suzumokuの初期衝動2作品が高音質で配信開始!

デビューと同時にそのクオリティの高い完成度と幅広い音楽性を呑込んだオリジナリティで衝撃を与えたsuzumoku。そのデビュー作『コンセント』と2ndアルバム『プロペラ』がCDを超える高音質フォーマット“HQD”で登場! HQDとは「High Quality Distribution」の略で、データ形式は24bit/48KHzのWAVファイル。マスタリング・エンジニアには高橋健太郎を迎え、ここ最近のsuzumoku作品のクリアな魅力とはまた違った、初期の荒けずりな息遣いが聞こえてきそうな新たなサウンドに蘇っている。また、3rdアルバム『素晴らしい世界』と6月に発売したばかりのsuzumoku初のシングル「アイス缶珈琲」も同時配信スタート!


コンセント
1. プラグ / 2. 盲者の旅路 / 3. 昨日のワルツ / 4. Blue Box / 5. ユーカリ / 6. 如月 / 7. 週末

プロペラ
1. 酒気帯び散歩 / 2. Complicite / 3. レイニードライブ / 4. 適当に透明な世界 / 5. 退屈な映画 / 6. セスナの空 / 7. 西日工場の煙




こちらの2作品をアルバムで購入いただくと、特典としてデジタル・ブックレットが付いてきます!

〈24bit/48k 高音質(HQD)とは?〉
今やミュージシャンの多くは 24bit/44.1kHz以上で録音しています。HQDは、CDにする段階で16bit/44.1kHzへミックス・ダウンすることにより削られてしまった、録音マイクがわずかに捉えることができるアーティストの息づかいや、録音スタジオの空気感なども伝えることが出来ます。http://ototoy.jp/feature/index.php/hqd

interview

デビュー作『コンセント』の冒頭を飾る「プラグ」を初めて聴いたとき、ハッとさせられたことをハッキリと覚えている。もっと正確に言うならば、彼のはじくギターの音色を聴いて、すぐに紛れもなく"ホンモノ"だと思った。スウィングしたギターのストロークや、甘美に響くフィンガー・ピッキングから、彼が好きだと言う戦前のブルースやジャズからの影響を確かに感じたのだが、suzumokuはそれをしっかりと自分の音楽ヘと消化していたからだ。

彼の歌にはとにかく説得力がある。suzumokuの歌が弾き語りでもバンドでも各方面から共感を得るのは、彼がリスナーと同じく、悩んだり考えたりする一人の人間として歌を紡ぐからだ。suzumokuという人間の自問自答している様を、あくまで一例として歌にしている。それゆえに誰しもが共感できるようなポイントをもった懐の深いものばかりた。

一度は脇に置いておこうと決めた歌うという行為。しかしsuzumokuは今も歌い続け、より遠くへ自分の歌を届けようとしている。なぜ彼が、いまもう一度、歌うことを選択したのかその理由を聞いた。(text by KOJI MINOSHIMA)

作った時の当初の気持ちが、いい感じに増幅してる

——3月に『素晴らしい世界』をリリースした後、すぐにシングル「アイス缶珈琲」をリリースしましたが、なぜこのタイミングでのシングル・リリースだったのでしょうか?

suzumoku(以下S) : このタイミングでシングルっていう意図は特にはなかったのですが、僕は新曲が出来たらすぐにリリースしたいんです(笑)。ライヴでもアイス缶珈琲をどんどん歌っていたので、シングルで出してみようって話になったんです。でもシングルっていうのが初体験なんで、どうなるのかなぁって思っていたんですけど、1曲のためにCDが作られるっていう過程を考えると、その曲がすごい大事に思えてきたんです。また次回シングルを出す時に活かされますし、良い経験になりましたね。

——CDバージョンでは、さらに50分以上にも及ぶライヴ録音を収録していますが、これはそもそもどういうアイデアから?

S : カップリングにライヴ音源を入れようっていうのは知ってて、2〜3曲選りすぐりのものを収録するのかなって思ってたんですけど、まさかこんなになるとは(笑)。正直ビックリしています。カテゴリーとしてはシングルなんですけど、フル・アルバム以上の内容なんで面白いですよね。

——そのアイデアが実際の作品として出来上がってみてどう思いましたか?

