ついに、我らがBiSちゃんがavexからメジャー・デビューを果たしました!! BiSが生まれた瞬間から動向を追ってきたOTOTOYが、そんなめでたい瞬間を黙って見ているわけがありません。OTOTOYでは、5つの企画をご用意してお祝いいたします。まず1つ目は、プー・ルイがOTOTOYを訪れたときから彼女と並走しているライターの渡辺裕也による、BiSの歴史を振り返るBiSクロニクル。2つ目はBiSの全音楽作品レビュー。3つ目は、BiSへのお祝いコメント。4つ目は、「PPCC」のPV撮影にエキストラとして参加したOTOTOY編集部・西澤2080%による潜入レポート。5つ目は、新宿LOFT副店長・望月慎之介による、BiSワンマン・ライヴ「BiSメジャー・デビュー記念直前フリー大パーティー ~BiSのまだメジャーじゃないもん!!~」のライヴ・レポート&写真館。とにかく盛りだくさんの内容でBiSのメジャー・デビューを応援いたします!! まだまだ始まったばかり。総力をあげてBiSちゃんを応援いたします。

BiSメジャー・デビュー記念企画5本立て

企画1.BiSクロニクル
企画2.BiS全音楽作品レビュー
企画3.BiSへのお祝いコメント
企画4.PV「PPCC」撮影潜入レポート
企画5.2012年7月13日BiSワンマンLIVE REPORT

BiSクロニクル (text by 渡辺裕也)

2010年9月〜

シングル『PPCC』のリリースをもって、BiSがついにメジャー・デビューを果たした。繰り返されるメンバーの脱退と加入。センセーショナルなMVが与えた衝撃。そしてモッシュとダイヴが次々と巻き起こるライヴ・パフォーマンスと、そのひとつひとつの出来事が彼女達の存在を広く世に知らしめていったこの1年半。そこで今回はこのアイドル・グループ結成の経緯から今日に至るまでの足跡を改めて辿っていこうと思う。

物語は彼女の一言から始まった。2010年の夏のある日、当時ソロ・アーティストとして活動していたプー・ルイは、マネージャーの渡辺淳之介と共にOTOTOYの編集部にやってきた。ふたりを迎えたのは編集長の飯田仁一郎と、彼から「こういう子と会うから来てくれ」と呼び出されていた筆者のふたり。この日はこの4人で、これからプー・ルイというソロ・アーティストを今後どう売り出していくかを話し合うことになっていた。

さて、どうしたものか。この時に初めてプー・ルイと対面した筆者は、かわいらしい子だとは思いつつ、それ以外の特徴を見つけることがなかなか出来ずにいた。今のステージ上での振る舞いを見ている方には信じられない話かもしれないが、この頃のプー・ルイは本当に口数の少ない女の子だったのだ。マネージャー渡辺が彼女を指して口にした「いわば透明少女なんですよね」という言葉が象徴的なように、彼女の素直でクリーンなイメージになんとか強いキャラクターを与えようとマネージャー渡辺が四苦八苦してはいるが、未だアーティストとして独自のカラーを打ち出すには至っていない、というのが率直な第一印象だった。そこで彼女が本来どんなアーティスト像を思い描いてこの世界を目指してきたのかを聞いてみると、彼女の口から出てきた名前は、CHARAとかYUKIといった、より個としての高い表現力を持ったソロ・アーティストばかりだった。同時に彼女は「自分には曲を書く能力もなにもないし、いまは松隈さんの曲を歌わせてもらえるのが楽しいから、これからそこを目指そうとは思っていない」という。ではそれ以外にはなにかなかったのかとねばった時に彼女が発したのが、こんな言葉だった。

「私、本当はアイドル・グループがやりたかったんです」

いくつものオーディションを受けては落選を繰り返し、ようやくつばさレコーズの審査を通ったことでアーティスト・デビューというひとつの夢を叶えることはできたプー・ルイ。しかし、改めて自分が歌を好きになり、華やかな世界を志すようなきっかけを思い返すと、たどり着くのはモーニング娘。になるのだという。しかもそこに憧れる気持ちは今もまだ変わっていないと話す彼女の声に、その場にいた筆者、飯田、そしてマネージャー渡辺はそれまでにない生き生きとしたものを感じていた。理想のアイドル・グループ像について嬉しそうに語りだしたプー・ルイを見ながら、我々の会話は思わぬ方向に向かい始める。

「だったらプー・ルイがそのアイドル・グループを作ったら面白いんじゃないか?」

単純に、鳴かず飛ばずだったソロ・アーティストがアイドル・グループを自分でつくるという発想そのものに、その場の全員がワクワクするものを感じたし、それこそ“透明少女”だった彼女のキャラクターがうまく発揮できるいい企画になるんじゃないか。今思えばこのアイドル・グループ結成プロジェクトは、そんな勢い任せなところから始まった。この先にプー・ルイと渡辺淳之介がどんなアイドル・グループを形作っていくのかは、まだ本人達ですらまったく想像もできていなかった。

