25歳の彼女が奏でた、“愛と妄想”の記録——山根万理奈のニュー・アルバムをブックレットとともにハイレゾ配信

「山音まー」名義で、顔を出さずギターでJポップをカヴァーした動画群が650万回再生されるなど、ネットで評判を集めたシンガー、山根万理奈。彼女が今回4作目となるアルバム『愛と妄想、25歳。』をリリース。坂田学や斉藤哲也など、気鋭のミュージシャンを従えて作られた本作は、前作『歌ってhappy!』とは打って変わり、シンプルな楽器構成とバンドが軸となったアレンジながら、より彼女の歌声にフォーカスが当てられたサウンドに。その素晴らしい作品をまず聴いていただくべく、OTOYOYでは期間限定でフル試聴を実施! フォーキーなロック・サウンドに接近したことで、さらに魅力を増した彼女の歌声、音楽性を存分にお楽しみいただきたい。

『愛と妄想、25歳。』アルバム・フル試聴実施中!!

※フル試聴期間 : 2015年7月24日(金)24:00まで

アルバムの購入はこちらから

山根万理奈 / 愛と妄想、25歳。
【Track List】
01. 砂漠のマーメイド / 02. X-day / 03. 時のまにまに / 04. ふたりのとき / 05. ワイキキ・チェキラ・シェキラ・ビーチ / 06. てつやの恋人 / 07. 誰よりも / 08. たぶんね / 09. オトメコーヒー / 10. 街角 / 11. あなたとわたしのうた

【配信形態 / 価格】
【左】
24bit/44.1kHz WAV / ALAC / FLAC / AAC
単曲 250円 アルバム 2,160円
>>ハイレゾとは?
【右】
16bit/44.1kHz WAV / ALAC / FLAC / AAC / mp3
単曲 250円 アルバム 2,160円

まとめ購入いただくと、デジタル歌詞ブックレットが付属します

INTERVIEW : 山根万理奈

山根万理奈の通算4作目となるアルバム『愛と妄想、25歳』は、全編ほぼ一発録りの非常にオーセンティックなフォーク・ロック作品だ。弾き語りで鍛えた山根の凛とした歌声と、70年代のサザン・ロックを思わせるアーシーなバンド演奏。そして装飾を極力抑えたシンプルな録音。「YouTubeに投稿した動画が話題を呼び、ヴォーカロイド楽曲のカヴァー・アルバムでデビュー」という経歴からしても、山根がこういう作品にたどり着くとは、当時だれが予想できただろう。パソコンのブラウザ越しにJポップのカヴァー曲を披露しはじめた頃から、およそ6年。歌い手としてはもちろん、ソングライターとしても、山根の目覚ましい成長がここには収められている。

同時に本作はこのタイトルにも表れているように、20代なかばの女性が抱える心情をストレートに綴った、とても赤裸々なアルバムでもある。25歳を迎えた山根はいま、何を思いながらこの11曲を紡いだのだろう。その音楽的変遷も紐解くべく、本人に話を訊いた。

インタヴュー&文 : 渡辺裕也

「これが自分のルーツです」みたいに自覚できるような音楽がずっとなかった

——デビューした頃と比べると、山根さんの音楽性はだいぶ変化しましたよね。作品を重ねるごとにトラディショナルな方向に進んできたというか。

そうですね。そもそもデビューした頃の私は、本当に何も考えてなかったので(笑)。当時の私は歌が唄えれば、それだけでOKだったんです。あの頃から自作のオリジナル曲も少ないなりにあったけど、基本的に私はただ好きな曲をカヴァーできればそれでよかったし、ギターで弾き語りを始めたときも「アカペラよりは格好がつくかな」くらいの感じだったから。

——ボカロ曲のカヴァーも、特に狙いがあったわけではなく?

はい。それも好きな曲をカヴァーしていた流れで自然とそうなったというか。それに、もともと私は「声がいいね」と言っていただけたところからデビューが決まったので、作家さんから楽曲提供していただけることも、すごく光栄だったんです。それに、今でも自分がいちばんやりたいのは、やっぱり唄うことなんですよ。曲や詞を書いたり、楽器を演奏することも楽しいけど、それでも私にとって大事なのは「歌」なんです。そこにこだわリ過ぎてたせいで、シンガー・ソングライターと呼ばれるのがいやだった時期もあったし。

——なぜそこに抵抗があったんですか。

「この人は自分の曲しか歌わないんだな」とは思われたくなかったんです。もともとカヴァーから始めたっていうのもあるし、楽曲提供していただいてた時期も、私はすごく楽しんでたから。今でもそういうお話がいただけたら、ぜひやりたいと思ってるくらいなんです。

——でも、デビュー前から曲は作ってたんですよね?