S : 特にライヴ音源については、むしろこうあるべきだなって思いましたね。ライヴって、最初から最後までがライヴじゃないですか? その1曲だけを切り取っちゃうっていうのは、なんかもったいないような気がするんですよね。しかも今回は50分以上、普通のライヴの長さ以上に入ってる訳で。実際のライヴっていうのは早送りも出来ないものだから、しっかり最初から聞いていくっていうのが表現出来ているのが面白いですよね。聞く人達にはヘッドフォンでじっくりと時間を作って聞いてほしいです。そうすれば臨場感を、感じてもらえるんじゃないでしょうか。

—— そのライブ音源は、今回HQDで配信される1st『コンセント』と2nd『プロペラ』からの曲が中心ですが、制作当時と今で、その曲を演奏することに違いはありますか?

S : 作った時の当初の気持ちがいい感じに増幅しています。ギターも上手くなってテクニックも向上しているから、演奏にも余裕が生まれてくるし、その分、曲に気持ちを込めることが出来るので、段々歌っている曲達への愛着も湧いてきて、歌の情景を以前よりも鮮明に思い浮かべながら歌えるようになりましたね。

歌うたいの前に一人の人間だっていうスタンスは変わらない

——例えば『プロペラ』の3曲目「レイニードライブ」の歌詞のように、1stと2ndでは、自身を自問自答しているsuzumokuのパーソナル部分がストレートに出ている印象を受けたんですが、3rdアルバム『素晴らしい世界』以降では、そうではなくなったように感じました。

S : いま思うと『コンセント』や『プロペラ』の曲って、たしかにパーソナルな世界観が強く出ている曲が多いなぁと思います。逆に『素晴らしい世界』では、その世界観をバッと開いて、それをどんどん伝えて行こうっていう気持ちになれていますね。

——気持ちが変化するようなきっかけがあったのでしょうか?

S : そうですね。初期の方がフィンガー・ピッキングが多いんですよ『プロペラ』を出した後にpe'zmokuがあって、久しぶりにスタンディングでピックでかき鳴らして声を張って歌ったんですが、その時にこのスタイルの歌い方って、自分がストリートでやっていた頃、原点だって思ったんです。やるうちにそれがどんどん蘇ってきて、歌詞も素直なストレートなものが出来てきた。『コンセント』、『プロペラ』のパーソナルな部分に、プラス・アルファで元々持ってた素直さをブレンドして、外に向かうことが出来たんです。

——「頑張れ!」とか「そのままでいいよ!」なんて言わずに、あくまでリスナーと同じ目線というか「一緒に悩みましょう!」っていうsuzumokuの立ち位置は、デビューしてから今まで一貫して変わってないですよね。

S : 自分より苦労してる人ってたくさんいると思うんですよ。だからなんか調子に乗って、ちょっとでも天狗になってる自分に気づくと凄い嫌悪感を覚えるんですよ。なんでそんな偉そうに思ってしまったんだろって。かといってリスナーに対して同情するのも違うと思うんですよね。その人のことを全部知っているわけじゃないし、自分の意見を押し付けるのも、さらに困惑させちゃうし。なのでsuzumokuという一例でありたいんです。何か伝えたいことがある時に情景描写を大事にして歌詞を書いてるんです。楽しいことがあった、つらいことがあったとかだけじゃなくて、suzumokuの場合はこういうことがあってこうでしたっていう具体的な部分を歌にしてる。同じような体験をしている人がいれば、共感してもらえるかもしれないし、逆に経験していない人でも情景が浮かんでくれば、そうなのかなぁとか、いやそうじゃないよ、とか意見をもらえたらいい。歌うたいの前に、一人の人間だっていうスタンスは変わらないんです。

——なるほど。『コンセント』と『プロペラ』を最初に聴いた時に、例えばギターの音色一つとっても、これほど幅広いバック・グランドを持っているシンガー・ソング・ライターも希少だなと思ったんですが... いつ頃バック・グランドを蓄えたんですか?