2010年10月〜

さあ、話が決まったらもう立ち止まってはいられない。すぐさまプー・ルイはソロ活動の休止と同時に、アイドル・グループ結成に向けてオーディションを開催すると公に発表。プー・ルイ本人はもちろん、マネージャーの渡辺をはじめとしたプロジェクト関係者すべてが、アイドル・グループの運営はまったくの未経験。それどころかアイドルに関する知識もほぼゼロ状態の者ばかりのなか、実際に結成してからの動きを話し合いながら、2010年10月11日、ついにオーディション当日を迎えることになる。

審査にはプー・ルイと渡辺淳之介、そしてサウンド・プロデューサーの松隈ケンタをはじめとした、ここまでプー・ルイのソロ時代を支えてきた面々が顔を揃えていた。書類審査一切なしで、希望者全員と面談するという触れ込みもあって、オーディションには40人ほどの参加希望者が集まっていた。それぞれがアイドルへの熱意を伝えてくる様子をUstreamで配信しながら、オーディションは期待以上の展開を見せていく。まずその自己主張の強さで審査員の気を引いたのがナカヤマユキコだった。他の参加者がアカペラの披露を求められて顔を赤らめるなか、ひとり自分の曲を録ったCD-Rを手に「これをかけて歌ってもいいですか?」と言い出す彼女。結果的には他の参加者と同じくアカペラを披露してもらったのだが、その物怖じしない態度と、自分がやっているバンドのラスト・ライヴのチケットを審査員に配って回る傍若無人っぷり、そしてプー・ルイを前にして「やるからにはセンターに立ちたいです」と言い放つ負けん気の強さは、審査員一同はもちろん、Ustreamを視聴している人にも大きなインパクトを残していた。そして彼女に誰よりも興味を引かれていたのが、他ならぬプー・ルイだった。

次々と個性豊かな面々が登場するなかで、最も「アイドル」というイメージにしっくりくる印象を与えていたのがヨコヤマリナだ。ナカヤマとは対照的で非常に緊張した面持ちだったが、同時にこれはあまりにアイドルらしすぎてどうなんだというくらいに、この会場に現れた時点で、彼女はそのひとつひとつの身のこなしからすでにアイドルらしいオーラを放っていた。なにかとぶっ飛んだキャラクターばかりを求めがちなスタッフたちにとって、彼女の存在はグループ全体のバランスや安定感を考える上で終始気にかかるものだったのだ。

そしてこの日のオーディションで最も強いインパクトを残したのがヒラノノゾミだった。はるばる秋田からこのオーディションのためにやってきたという彼女は、それが信じがたいほどに「今すぐこの場を立ち去りたい!」という表情でじっと席に座っていた。うつむいてなかなか真意を見せてくれない彼女からなにか話してもらおうと、気がつけば一同は必死になって彼女に声をかけていた。そしてオーディションを一通り終えたあとも、審査の場にいた者はみな、ヒラノのことを指して「あの子、大丈夫かな?」「なんか気になるんだよね」という言葉を何度も交わしていた。学校を休学し、ひたすら秋田の実家に引きこもっていた彼女が、その秘めた魅力を無意識で発揮していた時間だった。

すべての審査終了後、プー・ルイをはじめとしたスタッフ達はすぐに選抜の作業に入った。数人の候補を残しての2~3次審査と、一人の辞退を受けて、結果的には前述した3名に絞り込み、この未だ名もないアイドル・グループのオーディション通過者として発表することにした。

早速オーディションを通過した3名とプー・ルイ、そしてスタッフ一同で顔合わせの場を設け、その場で初めてメンバー4人並んでの写真撮影に臨む。プー・ルイはこの時に初めて、このグループでやっていくことへの手応えを感じたと後のインタヴュー上で口にしている。

「4人で初めて集まった時も、なんか全員バラバラですごく不安だったんですけど、その時にみんなで白い服に着替えて4人で写真を撮ったじゃないですか。あれを見た時に“あ、これならやっていけるかな”って思いました。アイドル・グループに見えたんです」。

