました。UNCHAINの流れとかも、めちゃめちゃ聴いていた時期があったりもしますし、とにかくいいなと思ったものはたくさん聴くようにしてます。
ーーそのなかでも、テクニカルだったり、演奏がしっかりしている音楽がベースとして好きなんですね。
中島 : 好きですね。好きなんですけど、多分、今僕に1番足りていないのは、そこなのかなって感じています。アレンジャーの方にいっぱいコードとかをつけてもらった時に、自分の知らないコードもあったりするので。僕がやりたい音楽は、どうしてもテクニックが必要になってくるので、スキルも上げつつ、全体として上がっていけたらいいのかなって考えています。
ーーアルバム・タイトルの『RAFT』には、どういう意味を込めているんですか?
中島 : これは「いかだ」っていう意味なんです。佐賀っていう九州のちっちゃな街から、小さないかだに乗って全国の皆さんに自分の音楽を届けにいこう、と。1番最初はすごく小さな船だと思うので、そういう意味で「いかだ」ってつけていて。その船が、どんどんどんどん大きくなっていったらいいなっていう気持ちを込めて、このタイトルにしています。
ーーそして、すでに次の作品も作っているそうで。
中島 : そうなんですよ。かなりUKのサウンドを意識していて。日本語でなかなか出来なさそうなメロディーを、とにかく日本語でやってみたアルバムになっています(笑)。『RAFT』は生の音が多かったんですけど、今回は打ち込みだったり、デジタルな感じで挑戦した作品なので、楽しみにしていてください。
RECOMMEND
APOGEE / RAINDROPS
タイトル曲の「RAINDROPS」は構築的なリズムをベースに、煌びやかなシンセサイザーとヴォーカル / ギター永野のメロディが絡み合うAPOGEEらしい楽曲に仕上がっている。カップリング曲の「Higher Deeper」もチルアウトしたメロウネスの中に、90年代HIPHOPを思わせるサンプリング音と淡々と切ないヴォーカルが印象的な良曲となっている。
2014年にリリースしたファースト・アルバム『ロットバルトバロンの氷河期』が音楽メディアのベスト・ディスクに数多く選ばれるなど、高い音楽性と圧倒的なライヴ・パフォーマンスが固たる評価を得るROTH BART BARON。1年半ぶりの新作はGodspeed You! Black Empero のMauro Pezzenteが所有し、Arcade FireやOwen Pallettなどがレコーディングしてきたモントリオールにある「Hotel2Tango」で録音・ミックス(一部は日本で録音)。
ビッケブランカ / GOOD LUCK
ウィットに富んだ独自の世界観、純度の高いポップ・チューン、それを歌い上げることのできる中性的なファルセット・ヴォイスといった、天性の才能とセンスを持ったビッケブランカの2ndミニ・アルバム。ラジオで聴いたリスナーからの問い合わせが多数になるなど、まさにいま注目しておくべきピアノマン。
LIVE INFORMATION
SEA PICNIC
2016年4月2日(土)@ボートレース福岡
料金 : 無料
出演 : 石崎ひゅーい / 大宮エリー / カルメラ / 中島孝 / サイプレス上野とロベルト吉野 / 永山マキ×イシイタカユキ / YOUR SONG IS GOOD / Yogee New Waves / baobabu / マキタスポーツ
http://seapicnic.com/#event
PROFILE
中島孝
2010年にNakakoh名義でのソロ活動を開始。美しくも切ない歌声と日本人離れしたメロディ・センスを併せ持ち、数多くの音楽要素を独自にアウトプットし続けている。2015年12月2日、本名の中島孝に改名しBermuda Entertainment Japanからデビュー・シングル『drop with ikkubaru』をリリース。九州・東京のTOWER RECORDS限定でリリースされた同シングルは売り切れ店舗が続出し話題を集める。そして2016年1月27日には、1st EP『RAFT』をリリース。アルバム・リリースを受けての全国ツ アー、中島孝1st EP “RAFT” RELEASE TOUR 2016も開催した。今春3月30日には2nd DEMO『INAZUMA』、4月27日には2nd EP『TAXIS』のリリースも予定している。