S : 高校を卒業してから名古屋のギター制作の専門学校に入ったんです。そこには、全国から音楽好き、ギター好きの奴が集まってて、1学年15人ぐらいしかいなかったので、皆すごい仲良くやっていたんです。皆それぞれ違う音楽が好きだったので「これ良いよ」って持ち寄って。担任の先生はメタルが好きだったんでその辺の情報も詳しくなった(笑)。その学校で一気に色んなジャンルの音楽に触れられたんです。中でも、アコースティック・ギターが凄い好きだったので、ジプシ—・ジャズとか戦前ブルースとかカントリーものとかに特にのめり込んで、ライヴ・バーとかによくライヴを見に行きましたね。

——アコ—スティック・ギターを作っていたんですか?

S : ギター族は一通りですね。エレキ・ギターのストラト・キャスターから始まって、合間合間に自主制作で何本も作ってたんですけど、最終的にアコースティック・ギターも作ったんです。

——そもそもギター制作の学校に入ろうと思ったきっかけはなんだったのでしょうか?

S : 最初は本意じゃなかったんですよ(笑)。高校までは相方がいてデュオを組んでストリートで歌ってたんです。相方はプロのミュージシャンになるって言って、高校卒業後は東京のボーカルの専門学校に行ったんですよ。正直、僕もそっちに行きたかったんですけど、両親にすごく反対されまして(笑)。真面目な両親だったんで、卒業したら手に職を付けることの出来る所に行きなさいってことになったんです。でも大学行っても遊んじゃいそうだしなって思って、色々情報誌を見ていたらギターの制作が出来る学校があるのを見つけて。そもそもピアノの調律の学校だったんですけど、バイオリン制作とか管楽器やギター・クラフトのコースがあって、就職率も90何パーセントで、この学校いいじゃないかって思ったんですよ。昔からモノ作りが好きだったので、ギターそのものに対してもすごい興味はあったんです。大好きなギターについての構造も学べるし、名古屋に行ってストリートが出来なくなるわけじゃないって思って。ゆくゆくはギターの制作工場に就職するからって親に伝えました。そしたら「やりたいこともないのに大学に行って遊ばれても困るしね」って言われたんです(笑)。

——実際に大手ギター・メーカーの工場に就職されたんですよね?

S : はい。

——ギター工場に就職していた頃は、うたを歌い続けていたのですか?

S : 趣味でもいいのかなって思っていました。実際、学校でものすごいギター制作にのめり込んだんです。名古屋に出ていったばかりの頃は、ストリートとかライヴ・ハウスでもしょっちゅう歌ってたんですけど、ギターの制作は制作で本当におもしろくて、当時のギター・クラフト科のそれまでの制作本数記録を塗り替えるぐらいバカバカ作ったんです(笑)。なのでギター工場への就職が決まった時も、ギター制作で食っていけるなら、それもありだなって思えたんです。歌うことはいつでもできるだろうし、趣味でもいいのかなって思って、半年位は工場の仕事に集中していましたね。

人前で歌う事の原点はストリート・ライヴ

——また歌おうと思うようになったのは何故ですか?

S : 半年ぐらい工場で働いた頃に、それまで名古屋でお世話になっていたライヴ・ハウスの人から電話があって、「ちょっと歌ってみないか?」って言われたんです。当時からそのライヴ・ハウスの人は僕のことを押してくれていたんです。面白いかもしれないと思って出てみたら、これが本当に良かった。それから沸々と思いがこみ上げてきて、仕事が休みの日にブッキングを組んでもらって名古屋の方まで足をのばしたり、仕事を強引に定時であがって名古屋まで移動して、ストリート・ライヴをしたりしていたんです。その回数が増えていった頃に、今の事務所の人と知り合うことになるんです。で、いよいよどうしようかなって考えだした...。せっかく就職して親も安心しているところに、まだ一年もたっていないうちに「プロのミュージシャンになりたいから会社辞めます」なんて伝えたらどうなるんだろう? とんでもないことになるんじゃないかな? と思って(笑)。でもそれは結局、周りのことを気にしすぎちゃってたんですよね。それに気づいた時に改めて「自分自身はどうなの? 」と周りを全部シャット・アウトして考えたんです。そうしたら、やっぱり歌が歌いたい、弾き語りがやりたいって思ったので、親にも告げずに、まず会社の社長に来月いっぱいで... と伝えたんです。そうしたら工場の方々から「ギターのことを知ってて歌を歌う奴なんてそうはいないから頑張って来いよ」って背中を押してくれたんです。まぁ、その後に親に言ったら一悶着ありましたけど(笑)。それで本当に東京に行こうと決めて、一旦静岡に戻ってお金を貯めて上京しました。