プー・ルイのソロ活動も残りわずか。同時にグループ始動に向けての動きも水面下で着々と進んでいた。まずグループ名を決めるべく、本人達4人と渡辺マネージャーでそれぞれアイデアを募り、プレゼン大会を開くことに。集まった名前の候補はかなりの数に及んでいた。たとえば“Very Ape”、“大人の事情”といった感じで、いくつもの意見が交わされては、決定打に欠くなかで、マネージャー渡辺が「ひとつ本気でプレゼンしたい名前があります」と、その場にいた全員に資料を配り出した。そこにプリントされていたのはPublic Image Limitedのものをそのままパクった「BiL」というロゴだった。「いくつか候補があって。Brand-new idol Laboratory、あるいはBrand-new idol Societyで考えてます。どれにしても、“新生アイドル研究会”ということでやっていきたい」。一応メンバー間のプレゼン大会ということだったが、どうやら渡辺はこの名前を思いついた時点で、このアイデアで押し切るつもりでいたようだ。実際、この“新生アイドル研究会”という名前には彼女達がこれから形にしようとしているアイドル・グループの活動コンセプトを明確にするという意味でも、群を抜いて説得力のあるものだったと思う。少しの話し合いの末、“Brand-new idol Society”略してBiSということで、このアイドル・グループの名前は決定した。

2010年12月〜

2010年12月3日。プー・ルイ初のソロ・ワンマンが渋谷Star Loungeで催された。ソロ・デビューから1周年を迎えて初のワンマン・ライヴ。そしてこれが最後のソロ・ライヴということになったが、すでにBiSとして動き出す準備に追われていることもあってか、特に感慨深さもなく、むしろ清々しいくらいのパフォーマンスをこの日のプー・ルイは見せていた(実際はそのあとにもう1本ライヴが残っていたというのもあるが)。ライヴ終了後にはメンバー3人をステージで初お披露目し、決まったばかりのBiSというグループ名も発表された。その後はプー・ルイもSpank Happyのカバー『エレガントの怪物』のリリースをもってソロ活動を完全に休止。いよいよ彼女達はBiSとして表立った活動をスタートさせた。

活動開始とはいいながら、この時点の彼女達はいまだ名の知られぬ駆け出しのアイドル・グループに過ぎないわけで、特にやることがない。そこでマネージャー渡辺が彼女達に課したのが、自給自足というコンセプトに従っての細々とした作業だった。ブッキングの電話、フライヤー作成、ダンスの振り付け、作詞、そして日々の活動報告メール…。通常であればアイドル自らがやることはない作業ばかりだが、こうした中で彼女達は「このグループは自分達が形作っていくんだ」という実感を強めていった。中でもナカヤマはそれまでのバンド活動での経験が生きたのか、BiSの宣伝回りの作業でその能力を発揮し、3月のアルバム・リリースに向けて、イヴェントのブッキングを次々と率先して決めていく。

一方で、せっかくオーディションを通過してアイドルへの道が開けたはずなのに、なかなか表立った活動ができないことへの不満も少なからず出てきた。そこで彼女達がグループ活動とは別に、個々で深夜にニコ生放送を始めていったのは、もはや今となっては懐かしい記憶だ。もともとそうした個人活動を頻繁に行い、BiSに加入する前の時点でかなりのPV数を誇るブロガーでもあったヨコヤマはニコ生でも多くの視聴者を集め、負けてられないとプー・ルイとナカヤマも放送を開始。上京したばかりでまだ環境に慣れるのに必死だったヒラノはそこに乗り切れずに落ち込むという、まわりから見るとなかなかグループとしてのまとまりが感じられず、やきもきする時期でもあった。

そうしたなかでデビュー・アルバムの楽曲制作は着々と進んでいた。プー・ルイ以外のメンバーにとって初めてのレコーディングは、やはり一筋縄ではいかなかったようだ。それぞれが歌唱力を鍛える間もなく臨んだレコーディングで、松隈をはじめとした楽曲制作陣は悪戦苦闘しながらも、徐々に作品を形にしていった。

2011年1月〜

年が明けて2011年の1月15日に「太陽のじゅもん」がOTOTOYからフリー・ダウンロードでリリース。そして2月4日、彼女達は六本木morph tokyoでついに初めての舞台に立つ。泊まり込みで練習をしたことも手伝い、なかなかまとまりができなかった4人もようやくお互いに意見し合えるようになってきたところだった(その時のひとコマはYOUTUBE上に「女子だけの合宿 ライヴ2日前」というタイトルで公開されている)。もちろん初披露された楽曲のクオリティも衝撃的だったが、なによりもその本人達が自ら考えたというダンスに、この日の会場にいた人の多くは唖然とすることになった。口パクはともかく、それを逆手にとったような振り付けと、最終的にはステージ上で4人がモッシュを始めるという謎の展開。彼女達は初ライヴにして予想以上のファースト・インパクトを残すことになった。

その後もBiSは立て続けに「報告会」と称したライヴを敢行し、そのたびにその素人臭くも目が離せなくなるステージングで少しずつ話題の輪を広げていく。そして最初の決め手となったのが、彼女達にとっての所信表明を示した代表曲「BiS」のMV公開だ。電車内をゲリラで雑巾がけし、飾り付けしていく同MVは、エモーショナルな楽曲のよさと共に反響を呼び、アルバムのリリース前にして、ラジオ出演、取材、大阪遠征と、BiSを取り巻く盛り上がりは着実に高まっていた。