それは、なんていうか… 出来ちゃったから(笑)。ハミングとか鍵盤ハーモニカでつくったメロディに詞を乗せるようなことは、小学生の頃からなんとなくやってたんですよ。もちろんそれはいま聴かせられるようなものではないんですけど、その頃から「歌手になりたい」っていう気持ちは強かったので。それで、ゆずを好きになったあたりから、ちょっとずつギターにも興味を持ち始めたんです。

——ギターを手にするきっかけはゆずだったんですね。

はい。それで家にあったお父さんのギターを手に取るようになって。そのおかげで、中3くらいからはいくらかまともに曲作りができるようになりました(笑)。

——お父さんはどういう音楽が好きだったんですか。

父は洋楽だとビートルズが好きで、邦楽はさだまさしさんとかですね。

——なるほど。それは山根さんが今やってる音楽にもつながりそうですね。

たしかに。でも、小さい頃は「お父さんが好きな音楽は、私が好きな音楽とはぜんぜん違う!」と思ってました(笑)。大人の音楽だと感じてたのかな。子供ながらにマイナーコードへの違和感があったり。

——でも、山根さんがいま作っている楽曲には、かつてカヴァーされてきたJポップの曲よりは、むしろ70年代のフォーク・ロックとかに近い印象も受けるんですが。


つじあやの - 風になる(cover)

そうですね。でも、私には「これが自分のルーツです」みたいに自覚できるような音楽がずっとなかったんです。アルバムをぜんぶ揃えるくらいにハマったアーティストって、じつはゆずくらいしかいなくて。一時期はそこに自信のなさが出ちゃってたんですけど。

——なにか明確な音楽的ルーツが欲しいと思ってた?

思ってましたね。だって、デビューするとそういうことをよく訊かれるじゃないですか。私、そんなこと考えたこともなかったし、そもそも私が歌手になりたいと思ったきっかけはSPEEDですから(笑)。でも、それこそ斉藤さん(斉藤哲也。山根の作品を手がけている音楽プロデューサー)とか、身近にいる方々からいろんな音楽を勧めてもらったり、いろんな方々のライヴを観に行ったりすると、その人のルーツはなんとなく感じ取れるんですよね。そこから自分も音楽を学んでいったようなところはあると思います。

——周囲の方々からはどんな音楽を勧められたんですか。

そうだなぁ…。『空な色』(ファースト・アルバム。2012年リリース)をプロデュースしてくださったHanasalさんからは、ノラ・ジョーンズを勧められましたね。あと、ビートルズを聴きなさいとはよく言われてました。そうやってまわりの方々から教わった音楽のエッセンスがちゃんと消化できているのかどうかは、自分ではよくわからないんですけど、単純にそういう音楽があるってことを知れたのはすごく大きかったと思います。

——では、SPEEDとゆず以降に強く影響を受けたアーティストをあえてひとり挙げるとするなら、誰になりますか。

salyuさんですね。salyuさんって、楽曲によっていろんな歌い方をされるじゃないですか。そこにハッとさせられたんです。「私がずっと思ってた“歌いたい”って、こういうことだったんだ!」って。でも、そういう歌い分けって自分ではなかなかうまく表現できないところだったから、自分の声の活かし方に関しては、今もレコーディングのたびにちょっとずつ探っているところなんですよね。

——なるほど。それまでは漠然としていた歌手としての目標が、salyuの歌と出会ったことではっきりとしたんですね。

そうですね。ただ、その一方で自分がやりたいことをひとつに定めたくないっていう気持ちもどこかにあって。たとえば、「また本腰入れて“山音まー”名義でカヴァー・アルバムやろうよ」っていう話が出たら、それもそれで私は本気でやりたいんです。そういうアイデアはいくらでも出てくるので。

それまではずっと歌の部分しか気にしてなかった

——では、新作に関してはどんなアイデアが軸にあったんでしょうか。特に今回は非常に的が絞られた作品という印象もあるのですが。

たしかに今回のレコーディングに関しては、「これでいこう」みたいなイメージが事前にはっきりとありました。というのは、バンドのメンバーが斉藤哲也さん(Ba,Key)と石垣隆太さん(Gt)、坂田学さん(Ds)に決まった段階で、「これなら一発録りでいいものが録れる」という自信が沸いたんですよ。それで今回はほぼ全曲一発録りというやり方にしたんです。

——そのバンドの演奏も、弾き語りを土台としたシンプルなアレンジが基調となってますよね。

そうですね。今回は弾き語りのデモを用意した段階で、「このままでもいけるよね」みたいな曲がけっこう多かったので、バンドの演奏に関しては音の抜き加減をすごく大事にしてました。それにほとんどの曲がライヴで再現できるアレンジになってると思う。

——オーバー・ダブもほとんどなし?