——『コンセント』、『プロペラ』の楽曲たちは上京する前に作ったものですか?

S : 何曲かは名古屋や岐阜にいた頃に作った曲もあるんですけど、ほとんどが東京に出て来てから一気に作った曲が多いです。東京に住んで音楽活動をやっていくってなった時に、例えば東京の人や車の多さにカルチャー・ショックというか、かなり刺激を受けて、様々な感情が湧いて来たんですよね。上京して最初に作ったのが「ユーカリ」という歌なんですけど、これも東京に上京したばかりの頃にアルバイトをしていて、それまでの人生で仕事場まで電車に乗って通勤するっていう経験がなかったので、当時のボクにとってはかなり新鮮に思えたんです。

——曲作りの時にバンドでやるための曲とか、弾き語り用の曲とかを意識して作ることはありますか?

S : ないですね。僕は、まず弾き語りなんです。曲作りの段階で、まずはギター1本でジャンジャン鳴らしながら、歌って気持ちいい曲を書くんです。それをバンド用にアレンジするならば、弾き語りの味を崩さないような形でより一層曲の良さを引き立てられればいいなって思っています。

——pe'zmokuとして活動した経験が曲作りにまで影響を与えたこともあるんでしょうか?

S : そうですね。名古屋にいた頃に「退屈な映画」が出来たんです。これが自分でも分からないぐらい突然出来たんですよ。フィンガー・ピッキングの上手いギタリストの曲とか、色んな音楽を聴いていて、そういうのが無意識のうちにあったのか、凄い独特なものが出来たんです。それからライヴをやる時はインストを入れてみたりして、それこそ押尾コータローさんとかのようにタッピングとかを混ぜてみたら面白いんじゃないかとかも思って。段々ストロークじゃなくてテクニック的な方に走り出してて、気づいたらストロークの曲が少なくなってたんです。でも、そこでpe'zmokuでの活動が入ってきて、ガンガン鳴らす開放感があって、ストリート時代のことを思い出したんですよね。

——やっぱり人前で歌う事の原点がストリート・ライヴ時代にあるということなんですね?

S : そうですね。

偽善的な歌は歌いたくない

——『コンセント』収録の「Blue Box」のようなギター・インスト曲をデビュー作で持ってきちゃうところに、suzumokuとしてのアイデンティティやオリジナリティを感じたのですが、そうすると今後はフィンガー・ピッキングとか、ギター・インストのような曲は少なくなっていくんでしょうか?

S : いや、インストは、いまも全然嫌いじゃないですし、むしろ好きなんですよ。純粋にかっこいいじゃないですか(笑)。『コンセント』や『プロペラ』の頃に養ったフィンガー・ピッキングのテクニックに、プラス・アルファとしてストロークが加わって、それは単純に演奏の幅が広がったと捉えています。ストロークでも魅せられるし、フィンガー・ピッキングでも魅せられるようになったんです。インストであれば曲に集中するんですけど、弾き語りだったら歌詞を伝えなければ意味がないし、テクニックに集中し過ぎて歌詞が疎かになっちゃうのはもったいないので、そこはバランスよくやっていけたらいいなと思います。

——『素晴らしい世界』を発表して、3月にソロ、5月にはバンドと、2度のリリース・ツアーを終えて率直な感想は?