2011年3月〜

デビュー・アルバム『Brand-new idol Society』のリリースを目前とした3月11日、東日本全土を大地震が襲った。その影響でBiSのリリースに向けて組んだインストア・イヴェント等はほぼすべてキャンセルとなる。やむを得ない事情とはいえ、ほとんどのブッキングを自ら率先して担当していたナカヤマの受けたショックは小さくなかった。そんな中で迎えた発売日当日、BiSは急遽阿佐ヶ谷ロフトで初のワンマン・ライヴを敢行。直前の呼びかけにも関わらず、会場には多くの研究員(BiSファンの総称)が駆けつけ、リリース前にして彼女達の人気が高まっているのを存分に感じさせる盛り上がりを見せた。 再び勢いに乗ったBiSは、続いてアルバムから「パプリカ」のMVを公開。メンバー全員がパンストをかぶってヘッドバンギングする様子と、プー・ルイとナカヤマが舌を絡め合うという映像の衝撃が賛否両論を呼ぶなか、彼女達は4月24日に中野heavy sick zeroで再びワンマン公演を行う。

過激なアイドルとして徐々に認知され始めたBiSにとって、最初の沸点はここだったと思う。冒頭の代表曲「nerve」3連発から、「パプリカ」のMVを再現するふたりの公然ディープ・キス。それに応えるように最前列で舌を絡ませ合い、「ナイスファイト!」と声をかける研究員たち。「レリビ」では客席から次々とステージに研究員たちが駆け上がっていくなど、終始続いたカオティックな状況は、彼女たちが他の地下アイドル・グループとは一線を画した存在になりつつあることを十分に感じさせるものだった。この時のアンコールで見せたプー・ルイの涙は今も忘れ難い。

ちょうどこのあたりで下北FMでのレギュラー出演や、インストア・イヴェントの振替、そして同時期に結成していたtengal6との2マン・ライヴも決定するなど、BiSはさらにその活動を加速させていった。しかしすべてが順調とは行かないもので、BiSはここにきて結成以来最大のピンチに立たされることになる。ヨコヤマリナが脱退の意志を固めたのだ。

2011年6月〜

とはいえこれは唐突にやってきた事態というわけでもなかった。4人の中でも特にアイドルという存在への思い入れが強い彼女からすれば、ここまでのBiSの在り方は決して願いに沿うものではなかったはずだ。徐々に彼女のBiSにかける思いは他の3人とは釣り合わないものになり、口論も増え出していたところだった。6月2日、正式にBiSからヨコヤマの脱退が発表される。しかしそれは残された3人のメンバーが「アイドル社会新聞 号外」とプリントされた紙を路上で配布するという、あまりにBiSらしいやり方で行われた。4人の関係性はこれを機に好転するが、同時にプー・ルイ、ナカヤマ、ヒラノの3人は意地でもこの事態を乗り越えようという決意と結束を固めてもいた。

マネージャー渡辺を中心としたBiS陣営もすぐに動き出し、6月24日下北沢シェルターでのヨコヤマ卒業とほぼ入れ替わるようにして、新メンバーをオーディションで獲得した。その発表を前にして、BiSはシングル『My Ixxx』のリリースを発表。そしてこの曲のMVが、BiS史上最大の物議を醸し出す超問題作となるのだった。 再出発を決めた彼女達の新たな決意とも取れる内容の同曲だが、そのMVは3人が樹海を全裸(に見える格好)で駆け回るという、あまりにショッキングなもので、すぐに視聴制限がかかるものの、評判は評判を呼び、再生回数はあっという間に50万を超えた(現在では100万を突破)。

その熱が冷めやらないうちに、新メンバーとして加入が確定していたテラシマユフのお披露目ライヴが目の前に迫ってきた。清楚なルックスもさることながら、加入前からダンスと歌の素養も備えていた彼女は、ヨコヤマ脱退後のBiSが更なるパワー・アップを遂げたことを伝えるためには、まさにうってつけの人材だった(撮影には間に合わなかったものの、『My Ixxx』のレコーディングには彼女も参加している)。しかし事はそううまく運ばないもので、件のMVを見たテラシマは加入を迷い始め、お披露目ライヴ前日になって、マネージャー渡辺に電話で「辞めたい」と告げていたという。なんとかその場を渡辺がなだめ、翌日のライヴは無事(というか予想以上にまとまった形で)成功に至り、新体制初日にして2本のライヴを完走した(2本目はBiSが年末の目標としていた舞台、恵比寿リキッドルームで行われたアイドル・イヴェントだった)。同時に、やはりBiSの活動は常に波風が絶えないということを改めて実感させられる一日でもあった。

