2014/09/09 16:40

日常世界を切り取った、儚きフォーキー・ソウル——SSW、Tsutomu Satachiの新作をハイレゾでリリース&フリー・ダウンロード

ブルース、カントリーと電子音楽の融合による、新たな音楽を提示してきた2人組ユニット、ルイス・ナヌーク。その1人であり、甘くもどこかドライな歌声とアコースティック・ギターで魅了してきたSSW、佐立努による新作を24bit/48kHzのハイレゾ音源で配信。およそ9年ぶりとなる今作『The Beginning』は、ルイス・ナヌークなどでの実験的な表現を影を薄めた反面、音や歌詞、なにより歌にフォーカスがあてられた、素朴でありつつも、きらびやかなルーツ・ミュージック・アルバムとなった。また本作の魅力を知ってもらうべく、『The Beginning』から1曲を期間限定のフリー・ダウンロードでお届け。彼にしか生み出せない、フォーキー・ソウルをインタヴューとともにお楽しみください。

>>『The Beginning』収録曲「Corn Sketch」のフリー・ダウンロードはこちらから(2014年9月2日〜2014年9月16日 24:00まで)

Tsutomu Satachi / The Beginning(24bit/48kHz)
【配信形態】
ALAC / FLAC / WAV(24bit/48kHz) : 単曲 216円 まとめ購入 1,512円

【Track List】
01. A Tower
02. The Rain
03. Hiyodori
04. Corn Sketch
05. Sweet Dreams
06. Sora
07. The Prayer
08. Ryoku-u

INTERVIEW : Tsutomu Satachi

「歌うように話す」という表現があるが、佐立は確かにそういう印象を残すミュージシャンだ。2005年のファースト・アルバム『凧の平地』から、9年ぶりとなる新作『The Beginning』の、囁くように歌われる歌声の持ち主が、まさに目の前にいる人物だと、彼と会って心の底から納得させられた。口数は決して多くない(かと言って、頑な人ではない)が、柔らかさの中に不思議な説得力を持つ声。『The Beginning』はそうした佐立の歌と声の魅力を存分に引き出しつつ、エレクトロニクスは効果的かつ最小限に、アコースティック・ギターを中心に、ピアノやパーカッションといった生楽器の多重録音によって作られた、パーソナルでアーシーな質感を持った作品である。と同時に、一聴した時の非常にシンプルな印象とは裏腹に、フォークやカントリー、ポスト・ロック以降の、より現代的なインディ音楽などの様々な要素がじっくりと溶かし込まれた、多層的なプロダクションを備えた作品でもある。

その中でも、筆者が特に興味を惹かれたのは、このアルバムに枝葉を伸ばすように行き渡ったブルージーな音楽の要素だ。それは決してブルース音楽の表層をなぞるレベルにはとどまらず、その音楽の中に見事に血肉化されている。そんな印象を持った。そして、それは佐立の作家としての本質、あるいは『The Beginning』という作品のあり方を考えるための1つの鍵になるのではないかとも思った。

そこで今回は、彼の音楽家としてのキャリアを振り返りつつ、彼とブルースの関係、そして新作とブルースの関係に軸を置いて、話を聞いてみることにした。インタヴューのあいだ佐立は、本文でも触れた「Rain」の一節 〈言葉が僕らを引き裂くなら / 僕は言葉を捨てるだろう〉 を踏まえるように、先に話したことを違う言い方で言い直してみたり、問い直してみたりして、発言の意図の伝わり方にも注意を払って質問に応えてくれた。

他者(つまりこの場合はインタヴューアーの筆者だ)とのコミュニケーションにおける彼のそうした態度も含めて、結果的には、佐立という作家の本質、彼の中に存在する強い芯のようなものを垣間見ることのできるインタヴューになったと思う。もしあなたが、悪意のない嘘や戯れ言ではなく、自分が無力である可能性さえ見据えた誠意を忘れないまま、苦しい状況の中でそれでも前を向くことの可能性——傍目には儚くも見えるかも知れないが、それは実はとてもしなやかで逞しいものだ——を鳴らしている音楽を求めているならば『The Beginning』はきっと欠けがえのない作品になるだろう。その音楽同様、控えめながら芯のある佐立の言葉に、ぜひ目を通してみて欲しい。

インタヴュー&文 : 佐藤優太

“生きること”への捉え方の変化

——まずは基本的なことから聞かせてください。音楽をはじめたきっかけは何ですか?