S : あっという間だったなっていうのはあるし、作った新曲を惜しみなく出せる場なのでとにかく楽しかったです。「お客さんはどんな反応をするんだろう」って見るのも面白いし参考になるので、次の作品への意欲が湧くいいライヴだったなと思います。

——今後、表現をしていく上での核にしようと思う部分や考えがあれば教えて下さい。

S : まず絶対に偽善的な歌は歌いたくないですね(笑) 。万人受けしようなんて頭から考えて曲を作りたくないんです。やっぱり僕の作る曲は、日々の生活の中からポンっと出てくる経験を元に生まれるものが多いので。例えば自分の家からコンビニに行くまでの歩いている間に感じたことや、逆に普段めったに味わえない経験とか刺激的なことがあればそれを歌にして、その時の情景を大事にして、ストロークもフィンガー・ピッキングもどちらも大事にしてやっていきたい。そして、その曲にあいそうなメロディーをもっともっと見つけていきたいなって思います。



LIVE SCHEDULE

earth garden"夏"
日時 : 7/3(土)、7/4(日)
会場 : 代々木公園イベント広場&並木

SUMMER SONIC 2010!
日時 : 8/7(土)、8/8(日)
会場 : 千葉マリンスタジアム&幕張メッセ

RISING SUN ROCK FESTIVAL2010 in EZO!!
日時 : 8/13(金)、8/14日(土)
会場 : 石狩湾新港樽川ふ頭野外特設ステージ

Miss Monday ライブツアー -虹音 2010-
日時 : 7/11(日)
会場 : 仙台MACANA

LIVE so SWEETs
日時 : 7/19(月・祝)
会場 : umeda AKASO

WINDBLOW'10
日時 : 8/28(土)、8/29(日)
会場 : 静岡県牧之原市相良シーサイドパーク

PROFILE

中学2年でギターを持ち、同時に作詞・作曲も始め、地元静岡のストリートで歌い始める。様々なジャンルの音楽を聴き漁り、音楽性を模索する日々。高校卒業後、楽器製作の専門学校に入学し、ギターやベースの製作に明け暮れる。音楽は完全に趣味にしようと決め、岐阜にある国産手工ギター工場に就職。音楽活動を一旦休止するも再開。ギター職人の道とミュージシャンの道、どちらが本当に進むべき道なのか真剣に考え、06 年夏、プロミュージシャンになることを決意。07年1 月に上京し、10月にアルバム『コンセント』でデビュー。都内を中心にライブ活動を続ける中、08 年からインスト・ジャズ・バンド“PE'Z”との合体ユニットpe'zmoku を結成。ギター&ヴォーカル担当として大抜擢。多くの経験を積み重ね、2010年ソロ活動を本格的に始動。3月に約2年振りとなるアルバム『素晴らしい世界』を発表、6月には初のシングル「アイス缶珈琲」を発売した。

