レーベルについて
——蔡くんはレーベルもやっていますよね。
蔡 : はい。bonobosのレーベルとしてと、メンバーそれぞれの音源を出したりもします。そろそろ若い子達のも出したいなって思っているんですけど。自分達の事でも手一杯なのに、人の面倒まで見きれないんじゃないかって(笑)。
渋谷 : ホントそうだよね。今、レーベルを立ち上げるってすごく大変な事だもん。
鈴木 : レーベルってさ、アーティストを増やしたり、カタログを増やす事がかつての主流なんだけどさ、俺は増やす事に積極的ではない。
渋谷 : 僕もそうだな。頼むから曲を送らないでくれってツイッターでお願いしてる(笑)。だってリリースするとなると僕が働かなくちゃならない。だからよっぽどじゃないとリリースできない。
鈴木 : やっぱり手一杯なんだよね。自分のソロはソニーから出しているけど、もっとフレキシブルにやりたい場合は、やっぱり自分のレーベルだよね。それからレーベルのカラーを出していくみたいな事も必要なくなってきた気がするかな。80年代とかは、そういう感じがあったじゃない?
——そうですね。僕も2000年から2005年までインディー・レーベルを積極的にやっていたんだけど、だんだんとミュージシャンに「自分でやれば」って言う方向になっちゃったんですよね。で、むしろ誰もが自分でやれるような場所を作ることの方に興味が向いて、それがOTOTOYへと繋がっている。
鈴木 : そうなっちゃうよね。今は、自分達で出来ちゃうんだよね。それに1レーベル1アーティストの方が見えやすいんじゃないかなって思うし。
渋谷 : うん。そう思う。むしろ1ジャンル1アーティストとさえ思う(笑)。みらいレコーズってレーベルの他にどんな動きをしているの?
永井 : レーベルもマネジメントも… すべて自分たちでやってます 。もちろん、面白い企画があれば大手の会社と組んで共同で出したりもするし、ケース・バイ・ケースで、形態も変えつつ総合的に、且つ柔軟にやっていますね。
鈴木 : かつてプロダクションと呼ばれていたものもやりつつ、レーベルというのもやりつつって感じなんだ。
渋谷 : 結局省くものとそうでないものを自分達で見極められる訳だから、フレキシブルになりましたね。あと、レーベルっていうのは結局CDとかレコードとか見える物体に対しての概念だと思うんですよ。だからダウンロード・レーベルとかは、あまり意味ないと思う。個人でやればいいし。スタイルもそうでさ、音響派っていうのはジャケットが白くてザーとかプチプチ音が入っているのが音響派だっていうなわけでしょ(笑)。レーベルも音楽だけならCDと一緒になくなる概念なんじゃないのかなって思いますけど。
2011年は、どうなる?
——YouTubeが始まったのが2005年頃で、まだ五年くらいしか経ってないし、よく00年代っていうけど00年代でも前半と後半は全然違うじゃんって事はよく考えるんですよね。そのくらい全てが速い中、さて、2011年はどうなるのでしょう?
鈴木 : 2011年ねぇ...。なんか面白い年になりそうな気がするんだけどねぇ。象徴的なのは2010年の最後に出した新譜を、YouTubeオンリーで無料で聞かせたニール・ヤングかな。冬期オリンピックのエンディングで、たった一人であのでかい会場で演奏している姿にはグッときたなぁ。あと、ワールドカップの時期に、PC三台で一度に三試合見てた(笑)。試合が終わったら、ポール・マッカートニーがライブを始めて、こっちではマラドーナが怒鳴ってるのを見て、ついにこんな時代になったのかぁって興奮したな。
渋谷 : マラドーナとポール・マッカートニーの対比がすごいですね(笑)。コンサートがUSTREAMなのも当たり前になってきましたもんね。宇多田ヒカルさんのも音が良かったし。関係ないけど、あの人非常に歌が良くなりましたね(笑)。関心してハンハン言いながら見ちゃいました(笑)。
永井 : ハンハンは言わなくてもいいと思いますけど! (笑)。
渋谷 : いいなあ、と思ってさ(笑)。あと、これからは音楽もメディアも密度がジャッジされるんじゃないかな。あえて意図的に密度を薄くスカスカに作ったり、密度をつめて音楽の内容を詰め込んで作ったりもするだろうし。作り手がそこに無意識だと受け手はツライでしょうね。
——そういえば、2011年は慶一さんは還暦?