『My Ixxx』のリリースにあてて、BiSはまたしても大きな勝負に出る。渋谷WWWで『BiSフェス!』の開催決定だ。その間も彼女達は怒髪天が仕切るイヴェント『ハロウィン 百鬼フェスティバル』に出演するなど、順調にその活動規模と知名度を高めているところだったが、それでも自分たちの主催イヴェントでどれだけの集客が見込めるかは未知数だった。しかし蓋を開けてみれば会場は見事に大入り。この頃から徐々に歌も口パクから半出し(オケとナマ歌の半分ずつ)に移行し、パフォーマンスもかつてないほどの洗練を見せ始めた。『My Ixxx』もチャート・アクションを起こし、彼女たちはヨコヤマの脱退をバネにしてまた上昇気流に乗ったことを見事に見せつけた。

この頃のBiSは『ぐるぐる回る2011』や『BOROFESTA2011』などのロック・フェスに出演するなど、アイドル界隈よりもロック・バンド方面から一気に熱い注目を浴びるようになっていた。メンバー4人のなかでそこでの貢献度が最も高かったのは、間違いなくナカヤマユキコだろう。MCでも積極的にライヴをひっぱり、モニターに片足を上げて客を煽りながら、時にはステージ・ダイヴも決めてしまう彼女のパフォーマンスは、BiSのアグレッシヴなイメージを象徴するものでもあった。しかし、そのナカヤマまでもがBiSからの離脱を考え始めていた。

2011年12月〜

結成当初からの目標であった恵比寿リキッドルームでのワンマン・ライヴもいよいよ確定というところまで来ていながら、ナカヤマはBiSから脱退することを決めた。しかしその報を伝えられたプー・ルイとヒラノは、悲しみはしたものの、もうヨコヤマのときのように困惑することもなかったようだ。ナカヤマが脱退を決めた一方で、ふたりのBiSを継続していきたいという意志は以前とは比べものにならないほどに大きくなっていた。そしてそれはテラシマにしても同様だった。最初はBiSの破天荒なパフォーマンスの中での立ち位置に悩んでいた彼女も、徐々にこのグループで活動できることの喜びを覚え始めたところだった。ちょうどその頃に公開されたのが、新曲『primal.』のMVだった。

あえてここで言っておくが、間違いなく『primal.』は、現時点のBiSにおける最高傑作だ。ここから先にBiSがどんなドラマを巻き起こしていくのかはわからないが、それでもこの曲で表現されたBiSというグループの苦難と運命、それと引き換えにしてやってくる美しい瞬間はこの先もずっと色褪せることはないだろう。そして皮肉にもそれをよりドラマティックに演出してしまったのが、ナカヤマの脱退劇だった。

12月20日。彼女たちがこの一年間を通して夢見ていた日がついにやってきた。恵比寿リキッドルームでのワンマン・ライヴは、なんと来場者900人超。1曲目の「narve」から会場は一気に沸点に。しかし「narve」終了後、ナカヤマから集まった研究員たちに非情な言葉が告げられる。

「私、ユケことナカヤマユキコは12月31日の下北沢シェルターをもって、BiSを卒業することになりました」

騒然とする中、彼女達は畳み掛けるように曲を披露し、あっという間にライヴは終盤に。そして「primal.」で本編は終了。当然の如くアンコールは鳴り止まず、彼女達はそれに応え、再びステージを去る。それでも止まないアンコールの声を聞いてもう一度ステージに出てきたのは、ナカヤマを除く3人の姿だった。彼女達が3人で披露した新曲「豆腐」は、あまりに急造だったこともあって、褒められるステージングでは決してなかったが、それでも彼女たち3人の覚悟を感じさせる熱いパフォーマンスだった。舞台裏ではひとりナカヤマが号泣していた(この模様は『PPCC』の特典DVDに収録されているようなので、ぜひそちらを確認していただきたい)。この日は脱退したヨコハマリナも客席に現れ、涙を流しながらBiSと共に踊っていた。この1年間に起きたいくつものドラマが、この一夜に凝縮されているようだった。

2012年1月〜

ナカヤマのラスト・ライヴは大晦日の下北沢シェルターではあったが、実質上はこのワンマン公演で完全にケリをつけたと言っていいと思う。一方、大晦日のカウントダウン・ライヴで新たな覚悟を見せたのがテラシマだった。3人編成での再出発は、彼女がこれからナカヤマに代わってBiSを引っ張っていくという決意を固める機会にもなった。今思えばこの日の彼女が見せたステージ・ダイヴは、その決意の現れでもあったに違いない。

結果としてこの3人だけでの活動時期は3ヶ月ほどの短い期間ではあったが、この時期の彼女達のライヴ・パフォーマンスは掛け値なしに素晴らしかったと今でも思う。初めての最少人数にして奇数編成になったことで、改めてステージングについて考え直したとテラシマ自身も語ってくれている