はい。やっぱり一度は音を足したくもなっちゃうんですけど、それも最終的にはかなり抜きました。レコーディングを始めた時点で、今回はドラムのリズムと歌がしっかり聴こえる作品にしようという話だったので、最後までその方針でいこうって。

——たしかに今回の作品はコンプレッサーなどの加工が控えられてて、演奏の生々しさがしっかり感じられる録音になってますよね。一方で山根さんは音圧をガッツリ上げたJポップのサウンドにも慣れ親しんできた方だから、こうした音作りにいくらか不安を感じたりもしなかったのかなって。

たしかにそう言われてみると、ぜんぜん違いますよね。でも、私がサウンド面のことをちゃんと意識するようになったのって、本当にここ5年くらいのことなんですよ。それまではずっと歌の部分しか気にしてなかったから(笑)。だから、今の私がこういうどことなく懐かしいサウンドを気持ちいいと感じているのは、やっぱり身近にいる方々から受けた影響が強いと思います。

もっと生活に根付いた歌を唄っていきたい

——では、歌詞についてはいかがですか。テーマはこのアルバム・タイトルにそのまま表れているようにも感じますが。

はい(笑)。25歳の自分をそのまま詰め込んだアルバムです。もちろんアルバムをつくるときはいつだってそのときの自分を詰め込んでるんですけど。

——ご自身の体験や実感に基づいたものを綴った作品ということ?

そうですね。ただ、それは「このアルバムで歌ってることはぜんぶ実体験」みたいなことではなくて、ここにはそういうリアルな体験から膨らませた妄想なんかも含まれているんです。それこそ夢と現実って、はっきりと分かれているようで、じつはグレー・ゾーンがあるようにも私は感じてて。特に最近はそういうことを同世代の女性と話しているときなんかによく思うので、これは年齢的なものもあるのかなって。

——つまり、その「妄想」は同世代の女性ならある程度は共有できる感覚なんじゃないかってこと?

うーん。自分としては共感してもらえるんじゃないかなと思っているんですけど、私はちょっとずれてるところもあるみたいなので(笑)。でも、同世代の女性にはぜひ聴いてほしいですね。

——先ほど、山根さんは何よりも歌うことが大事だとおっしゃっていたから、作詞作曲はどういう気持ちで臨んでるのかなと思ってたんですけど、山根さんのなかには自分の感覚をリスナーと共有したいという気持ちもあるんですね。

はい。でも、そこもけっこう曖昧なところがあって。「私は別に曲が書きたいわけじゃない!」とか言っておきながら、一方では誰に言われるまでもなく自分から曲を作ってるし、その曲が生まれてこないと「うわー!」と頭を抱えたりして、なんかいろいろ矛盾してるんですよね(笑)。しかも、そうやって時間をかけて作った曲が、そのときの自分の気持ちを素直に表していたりもする。だから、私にとって曲作りは自分と向き合うための時間なのかもしれないですね。もしもその時間のせいで楽曲提供とかの機会を逃していたとしたら、それはちょっともったいないけど(笑)。

——それは楽曲提供「してもらう」機会ってことですよね?

そうですけど、もちろん「する」機会でもいいですよ。うん、たしかにそれはやってみたいな。楽曲提供、関心ありますね。だから、私の「歌いたい」という気持ちと、「曲を書きたい」という気持ちは、ちょっと別モノなんだと思います。実際、人づてでコンペみたいなものに一回出したこともありますし。その曲がどうなったのかは今わからないんですけど(笑)。

——そうなんだ! でも、それはYouTubeに動画をアップしてた頃の山根さんにはなかった一面ですよね。

間違いなくそうですね。やっぱりこの4〜5年間ずっと歌ってきたなかで、歌い方にせよ何にせよ、自分のなかで変化したところがたくさんあると思うんです。だから、今回のアルバムでは「今」の私をちゃんと記録したかった。タイトルに年齢を入れたのは、そういう気持ちもあったからなんです。あと、これはけっこう普段から思ってることなんですけど、こういうことっていつ出来なくなるかわからないから。

——「いつかは音楽がやれなくなるかもしれない」ってこと?

はい。別に何かを恐れているわけでもないんですけどね。

——それは山根さんがいつか自分の目標にたどり着いたら、歌手活動を辞めるかもしれないということですか。あるいは「自分はいつ死ぬかわからない」みたいな切迫感からくるものなのかな。

それは「いつ死ぬかわからない」の方が近いですね。「ゴールにたどり着いたらそこで終了」みたいなことではないです。むしろ早くゴールに行きたいくらい(笑)。どこかにたどり着いて、そこからまた新しい目標を見つけられたら、それがいちばんいいですよね。でも、私が感じてるのはそういうことじゃなくて、「どこかで急に切られちゃうんじゃないか」みたいな気持ちが常にあるってことなんです。

——まわりが自分の音楽に関心を持たなくなるんじゃないかってこと?