鈴木 : そうみたいよ。でも還暦前にやることはやってしまう。
渋谷 : 赤いちゃんちゃんこでコンサートをやるんですよね(笑)? (ソロ作の)ジャケはもう撮りました?
鈴木 : ジャケはネアンデルタール人になっています。回顧録なんで。『火の玉ボーイ』も35周年なのでリマスターで出すし、『火の玉ボーイ』の1曲目から最後までやるコンサートも4月にやるのね。だから前半で終わっちゃうんだよ。俺誕生日8月だから、赤いちゃんちゃんこ着ないで済むようにね。
渋谷 : 素肌に赤いちゃんちゃんこ、いいじゃないですか(笑)?
鈴木 : 卯年で60歳。まあムーンライダーズのメンバーは、3人すでに還暦を迎えているしね。
——その他の皆さんの2011年のキーワードは?
蔡 : 僕は来年バンドが10周年なので、とにかく馬車馬のように働かされる可能性が。ツアーとかレコーディングとかですね。あとは夏くらいに野音があったりします。
鈴木 : ソロはもうでたんだっけ? 万葉集みたいなタイトルじゃなかったっけ?
蔡 : そうです。「ぬばたま」って枕詞がタイトルに入っていますね。入間市の米軍ハウスが残っている一角に鈴木怱一郎さん監修の「マグノリオスタジオ」っていうところがあって。そこで夏場30日くらいかけて録って。機材もHDがはいっているんですけど、LRのバランスがぐちゃぐちゃだったので、知り合いのエンジニアにいろいろ機材を持ってきてもらって。
渋谷 : それは葛西(敏彦)君?
蔡 : ああ、そうです。マイクはオンズの平野(芳博)さんにウクライナかどこかの黒いマイクを持ってきてもらったりしましたね。
渋谷 : 僕も葛西君と何かしたいと思っているんですよね。デヴィット・シルヴィアンの一番新しいアルバム『Manafon』の東京でのセッション、大友良英さんやSachiko Mさんとのセッションを録ったりしてて、DSDも使えるし若いし(笑)。多分近いうちにレコーディングお願いすると思います。
蔡 : 普通に録らせると都内随一ですよ。
鈴木 : おー、彼は座頭市の時アシスタントだった。いや、前からいいなぁと思っていたんだけどね。出合ったのは、2003年だもんなあ。
蔡 : ライブPAもやるし、録りもやるし。
鈴木 : お、PAもやるのか。今度連絡してみよう。ライブPAと録音は全く違うことなんだけど、両方出来るといいよね。
蔡 : もともとライブのPAをやってもらっていて、葛西君自身がライブを録るのが好きで、何かあると「録りましょう! 」って言ってくれるんですよね。
渋谷 : 彼、自分でDSDを持ってるよね。靖明さんとやったときも、「僕が持っていきますよ! 」って言ってた(笑)。
永井 : 僕は去年はまだいろいろ吸収している段階だったから、今年のキーワードはそれを活かして、さらに働くってことかな。2010年の後半は一人で動くことも増えたんで、今年もバランス良く仕事を続けられればいいんですけど。
渋谷 : ソロ・アルバムとかの可能性はないの?
永井 : 曲は増やしたいですね。あと僕一人で決められる事じゃないけれど、アレンジや音楽性にもっと幅を持たせたいですね。馴れ合いのバンドじゃないんだから、それぞれ外の世界に出て、いろんな人に出会って、いろんな活動をして、もっと修行していかなきゃダメですよ。
鈴木 : だんだん俺たちみたいになってきたね。言われて書くのはいい事だよ。食うって事もね。
永井 : そんな光栄な! だから『アワーミュージック』も、僕にとっては重要な経験なんですよね。音楽に対しても、仕事の捉え方に対しても、新しい意見を言う人がもう一人増えるだけで、すごく良い刺激になるから。
渋谷 : 全然やさしかったじゃん(笑)。ギターの単音やめろって言ったぐらいで...
