幸せになれるはずがないのが当たり前——シンガー・ソングライター石井翠(amenoto)の“幸せの形”

2013年に始動した、シンガー・ソングライター石井翠によるソロ・プロジェクト、amenoto。シューゲイザーを彷彿とさせる激しく歪んだギター・サウンドと、それに絡み合う力強い歌声は、6月に発売されたE.P『逆エントロピー』でも健在だ。そして、なにより注目すべきは、憂鬱さと、どことなく世界へのあきらめを含んだその歌詞であろう。そんな彼女の音と詞世界に触れていただくべく、最新作『逆エントロピー』からタイトル・チューンを歌詞ブックレットとともに無料配信。2時間にわたる長編インタヴューで、最新作について、そして彼女にしか抱けないであろう独特の哲学に迫った。今回はその前編を公開。
「逆エントロピー」のフリー・ダウンロードはこちらから(2015年8月12日まで)
amenoto / 逆エントロピー
【配信形態 / 価格】
WAV / ALAC / FLAC / AAC / mp3 : 単曲 205円 アルバム 463円
※アルバム購入で歌詞ブックレット(PDF)が付属します
【Track List】
01. 逆エントロピー
02. 暗転
03. 見えなくなるまで手を振ろう
amenoto - 逆エントロピーamenoto - 逆エントロピー
INTERVIEW : amenoto
彼女の価値感は、まったく僕のそれとは違う。だから、彼女とのインタヴューは、闘いだ...。「幸せになれるはずがないのが当たり前だから、幸せなんてないんじゃないかと思います。」このインタヴューは、そんな言葉をあっけらかんに言ってしまう彼女に正面から闘いを挑んだ記録。彼女の考えに反抗すればする程、彼女の音楽の魅力に気づく。不思議な少女だ… amenoto…。
インタヴュー : 飯田仁一郎
文 : 鶯巣大介
写真 : 大橋祐希
ひとりでいたほうが楽しいんじゃない?
——今作『逆エントロピー』収録の3曲のアレンジは全部石井さんが? 前作でサウンド・プロデュースを務めた深沼さん(深沼元昭)は参加していないですね。
そうです。今回は全部自分でやることにしたんです。このままだと「どうせやってもらってるんだろ」ってことを周りから思われるんじゃないかと。例えば女でギター弾いてないと「なんだこいつギター弾けねぇのかよ」みたいなことを思われるっていう考えが昔からあったんです。前回は深沼さんにすごい頼ってたんですけど、自分だけでもやればできたっていう感じになったと思います。
——いきなりパンクなセリフが出てきましたね(笑)。それで、リード曲にもなっている「逆エントロピー」ってなんですか?
物理学の用語でエントロピーっていうものがあるんですよ。コーヒーにミルクを入れたら、それが混ざる。それをエントロピーが増大するっていうんです。普通混ぜたものはミルクとコーヒーに分離しないじゃないですか。でも逆エントロピー実験っていう動画があって、それはインクでやってるんですけど、別の色同士が混ざったインクがまた元のそれぞれの色に戻る、そういう現象があるんです。
——つまり逆エントロピーっていうのは、違う物質が溶け合った状態が…。
混ざっていない通常に戻る、秩序がある状態に戻るっていう事象のことです。
——へぇー。現象自体はわかったんですが、この曲にそういうタイトルを付けた理由を教えてください。
最初売れたいっていう下心から、ラヴ・ソングを書こうと思って曲作りをしてたんです。売れてるものって大体そういう曲だなと思って。それで愛はすばらしいとか言おうと思ったけど、でも書いててイライラしてきちゃって(笑)。考えてみたら、すばらしいとは限らないから、そんな嘘言えないなと思って。途中から、結局それは愛してるんじゃなくて、憐れんでるだけじゃないかみたいな方向に歌詞が進んでいきました。
——人のことを好きになるっていう気持ちは、愛情からくるものではなくて、憐れみからだと。なるほど。もっとこの歌詞を解読していきたいんですが、ここでの“僕”っていうのは石井さんのことですか。
はい。恋愛というか、私はあんまりちゃんと人を好きになったことがなくて。もう20歳も超えて、周りに結婚してる人もいるような年齢になったのに、人をちゃんと好きになれないんです。ちゃんと好きになってみようって思ったんですけど、やっぱり無理で。誰かと別れるときに、「あ、大切な人を失ったかも」と一瞬感じるけど、でもちょっと経って別に大切じゃないかなと思ったりして。そのとき、相手のことを好きだと思うのは愛じゃなくて憐れみだって思ったんです。相手が自分に愛情を持っているっていうことも幻想で、私がかわいそうだと思われてるだけ、みたいな。
——実体験に基づく歌詞だったんですね。その体験と逆エントロピーはどう結びつくんでしょう?
付き合って2人になってる状態がさっき話したインクが混ざってる状態。でも結局ひとりとひとりに戻る、それが逆エントロピーということです。恋愛ってなんかすごい持ち上げられてますよね、素晴らしいって。大抵付き合ってる人がいないと、彼氏欲しいとか彼女欲しいとか言いまくる人がいるけど、私としては「ひとりでいたほうが楽しいんじゃない?」っていう気持ちです。