それもあるし、もっと個人的なことでもあるし、もちろんさっきの「いつ死ぬかわからない」みたいな気持ちも含まれてます。だからっていつも鬼気迫ってるわけじゃないし、そういう気持ちが音に表れているのかどうかも、自分ではよくわからないんですけど。

——たしかに山根さんの歌からそういう切迫したムードは感じてなかったので、今のお話はちょっと意外でした。ちなみに現在の山根さんにはどんな目標があるんでしょうか。

これもまたずっと言い続けてることなんですけど、いつかは紅白歌合戦に出たいですね。紅白出場って、その凄さが実家にいる家族にもわかりやすく届けられるじゃないですか。それに、テレビ越しでも生の歌が聴いてもらえる。そうやって一人のシンガーとして認められたいっていう気持ちが今は強いですね。

——紅白出場か。そこには家族に対するコンプレックスみたいな感情もあるんでしょうか。「両親に認められるためには、そこまで行かないと」みたいな気持ちというか。

… 今、グサッときましたね(笑)。うん。たぶんこれはコンプレックスなんだと思います。そういうところはなるべく表に出さないようにしてますけど、変な責任感みたいなものが自分にはずっとある気がするし、こうしてまわりのみんなから好きなことをやらせてもらってることに、どこかで負い目があって、自己満足よりもそっちが強くなってるのかもしれないですね。でも、もちろん紅白に出たいっていう気持ちは私個人の願いでもありますよ! 私の根底にあるのは、もっと生活に根付いた歌を唄っていきたいという気持ちだから。

過去作

LIVE INFORMATION

アルバム・リリース・ツアー「愛と妄想、25歳。」

2015年6月26日(金)@梅田D'STYLE
2015年6月27日(土)@京都ROOTERx2
2015年6月28日(日)@神戸三宮SoundBarかくれんぼ
2015年6月30日(火)@出雲LIVEHOUSE&STUDIO APOLLO
2015年7月3日(金)@長門なべ萬&トムキャット
2015年7月4日(土)@山口湯田温泉Organ's Melody
2015年7月5日(日)@大田Cafe gallery Po
2015年7月10日(金)@益田MUSIC BAR WeST
2015年7月11日(土)@萩LIVE&BAR 玉ネギ畑
2015年7月12日(日)@松江Tete De Bavard
2015年7月17日(金)@下北沢lete
2015年7月18日(土)@江古田マーキー
2015年7月19日(日)@下北沢lown
2015年7月20日(祝)@青山LAST WALTZ by Shiosai
2015年7月21日(火)@柏Thumb Up
2015年7月24日(金)@名古屋K.D.ハポン
2015年7月25日(土)@笠岡カフェ ド 萌
2015年7月26日(日)@出雲Night&Day 味巣亭
2015年7月29日(水)@岡山城下公会堂
2015年7月30日(木)@高松Bar RUFFHOUSE
2015年8月1日(土)@広島ライブ楽座
2015年8月2日(日)@尼崎LIVE SHOT BLANTON
2015年8月8日(土)@下北沢lown
2015年8月9日(日)@下北沢lown

PROFILE

山根万理奈

島根県松江市出身のシンガー・ソングライター。生年月日は1989年7月17日。血液型A型。身長151cm。4人兄妹の長女。島根県の広報大使「遣島使」。島根県立大学在学中に、YouTubeへ弾き語りの動画を配信。顔を出さずにギターを弾いて歌う姿が評判となり、再生回数は650万回を超える。2011年7月〈ワーナーミュージックジャパン〉よりメジャー・デビュー。2012年4月アルバム『空な色』を発売。10月からNHK Eテレ「青春リアル」にレギュラー出演、テーマ・ソングを担当。2013年5月アルバム『好きで悩んでるわけじゃない』をリリース。バンド、ギターやピアノのサポート等様々な形でライヴを行うが、通常のライヴはアコースティック・ギターの弾き語りスタイル。K-YAIRIのギターを愛用。毎年、全国各地でライヴを重ね、年間のライヴ本数は100回を数える。2014年9月自分のモットーをタイトルに冠したアルバム『歌って happy!』をリリース。このアルバムはクラウドファンディングで資金を集め制作された。音楽好きな熱心なファンに恵まれ、地道ながら元気に各地でライヴしています。2015年6月ニュー・アルバム『愛と妄想、25歳。』を発売。

>>山根万理奈 Official HP
>>バーガーインレコード Official HP

TOP