鈴木 : 2011年は、新しい物事が生まれるような気がするんだよね。11とか1とか91とかはさ... さっき言ってた"5年まで""5年以降"ってあった00年代の物事が、なんか形をあらわしてくるんじゃないかと思うんだけどな。それが何かは分からないけれど。だから面白くなりそうなんだよね。
永井 : 僕も去年の後半くらいから、仕事が増えて周囲が騒がしくなって、状況が変わり出した。渋谷さんもそうじゃないですか?
渋谷 : そうだね。音楽業界が不景気だなんて、とても思えない。
——そのへん、2010年を境に何かが変わったんでしょうかね?
鈴木 : ワールドカップ時期はあまり仕事をしていなかったけれど、そのあと、どかんって何かが変わった気がするな。確かに仕事の量も一気に増えたな。量が増えるというのは、やることが増える、もしくはやれることが増えた。要求を受けることも増えた。ここをすぐ直せるでしょうってね。へたすりゃワーキング・プアーと紙一重かもな。最初の話に戻るけど、1年長かったってのは1日のツイート量の多さが長く感じる所以ではなかろうか。凝縮された1日か、そうでないかはわからないが、大量が1日の中に在る。そんな日々だったね。古い言い方だと一億総神経症時代到来か、ふっとそう思う時がある。みんな観てるし発言してる。いいとは思うがタフさが必要だ。
渋谷 : つくる量が増えるということに対して肯定的になるという事は、流れとしてあると思うんです。それは、サンプリングみたいな記号的な方法じゃなくて違うものをMIXするということの肯定感も同じで。相対性理論とライブをやったのが3月で、あの時も、両方のお客さんがいたんだけど、どちらのお客さんも、MIXして新しいものが生まれのを待っているわくわく感ってものがあって。8月の原美術館でやったときも、どんなことになるか分からないけれど、芝生とピアノと歌があるから、とにかく行ってみようみたいな肯定感があって、こういう感覚は新しいなと思った。今までは、こういうコンセプトでこうだから、こう接種するっていう流れが続いていたんだけど、コア・メッセージさえしっかりしていれば、それぞれの解釈を持って受け取ってくれる回路が出来てきている気がするんです。
鈴木 : 何枚売れたとか、何ダウンロードされたとか、そういう数字がどんどん旧来の意味とは変わってきてる気がするんだよね。
——すでにオリコンの枚数が意味を持たなくなってきていますもんね。
鈴木 : そうそう。それが更に進む気がするんだよね。数字云々じゃない気がするんだよね。数じゃないんだよね。それがどう経済と絡んでいくのかっていうのは... 2012年に考えようかな(笑)。
永井 : 普通に円高がどこまで進むのかが気になる! ミュージシャンからすれば、今お買い得ですからね。
鈴木 : シタールとか買いたくなっちゃうよね。
蔡 : エフェクターとかね。
渋谷 : STUDERのコンソールとかね、買わないけど(笑)。ああ、それで最近思ったのは、マスタリングってコンプレッションじゃなくて、リミッターですね。どこの周波数にかけるとか、いくつかけるとか。
鈴木 : レイヤー状態になる。つまり、多層にまたがってかけるでしょ。
渋谷 : そうそう。音楽を多層的に捉えるというのはヴァーチャルな視点だけど、完成度は上がりますよね。DSDで生を録ることでリアリティの次元が変わったってことは、ヴァーチャル・リアリティの次元も変わったってことだから、いまシンセサイザーやプラグインを使うっていうのはそれまでと違うと思うんです。出来ることがかなり増えたので今年1年かけてそういうソロアルバムを作って2012年がATAKの10周年だから、そのタイミングで発表しようと思っています。
——では、最後の質問です。2011年、皆さんがOTOTOYに期待することは何ですか?
渋谷 : なんだろう? 掛け率はいいしな(笑)。
鈴木 : 音楽ダウンロードだけで食えている人を、だして欲しい。
蔡 : OTOTOY長者みたいな人ね。
渋谷 : OTOTOYの忘年会にも来てたよね。18歳くらいのアイドルを紹介されましたよね。あの子達が売れちゃうとかあるんだろうか(笑)。
蔡 : 買い方がもっと親切で、本当にコンビニで買えるような、そんなふうになれば良いですねぇ。スマートフォンのアプリとかは、作ってないんですか?