「三人での見せ方を考えるようになって、センターを立てて、その両脇を固めるトライアングルの作り方を意識してみたりとか、一人一人の動きを大きくする工夫を重ねました。ただ、ユケさんがいた時は、いい意味でもっとがちゃがちゃした感じがあったんですけど、今はまとまりすぎてるかなって」

確かにパフォーマンスはこれまでになくまとまっていた。同時にグループとしては夢にまで見ていたメジャー・デビューというものが現実的になってきたタイミングでもあって、やはり少しシリアスな時期を迎えてもいた。そこでBiSは新メンバー獲得のために再びオーディションを敢行する。結成から1年が経とうとしているタイミングで、彼女たちの知名度も比べものにならないくらいに上がっていた。しかし、もはやこれは笑い話だが、このオーディションでは開始から2時間近く、誰も参加希望者がやってこないという珍事が起こった。結果的にはそのあと立て続けに来場者が到着し、無事メンバーを獲得するに至ったが、人気が上がるほどに新メンバー加入オーディションの参加希望者が減るというのも、あまりにこのグループらしいエピソードだと思う。

初主演映画『アイドル・イズ・デッド』が公開となるなど、彼女たちの露出もどんどん大きな規模になっていく。そんな中でBiSはデビューから一年を迎え、4月には下北沢シェルターでのワンマン公演で新メンバーのワキサカユリカとミチバヤシリオのふたりをお披露目し、その場でエイベックスへの移籍が決まったことを発表。当初からグループ構想にあったのに、脱退や辞退が重なって叶わなかった5人編成が、このメジャー・デビューというタイミングで実現したというのも、彼女達の数奇な運命を感じずにはいられない。

ざっとここまでの道のりを辿っていったが、それでもまったく語り切れた感じがしないことに我ながら驚いている。それだけこのBiSというグループのあゆみはあまりに濃厚で、起伏が激しいものだった。そしてここから先もまた現在進行形の物語が続いている。ミチバヤシとワキサカを加えた彼女達5人、そしてマネージャーの渡辺淳之介は、更なる高みを目指して今も日々を邁進している。ついにメジャー・デビューという称号を手にした彼女達は、一体これからどこに向かっていくのだろうか。願わくばもう悲しい別れだけはないようにしてもらいたいと思いつつ、とりあえず今は、これからも彼女たちを見守っていきたいとだけ思っている。(Text by 渡辺裕也)

BiS年表

2010年9月
「私、本当はアイドル・グループがやりたかったんです」というプー・ルイの一言から、アイドル・グループを結成する前代未聞のプロジェクトがスタート。

2010年10月11日
200人以上の参加者が駆けつけた、プールイ・アイドル・グループのオーディション開催。後日行われた2次審査を経て、ヒラノノゾミ、ナカヤマユキコ、ヨコヤマリナの3名の合格者が決定。

2010年12月3日 
プー・ルイ、初めてで最後のワンマン・ライヴを渋谷Star loungeで開催。新メンバーのお披露目会、そしてグループ名、BiS(Brand-new Idol Society(新生アイドル研究会))を発表。

2011年2月4日
六本木morph tokyoでBiS初ライヴ。

2011年3月23日
1stフル・アルバム『Brand-new idol Society』発売。
同日、阿佐ヶ谷ロフトAで初のワンマン・ライヴ「新生アイドル研究会 報告会DX」を開催。

2011年4月24日
BiSワンマン・ライブ『God save the BiS』を中野heavy sick zeroで開催。
代表曲「nerve」をオープニングで3曲連続で披露。

2011年5月21日
『BiS vs tengal6』@下北沢SHELTERを開催。

2011年6月24日
下北沢SHELTER 「SHELTER異種格闘」を持って、ヨコヤマリナが脱退。

2011年7月5日
1stシングル『My I×××』の全裸PVを発表。

2011年7月9日
BiSワンマン・ライヴ『NEVER MIND THE BiS』を下北沢shelterで開催。
テラシマユフが加入。

2011年8月3日
1stシングル『My I×××』リリース。オリコン・デイリー・ランキング最高26位、ウィークリー83位を記録。

2011年8月7日
渋谷wwwで『BiSフェス! 』を開催。

2011年10月19日
2ndシングル『nerve』を1000枚限定でタワーレコード店舗限定リリース。

2011年10月29日
下北沢SHELTERで「BiSのハロウィン/パーティー」開催。
謎の大物DJ nozomiがイベントを大いに盛り上げる。

2011年12月20日
恵比寿リキッドルームでワンマン・ライヴ開催。
ナカヤマユキコが脱退を発表。

2011年12月21日
3rdシングル『primal.』リリース。

2011年12月31日
下北沢SHELTERで行われた「SHELTER 20th ANNIVERSARY『THE FINAL OF 2011~第1部~』」をもって、ナカヤマ ユキコが脱退。