Tsutomu Satachi(以下、佐立) : 音楽をはじめたきっかけ…… 初めてギターに触ったのは14歳の時です。周りの友達がギターをはじめるタイミングで自分もはじめました。

——当時はどんな音楽を聴いていたんですか?

佐立 : 当時はブルーハーツなんかを聴いてました。リアルタイムでは無いんですけど、友達の作ったカセット・テープで聴いてて。最初に“アーティスト”という意識で聴いたのもブルーハーツだったと思います。結局、地元でバンドは組まなかったんですけど、続けているうちに「やっぱり音楽は楽しいな」ということに気付いて、東京の専門学校に進むことにしました。

Tsutomu Satachi

——最初に使っていたのはエレキ・ギターですか?

佐立 : そうですね。中学の時はコピーしてるだけでしたけど。ブルーハーツから聴き始めて、中3くらいになると洋楽を聴くようになって、ハードロックなんかを聴いてました。

——当時だと、ガンズ&ローゼスとか?

佐立 : ガンズとか、あとはソウル・アサイラムとか、ニルヴァーナとか。そのうち辿って聴いていくようになって、ストーンズに行って、そこからブルースに行きました。17、8歳の頃は完全にカントリー、ブルースに行ってましたね。

——アコースティック・ギターを多く使うようになったのもそれがきっかけになったんですか?

佐立 : そうです。あと、専門学校に入ってからはバンドも組んで、そこで歌もやるようになったんです。で、アコギなら一人で歌えるなと思ったというのもありました。

——専門学校を卒業された後はどうされたんですか?

佐立 : 実は卒業はしてないんですけどね。で、その後は一回地元に戻ったんですけど、音楽はずっと続けてました。

——2005年の1stアルバム『凧の平地』はそうした活動の延長という感じですか?

佐立 : そうです。

——1stを今聴くと、新作とかなりサウンドが違いますよね。ある意味、新作はすごくサウンドがフォーカスされた作品だと思うのですが、1stの頃はもっと色々やっているというか。

佐立 : ただ思い切ったことをやっていた、ってことかも知れないですね。機材も少なかったし、どうしたら自分の好きな音に近づくのか、色々試していたというか。逆に言うと、ちょっとギミックっぽい部分もあるかも知れないですけど… まあ、あの時点でできたのがあれだった、という感じです。

——今作と比べると、音も歪んだ音が多いですよね。

佐立 : それしか知らなかったっていう部分もあったと思います。今は… あっ。いや、“今回は”そこまで歪ませてないですね(笑)。

——先のことは分からないですもんね(笑)。1stアルバムが出たあと東京に?

佐立 : はい。当時は27歳くらいで、このタイミングで行かないともう行けなくなるかなと思って。

——その時点ではどんな活動のイメージを持ってましたか?

佐立 : 1枚目が出たあとは、ソロの活動を中心に音楽を続けていくというイメージでしたね。

——今回のアルバムは9年ぶりの新作となりますが、なぜこのタイミングになったのでしょうか?

佐立 : 東京に来てからもずっと音楽自体は作り続けていたので、ただこのタイミングになった。9年かかった、という感じなんです。実はアルバムが出来たのは去年なんですけど。

——そうなんですね。新作にはかなり古い曲も入ってるとのことですが、 1番古いのはどの曲ですか?

佐立 : 1番古いのは「Rain」ですね。これは15年前からある曲で、初めて自分で作った曲なんです。今までもライヴでは違う形でやってたんですけど、どうしても気になる部分があって、一枚目にも入れてなくて。今回あらためて作り直しました。

——具体的にはどのように変えたのでしょうか?

佐立 : 全体のテーマは変わってないんですけど、気になっていた部分の歌詞を、曲を作り直した頃の見方で変えました。あとはサビというか、Bメロの部分も少し変えました。

——この曲の2番「言葉のすれ違い」に言及した部分がすごく意味深というか、意味を考えたくなる歌詞だと思いました。

佐立 : そこは昔からある歌詞ですね。言葉がその人との関係を切ってしまうというか、そういう部分があるなあと思って。今もそういうことはあるんですけど、それでも、そういう場面になったときに「そういうことも起きる」っていう前提で向き合えるので、昔ほどは気にしなくなったんですけど、昔はすごく気にしてたんです。

——サビの歌い方も、すごくもの悲しくてエモーショナルで、グッと来るな、と。

佐立 : 作り直す前の曲って、そのサビの部分が特に違ったんです。実際にそういうすれ違いのようなものがあって、「もう無理だ」って思ったときに「じゃあ、もうそこから離れて関係ない所に行こう」っていう歌詞だったんですけど、今はそうではなくて、それと向き合っていくというか、その中で生きていく、ことを考えていて。何となくですけど、そういうのが全体のテーマになっている気がします。

——全体というのはアルバム全体ということですか?