——そのへんはまだまだ対応しきれていないんですよね。2011年はDSDをもっとブレイクさせたいですよね。KORGのDSDレコーダーは本当にいいんです。ソフトウェアとかも洗練されているし。
渋谷 : 値段も安いですしね。
——マルチ・レコーディング出来る編集ソフトも発売されるとか、しないとか。後、DSDで録音出来るマルチ・レコーダーも、出てくるんじゃないかな。オノセイゲンが、ブラジルでそれで録音してるっぽいよ。
鈴木 : 90年代にあった1bitのレコーダーは発展しなかったんだね?
——みんな撤退していったんですよね。そんな中で、KORGが無理無理って言われながら始めて、ここまできたんです。
鈴木 : そういえば、CDのパッケージとダウンロードの比較がツイッターに載ってたよね? 何ダウンロードされると、生きていけるのか? とか。
——あれは相当、インチキな数字操作が(笑)。OTOTOYだったら、アーティスト/レーベルに7割バックだから、10000ダウンロードあれば、100万円くらい。10曲のアルバムならば、1000ダウンロードあれば、それくらい入ってきますよ。
渋谷 : それで、2、3ヶ月は食えますよね。でも、2、3ヶ月って思いっきり説得力ないな(笑)。
鈴木 : せめて次のアルバムを作れるくらいじゃないとね。5000アルバム・ダウンロードくらいはいかないとね。
——じゃぁ、そこを目指していきましょう。ダウンロードだけで食べれる人をOTOTOYから輩出することを、2011年の目標に。
PROFILE
渋谷慶一郎 >>official web
音楽家。1973年生まれ。東京芸術大学作曲科卒業。2004年にリリースしたソロ・アルバム『ATAK000 keiichiro shibuya』が「電子音楽の歴史のすべてを統べる完璧な作品」と話題となる。2006年には三次元立体音響とLEDを駆使したサウンド・インスタレーション“filmachine”を山口情報芸術センター(YCAM)で発表、翌年にはそのCDバージョンとして、音像の縦移動を含む世界初のヘッドフォン専用作品『ATAK010 filmachine phonics』をリリース。これらにより2007年度アルス・エレクトロニカ・デジタル・ミュージック部門でHonorary mention受賞。2009年には初のピアノ・ソロ・アルバム『ATAK015 for maria』を発表。2010年には相対性理論とのコラボレーション『アワーミュージック 相対性理論+渋谷慶一郎』をリリース。その後も荒川修作のドキュメンタリー映画のサウンドトラックを手がけるなど旺盛な活動を行う。また自身の活動のみならずレーベルATAKの運営でも知られる。
鈴木慶一 >>official web
1951年8月28日 東京都生まれ。1970年頃より様々なライブやセッションに参加する。1972年に"はちみつぱい"を結成し日本語で表現されるロックの先駆者として活動。"はちみつぱい"を解散後にムーンライダーズを結成。アイドルから演歌まで、多数の楽曲を提供すると共に、膨大なCM音楽も作曲。日本の音楽界とリスナーに多大な影響を与えた。音楽活動の他、映画やドラマ出演、雑誌への寄稿など活動は多岐に渡る。「座頭市」(北野武監督)の音楽で、2003年度日本アカデミー賞最優秀音楽賞を受賞。17年ぶりのソロ・アルバム『ヘイト船長とラヴ航海士』が(MHCL-10089/Sony GT music)で第50回日本レコード大賞優秀アルバム賞を受賞するなど、高い評価を得た。
蔡忠浩 >>official web
レゲェ/ダブ、ドラムン・ベース、エレクトロニカ、サンバにカリプソと 様々なリズムを呑み込みながらフォークへ向かう、天下無双のハイブリッド未来音楽集団、bonobosのヴォーカル&ギター&リーダー担当。天使の歌声悪魔のはらわた、コーヒーとタバコと猫をこよなく愛するグッドルッキンガイッ!
永井聖一 >>official web
作詞、作曲、編曲家、演奏家。楽曲提供、プロデュースワーク、映画、TVCMの音楽制作も行う。最近の主な仕事は、大谷能生「乱暴と待機」、SMAPへの楽曲提供、UNIQLOのCM音楽制作など。