——そういう恋愛観なんだ。人を好きになることに対して憧れはないんですか。
ないです。みんながやってるまともなことをやりたいっていう気持ちで恋愛をしたいって思ってただけで、いまはもういいやって。やっぱり人と関わるわけじゃないですか。だからちょっとなぁって。
なんか1個悪いことないと落ち着かない
——あぁ。根本的な部分として、人と関わるのがあまり好きではないんですね。ではほかの曲についても話を聞かせてください。「暗転」はどういう状況を歌ったもの?
バイトで朝早いんですけど、冬だと家を出るのが夜明け前なんです。駅に歩いて行く途中で明るくなっていくんですけど、そのときに思った「あぁ、これが夕方だったらなぁ」って気持ちから始まった曲で。夜が明けたと思ったら、また沈んで、ずっと夜だよみたいな。日中うるさいじゃないですか。それが嫌だなと思っていて。
——つまり明けないまま夜がいいって望んでるんだ? 夜明けが来て、すぐ夕方だったらなって。
はい。ずっと静かだから。あと眩しくない。日が昇りきってないからまだ眩しくない。
——3曲目「見えなくなるまで手を振ろう」これも恋愛についての曲ですか。
はい。3曲のなかでは、1番最初に出来た曲ですね。
——この歌詞は1曲目でも歌った実体験の話なのかな?
そうですね。「ずっと一緒だよ」みたいに綺麗事だったり、未来のことを語りたがる人がいて。1曲目でも同じことを書いているんですけど、そんなことばかり言っていて、いまのことをちゃんと見てないなぁと思って。付き合ってる人じゃなくても、小学生か中学生くらいのときに「ずっと仲良しでいようね」とか言われたことがあったんですけど、そのときも「なに言ってるんだ、こいつ」って思っていて。人は変わるじゃないですか、生きていたら。環境も変わるし。だから「そんなわけないじゃん」って、「何言ってんだ」って思うんです。
——じゃあ見えなくなるまで手を振ろうっていう言葉は、どういう意味を持ってくるんでしょう?
人と別れるってことは失くすわけじゃないですか。だから見えている間は悲しいかもって思うけど、相手が去って見えなくなったあとになったら「あれ? そんなに…」みたいな。この曲自体がアウトロでうわーと盛り上がって最後穏やかになる。その感じが手を振って見えなくなったあとっていうか。

——僕はこの3曲の歌詞の世界にすごく統一感があるなと思いました。
この3つが。あぁ、似てると思います。
——この3曲に共通してることってなんでしょう?
なんでしょう…。あの、ネガティヴ方面にポジティヴというか。幸福度を示す直線グラフがあるとして、普通は人生プラスのほうに行きたいじゃないですか。だけどゼロから下、マイナス方面に行っても「これでよしっ」みたいな。
——ネガティブ方面にポジティヴ… (笑)。石井さんはそのグラフだといまどこにいるんですか。ゼロよりは下?
休みの日は出かける、友達がいるとか世間一般的な幸福のモデルがあると思うんですけど、そういうことがないと思うと多分低めのところにいます。でもそれでもいいと思っています。
——それでもいいんだ。じつはこの作品の歌詞を読んだときに、石井さんはこの状況から這い上がりたいとか、いまの言葉で言うと、人生プラスの方向に進んでいきたいっていう気持ちがすごい強いんじゃないかと思ったんですよ。でもそうではないと。
1日何事もなく「あー今日いい日だった」とか思うと、すごい不安になるんですよね。なんか1個悪いことないと落ち着かないというか、本当はない方がいいんですけど。なんか落ち着かない。
——なるほど(笑)。じゃあ石井さんはどうなったら幸せって言えるようになるんでしょうか。
幸せになれるはずがないのが当たり前だから、幸せなんてないんじゃないかと思います。

第2部に続く(8月13日公開予定)
過去作はこちら
社会からこぼれ落ちた孤独でネガティブな魂が、UKロック / ポストロック / オルタナティブ / シューゲイザーをベースに、自らの生を切り刻むように激しく切なく歌い上げる、amenotoのデビュー・ミニ ・アルバム。
amenotoによる、初のリリース音源。このころから現在のスタイルに通ずる、鋭いロック・サウンド、歌詞スタイルが垣間見える。
LIVE INFORMATION
2015年7月17日(金)@高円寺HIGH
2015年7月26日(日)@下北沢 風知空知
2015年8月14日(金)@代々木Zher the Zoo
2015年8月19日(水)@下北沢CLUB251
PROFILE
amenoto
全詞曲&編曲を手がける石井翠のソロ・プロジェクト。社会からこぼれ落ちた孤独でネガティブな魂が、Radiohead / MUSEをはじめとしたUKロック / ポストロック / シューゲイザーや、中村文則 / 伊藤計劃らの日本文学をベースに、自らの生を切り刻むように激しく切なく歌い上げる。
2013年夏より新宿Motion、下北沢CLUB251、高円寺HIGH、渋谷eggman等を拠点に、UK直系のギター・サウンドを奏でる4人のバンド編成でライブ活動をスタート。2013年11月7日、初の自主音源『amenoto ep』をライブ会場 / 配信 / disk union限定で発売。同時に初のレコ発ツアーも東京 / 大阪 / 神戸 / 名古屋にて敢行。2014年4月23日、サウンド・プロデュースに深沼元昭(PLAGUES, Mellowhead, GHEEE)を迎えた初の全国流通盤となるデビュー・ミニ・アルバム『すべて、憂鬱な夜のために』発売。レコ発ツアーも仙台 / 名古屋 / 大阪 / 京都 / 東京にて実施。2015年3月18日発売の、Zher the ZOO代々木10周年記念の女性ボーカル・コンピ『HERE COME THE GIRL'ZOO』(UKプロジェクト)に参加。新曲「アンドロイドの夢」を収録。2015年5月27日、2nd ep『逆エントロピー』をライブ会場 / 配信 / disk union限定で発売。