佐立 : アルバム全体というか、もっと“イマ”全体、生きてること全体の捉え方としてそういう感じになってるんです。

当時受けた影響みたいな部分はたぶん消化されて、自分の中に残ってる

——なるほど。それでは少し別の角度から質問させて下さい。先ほどブルースの話が出ましたが、最初にブルースを聴いたときはどんな印象を持たれましたか?

佐立 : 僕の場合、ストーンズからロバート・ジョンソンっていうふうに辿って聴いたんですけど、はじめて聴いた時は全然分からなかったです。でも、何回か聴いているうちに段々好きになって。僕は特にロバート・ジョンソンに惹かれたんですけど。何がよかったんだろう… 歌詞とかですかね。

——歌詞のどういうところに惹かれたんですか?

佐立 : すごい神秘的だと思いました。曲名が思い出せないんですけど、地獄の犬が追いかけて来るっていう。何だっけ。もともと詩を読むのが好きで、色々読んでたんですけど、その曲の歌詞とかを読んで、すごくいいなと思ったんですよね。そうでもない曲とかもあるんですけど。

——(笑)。

佐立 : ちょっと検索してみましょう。

(佐立と筆者それぞれのスマートフォンで検索を始める。)

佐立 : あ、この曲ですね。「Hellhound On My Trail」… ちょっとひどい歌詞なんですけど(笑)。なんかすごく面白かったんですよね。

Hellhound On My Trail - ROBERT JOHNSON
Hellhound On My Trail - ROBERT JOHNSON

——(笑)。音楽から入って、その後ロバート・ジョンソン本人のことを知るにつれて、ひどい奴でびっくりしたりしませんでしたか?

佐立 : うーん、どうだろう…。ひどい奴だなとは思わなかったですね。もちろん本とかで読んだだけじゃ、実際のところはロバート・ジョンソンがどういう人だったのかも分からないですけど。でも、何かを必死で追いかけてたら、周りの人に対してはどうしてもぞんざいに扱っちゃうじゃないですか? だから、それはそういうものなのかな、と思いました。それよりも、そういう時にその人が何を見ているか、の方が興味があります。

——ロバート・ジョンソンの歌詞を読んで、自分も同じような歌詞が書きたい、みたいに考えたりしましたか?

佐立 : いや、それは思わなかったですね。それはまた別の話で。

——では、いま自分が音楽をやる中で、ロバート・ジョンソンから引き継いでいると思うものは何かありますか?

佐立 : 引き継いでるものは… (長い沈黙)… 特にはないですね。いや、無いっていうか、その当時受けた影響みたいな部分はたぶん消化されて、自分の中に残ってると思いますけど、いま具体的にどれか、というのはないですね。

——でも、今作でも歌詞の書き方とかにブルースっぽい部分があるような気がします。2行同じようなラインが続いて、3行目で落とすみたいな構成とか。

佐立 : ああ、うーん、そんな特に意識してるわけでは無いですけど…言われてみればそうなのかも知れないですね(笑)。

——佐立さんの音楽を聴いてると、感覚的にすごくブルージーな印象を受けるんですけど、じゃあどの要素からそういう印象を受けるんだろうと思って聴いてて。最初はスライド・ギターの入り方とかが大きいのかなと思ったんですけど、歌詞という点から見ると、例えば6曲目の「sora」とか、すごく引き延ばしたブルース・ソングみたいに聴こえるなと思って。

佐立 : ああ。あの曲はコード進行とかもそういう感じですね。そういう意味ではブルージーなのかも知れないです。

常にハッピーエンドなんです

——今回アルバムを聴かせて頂いて、“悲しみと祈りの音楽”というフレーズが思いついたんです。一方で、佐立さんの音楽は日常の中にある感情を扱った音楽でもあると思います。普通、日常には怒りとか嫉妬のような負の感情もつきものですが、佐立さんの音楽からはあまりそういう要素が感じられなくて、そこが不思議に思ったんです。

佐立 : 怒りっていうのは何に対する怒りですか? … って思うということは、あまり怒りがないということなんでしょうけど(笑)。でも、どうなんだろう。ないのかな…。

——こういう言い方は嫌がる人もいると思うのですが、すごく癒される音楽というか。なので逆に、佐立さんが音楽を作るうえで、怒りのような負の感情はどのように消化されているのかなと思いました。