2012年1月31日
4th シングル『豆腐』をフリー・ダウンロードでリリース。

2012年3月24日
CDデビュー1周年イベント「全曲踊ろうぜみんな。あと乾杯しよう。」を新宿ロフトプラスワンで開催。その場で渡辺マネージャーが涙ながらにディレクター降板を発表(後日、壮大なだまし企画だったことが発覚し、渡辺氏はテラシマユフにバリカンで頭を丸刈りにされて落とし前をつけた)。

2012年4月11日
5th シングル『IDOL』をHMV限定でリリース。

2012年4月15日
ワンマン・ライヴ「Killer BiS~『IDOL』リリース記念パーティー~」で、メジャー・レーベルavex traxへの移籍が決定したことを発表。
新メンバー、ミチバヤシリオ、ワキサカユリカが加入。

2012年7月13日
インディ時代最後のワンマン・ライヴ、BiSメジャー・デビュー記念「直前大パーティ ~まだメジャーじゃないもん!!~」を新宿LOFTで開催。

2012年7月18日
6thシングル『PPCC』をavex traxよりリリース。

BACK NUMBER

vol.1 アイドル・グループになりたかったプー・ルイ
アイドル・グループ・プー・ルイを結成する前代未聞のプロジェクトがついにスタート!

vol.2 アイドル・グループになりたかったプー・ルイ
プー・ルイとオトトイのアイドル・グループ構成員増殖計画 vol.2 - オーディション -

vol.3 アイドル・グループになりたかったプー・ルイ
プー・ルイとオトトイのアイドル・グループ構成員増殖計画 vol.3 - ナカヤマユキコ編 -

vol.4 アイドル・グループになりたかったプー・ルイ
プー・ルイとオトトイのアイドル・グループ構成員増殖計画 vol.4 - ヨコヤマリナ編 -

vol.5 アイドル・グループになりたかったプー・ルイ
プー・ルイとオトトイのアイドル・グループ構成員増殖計画 vol.5 - メンバー全員決定 -

vol.6 アイドル・グループになりたかったプー・ルイ
プー・ルイとオトトイのアイドル・グループ構成員増殖計画 vol.6 - 初お披露目。そして、グループ名は? -

vol.7 アイドル・グループになりたかったプー・ルイ
プー・ルイとオトトイのアイドル・グループ構成員増殖計画 vol.7 -『エレガントの怪物』-

vol.8 アイドル・グループになりたかったプー・ルイ
プー・ルイとオトトイのアイドル・グループ構成員増殖計画 vol.8 -初レコーディング作品フリー・ダウンロード開始!

vol.9 アイドル・グループになりたかったプー・ルイ
プー・ルイとオトトイのアイドル・グループ構成員増殖計画 vol.9 -BiS初のフル・アルバムが、2011年3月23日発売決定!-

vol.10 アイドル・グループになりたかったプー・ルイ
プー・ルイとオトトイのアイドル・グループ構成員増殖計画 vol.10 -1st フル・アルバム『Brand-new idol Society』先行配信開始!-

vol.11 アイドル・グループになりたかったプー・ルイ
プー・ルイとオトトイのアイドル・グループ構成員増殖計画 vol.11 -待望の初アルバム『Brand-new idol Society』配信開始!

vol.12 アイドル・グループになりたかったプー・ルイ
プー・ルイとオトトイのアイドル・グループ構成員増殖計画 vol.12 -アイドル・グループ構成員増殖計画セカンド・シーズンスタート!

vol.13 アイドル・グループになりたかったプー・ルイ
プー・ルイとオトトイのアイドル・グループ構成員増殖計画 vol.13 -中野heavy sick zeroのワンマン・ライヴ!

vol.14 アイドル・グループになりたかったプー・ルイ
プー・ルイとオトトイのアイドル・グループ構成員増殖計画 vol.14 -BiS次回作の一斉楽曲コンペ開催決定!!

vol.15 アイドル・グループになりたかったプー・ルイ
プー・ルイとオトトイのアイドル・グループ構成員増殖計画 vol.15 -BiSとtengal6のコラボ楽曲フリー・ダウンロード!

vol.16 アイドル・グループになりたかったプー・ルイ
プー・ルイとオトトイのアイドル・グループ構成員増殖計画 vol.16 -号外! BiSからヨコヤマリナが電撃卒業!

vol.17 アイドル・グループになりたかったプー・ルイ
プー・ルイとオトトイのアイドル・グループ構成員増殖計画 vol.17 -リナハムありがとう!衝撃のPV公開!