佐立 : 消化… そうですね。まず、生きているということには、ゴールというものがあるんですよ。で、それは常にハッピーエンドなんです。それは音楽だけじゃなくて普通に生きている時も、常にそこを目指している。アルバムの場合でも、それは前作も同じなんですけど、常にゴールはハッピーエンドなんです。でも、生きてるとその中で色んな場面があるじゃないですか。悲しいこととか辛いこととか。その時に、消化の方法ということで言うと、そのゴールが見える状態かどうかっていうのが重要なんです。一時的にゴールを目指せる状態から外れてしまっても、ゴールがあるからやっぱり修正もできる。僕の音楽の“祈りの部分”というのは、そういうゴールがある、っていうことを信じる部分から来ているなのかなと。紆余曲折あって、ギザギザと進みながらも、最後はゴールにたどり着くっていうのを信じてるんです。

——そういう考え方が、音楽作品を作る時も含めて、常にあるんですか?

佐立 : そうなんです。ただ、アルバムの制作とかもそうなんですけど、作り終えてようやくゴールにたどり着いたと思ったら、またそれが遠のいているのに気付くっていう感じで、結局なかなか辿り着けないものなんですよね(笑)。

——そういう考え方に至ったのはいつ頃なんですか?

佐立 : ハタチくらいの頃、ブルースをやっていて、アメリカの南部とかを旅行していた時があるんですけど、その頃じゃないかと思います

——ゴールというのは、“信じるもの”みたいなイメージでしょうか。

佐立 : そうですね。宗教はあんまり信じてないんですけど、この辺の話のことだって言われたら「なるほど」とは思います。音楽をすること自体が自分の調律というか、そこに向かえる状態に自分をチューニングしてくれるものという感じがするんです。

——具体的には、自分の心が乱れている時にも、音楽をすることで落ち着く、みたいな感じなんですか?

佐立 : うん、そうですね。そういうことだと思います。

——先ほど宗教とおっしゃいましたけど、宗教音楽とかもそういう側面、歌う人の生き方をポジティブな方向に向けるという役割が本来的にあるものだろうと思います。もしかすると、佐立さんの音楽も、そういう音楽と通じる部分があるのかも知れないですね。

佐立 : そうですね。僕の音楽の場合は、あくまで自分に対して、という感じですけど。

——そう考えると背景に黒人霊歌を持った、ブルースに惹かれたのも納得のような気がします。

佐立 : というか、ブルースをやってたことがきっかけになって、そう考えるようになったのかもしれないです。

——ああ、なるほど。では、そういう音楽が他の人に聴かれることで、共有されて、共感したり感動したりする、というようなことについてはどう思われますか? 音楽をやる側からしてみると、不思議なことなのかも知れないですけど。

佐立 : どうなんですかね。そこはあんまり考えないです。… でも、分からないですけど、もしかすると音楽というものは元々そういう性質も持っているもので、じつは全然不思議なことじゃないのかも知れないですね。

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LIVE INFORMATION

Tsutomu Satachi Tour

2014年10月10日(金) @大阪 上町荘
OPEN / START : 19:00 / 19:30
出演 : 佐立努 + circe / Mattia Coletti / nayuta

2014年10月11日(土) @兵庫 元町 Bucato Cafe
OPEN / START : 18:30 / 19:00
出演 : 佐立努 + circe / Mattia Coletti / senoo ricky

2014年10月12日(日) @岡山 宇野 純喫茶東山
OPEN / START : 17:00 / 18:00
出演 : circe / Mattia Coletti / 佐立努

2014年10月13日(月) @広島 尾道 Ryokomamaの家
OPEN : 15:00
出演 : circe / Mattia Coletti / 佐立努

料金(上記4公演一律)
・前売り : 2,500円
・前売り / ペア : 4,500円
・前売り / 学生 : 2,200円
・当日 : 3,200円

お問い合わせ : http://mumble-mumble.com/tsukiyo/

PROFILE

Tsutomu Satachi

宮城県石巻市出身のシンガー・ソングライター。ブルース、フォークをルーツに日々目に映る自然の美しさを静かに歌う。現在はソロ活動と平行して、電子音楽家ChiheiHatakeyamaとの"ルイス・ナヌーク"、伊達佑典との"SeveralFolks"など様々なプロジェクトで活動を展開している。2005年にソロアルバム「凧の平地」(AirplaneLabel)、ルイス・ナヌークとして2010年「Place」(Flyrec.)、2012年「丘の上のロメロ」(Flyrec.)をリリース。

Tsutomu Satachi 特設ホームページ

この記事の筆者

[インタヴュー] Tsutomu Satachi

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