vol.18 アイドル・グループになりたかったプー・ルイ
プー・ルイとオトトイのアイドル・グループ構成員増殖計画 vol.18 -7月9日下北沢shlterで新メンバー発表!-

vol.19 アイドル・グループになりたかったプー・ルイ
プー・ルイとオトトイのアイドル・グループ構成員増殖計画 vol.19新メンバーテラシマユフ入学式-

vol.20 アイドル・グループになりたかったプー・ルイ
プー・ルイとオトトイのアイドル・グループ構成員増殖計画 vol.20 -渋谷WWW目前プー・ルイ、インタビュー-

vol.21 アイドル・グループになりたかったプー・ルイ
プー・ルイとオトトイのアイドル・グループ構成員増殖計画 vol.21 -渋谷WWW「BiBフェス! 」ライプ・レポート!!! -

vol.22 アイドル・グループになりたかったプー・ルイ
プー・ルイとオトトイのアイドル・グループ構成員増殖計画 vol.22 -「怒髪天のハロウィン 百鬼フェスティバル」にBiSが登場っ!!!-

vol.23 アイドル・グループになりたかったプー・ルイ
プー・ルイとオトトイのアイドル・グループ構成員増殖計画 vol.23 -怒髪天にBiSが突撃インタビュー&ライヴ-

vol.24 アイドル・グループになりたかったプー・ルイ
プー・ルイとオトトイのアイドル・グループ構成員増殖計画 vol.24 -売り切れ続出! タワーレコード限定シングル発売開始!-

vol.25 アイドル・グループになりたかったプー・ルイ
プー・ルイとオトトイのアイドル・グループ構成員増殖計画 vol.25 -テラシマユフへインタビュー! 優等生が見せた葛藤-

vol.26 アイドル・グループになりたかったプー・ルイ
プー・ルイとオトトイのアイドル・グループ構成員増殖計画 vol.26 -リキッド・ルーム・ワンマン目前メンバー・インタビュー!-

vol.27 アイドル・グループになりたかったプー・ルイ
プー・ルイとオトトイのアイドル・グループ構成員増殖計画 vol.27 - 満員御礼! BiSリキッドルーム・ワンマン・ライヴ!

vol.28 アイドル・グループになりたかったプー・ルイ
プー・ルイとオトトイのアイドル・グループ構成員増殖計画 vol.28 - プー・ルイ インタビュー「理想のリーダー像とは」連続企画スタート!

vol.29 アイドル・グループになりたかったプー・ルイ
プー・ルイとオトトイのアイドル・グループ構成員増殖計画 vol.29 - ヒラノノゾミ インタビュー「アイドルグループでの存在意義」

vol.30 アイドル・グループになりたかったプー・ルイ
プー・ルイとオトトイのアイドル・グループ構成員増殖計画 vol.30 - テラシマユフ インタビュー「BiSに優等生は必要!?」

vol.31 アイドル・グループになりたかったプー・ルイ
プー・ルイとオトトイのアイドル・グループ構成員増殖計画 vol.31 - 新メンバー・ワッキー&ミッチェル 初インタビュー

vol.32 アイドル・グループになりたかったプー・ルイ
プー・ルイとオトトイのアイドル・グループ構成員増殖計画 vol.32 - プ—・ルイ インタビュー「リーダーとしての葛藤と決意」

vol.33 アイドル・グループになりたかったプー・ルイ
プー・ルイとオトトイのアイドル・グループ構成員増殖計画 vol.33 - アナログ盤『ABiSCDiS』リリース記念 BiSの工場見学

BiSプロフィール

プー・ルイ
BiSのリーダー兼ヨゴレ担当。現在女子大学3年生。中学時代からバンド活動を開始。2009年11月4日に第4回レコチョク新人杯に「限られた時間の中で☆」が最終ノミネートされソロでデビュー。2010年6月23日に自身のファースト・ミニ・アルバム「みんなのプー・ルイ」をリリース。

ヒラノノゾミ
秋田出身。きりたんぽうめえよ。秋田のことなめたらのんのんのん。BiSのマイペース担当。現在のアンダー・グラウンドな音楽情報を貪欲に集めるサブカル・ガール。好きな音楽は神聖かまってちゃん、黒猫チェルシー、FALL OUT BOYとロック、オルタナティブに造詣が深い。また、K−popとMadonnaも好き。

テラシマユフ
BiSの優等生担当。トップ私立大学在籍の才女。スタッフ間ではなぜBiSに入ったのか疑問の声も多い。歌唱力は抜群。ダンス歴も長く、今後の活躍に期待が持たれる。

ミッチェル
キモイ担当。座右の銘は「可愛い女の子が~大好き! きもミッチェル♪! BiSのキモい担当ミッチェルことミチバヤシリオです」。

ワッキー
ピュア担当。座右の銘は「ここは手! ここは肘! ここは? ワキワキワッキー! BiSのピュア担当ワッキーことワキサカユリカです」。

ジュンジュン
BiSのマネージャー担当。座右の銘は「だめなこと、きてれつなことにパンチするんだ! BiSのマネージャー担当じゅんじゅんこと、わたなべじゅんのすけです」。

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