独自の“まるでその場の空気を感じる様な情景描写”、決して押しつける事なく、“聞く者自らに感じ取らせるメッセージ性”が支持を得ている。

o

はてブに追加
 
 
"Close Up"の最新アーカイヴ
The Flickers『WAVEMENT』インタビュー
[CLOSEUP]・2012年05月12日・ The Flickers INTERVIEW ロックンロール〜ポストパンク・リヴァイヴァルから、その発展形としてのニュー・レイヴ、さらにはエレクトロ、そしてよりメロディを重視した80年代エレクトロ・ポップへの回帰。そんな2000年代をリアルタイムで経験し、その先で何を鳴らすか? The Flickersというバンドは、そんな音楽的な地平に立っているバンドである。そこで彼らが選んだのは、ガレージ・ロックのテンションで、焦燥と狂騒のダンス・ビートを鳴らすこと。特に、バンドの中心である安島裕輔にとっては、それこそが世界とつながる手段であり、その極端な性格が、そのままバンドの個性となっている。こういうバンドは、強い。昨年末に発表された1stミニ『WONDERGROUND』に続く、2ndミニにして初の全国流通盤『WAVEMENT』で本格的なスタートを切る3人に、これまでの活動と現在地を語ってもらった。 インタビュー&文 : 金子厚武 The Flickers / WAVEMENT「ガレージ・ロック・リヴァイバル×エレクトロ・ポップ」…期待の3ピース・ロック・バンドの2ndミニ・アルバム『WAVEMENT』が完成
by 金子 厚武
きのこ帝国 デビュー・アルバム『渦になる』インタビュー
[CLOSEUP]・2012年05月11日・ 個人的に、サイケデリックなバンドは大好きなのだが、近年のシューゲイザー・リバイバルと呼ばれるようなバンドでいいと思えるものは少なかった。では、その差が何なのかと考えてみると、それは音に必然性があるかどうかの違いなのだと思う。つまり、スタイルとしてではなく、思想が音になっているかどうか、そこがポイントなのだ。そして、きのこ帝国というバンドは、間違いなく思想が音になっているバンドである。現代の若者のほとんどがどこかに抱えているであろうある種の諦念が感じられる一方で、生きることに対する情念にも近い固執があり、その二つが摩擦を起こすことによって生まれるノイズこそが、きのこ帝国が生み出す音の正体なのだろう。だからこそ、きのこ帝国というバンドはスペシャルであり、こういうバンドこそが、誰かにとってのかけがえのない存在になる資格を持っている。デビュー・アルバム『渦になる』、ぜひ聴いてみてほしい。 インタビュー&文 : 金子厚武 待望のデビュー・アルバムが登場きのこ帝国 / 渦になる'【価格】''単曲200円 / アルバム1200円きのこ帝国が結成されたのは、2007年。同じ大学に通っていた、佐藤(Gt,Vo)、あーちゃ
by 金子 厚武
オワリカラ『Q&A』インタビュー
[CLOSEUP]・2012年05月09日・ タカハシヒョウリ INTERVIEW 「まだ成長しているぞ」とは、画家のルノワールが亡くなる直前に言ったことばらしい。いやー、オワリカラも、確実に成長しているぞ。3月にライヴ会場限定販売の「さよなら女王陛下e.p.」を出してはや2カ月、3枚目のアルバム『Q&A』をリリース!『ドアたち』『イギー・ポップと讃美歌』よりもポジティブで、キャッチーで、「うた」と「ダンス」が際立ったアルバムとなっている。前回に続き、ボーカル&ギターのタカハシヒョウリにアルバムのキモ、彼にとっての「うた」とは、こころの奥底などを聞いた。見えてきたのは勇気と男気と器!? インタビュー&文 : 福アニー オワリカラ / Q&Aオワリカラのニュー・アルバムが完成! 歌とダンスが前面に押し出され、さらにスケールアップしたバンド・サウンドが展開されている。また共同プロデュースには、東京事変やフジファブリックなどを手掛けたレコーディング・エンジニアの井上うにが参加。より開かれたオワリカラが用意した解答編的マスターピース全11曲。1. GO / 2. ちぎってはなげる / 3. サバビアパンクロックパーティー / 4. さよなら女王陛下 / 5.
by 福 アニー
Tam Tam『meteorite』
[CLOSEUP]・2012年05月03日・ ダブ、レゲエの歴史的系譜に続く本格派バンド、Tam Tamがデビュー!! 新鋭現る。これこそミュート・ビートを出発点として30年に亘る変遷を辿っていった日本のダブ・バンドにおける最新形態だろう。ジャマイカでルーツを育み、クラブ・ミュージックを通過しながらダブ・ステップなどに派生していったのが現在のダブだとしたら、このTam Tamが鳴らすのはそうした最新のビート・メイカーからの反響をバンド・アンサンブルに加えつつ、オーセンティックなソング・ライティングを基調とさせたサウンド・コラージュであり、その最もポップな形を提示したのが、彼らのファースト・フル・アルバム『meteorite』だ。そう、なによりもこの『meteorite』というタイトルこそ、このバンドがダブ/レゲエの歴史的系譜に続く本格派であることを物語っている。すなわちそれはサイエンス・フィクション。詳しくはぜひ以下の鼎談に最後まで目を通していただきたい。 今回はバンドからフロント・マンの黒田さとみとベースの小林樹音に加え、本作のプロデュースを手がけたHAKASE-SUN(リトルテンポ、ex フィッシュマンズ)をお招きし、『meteorite』の制作
by 渡辺 裕也
REVIVE JAPAN WITH MUSIC
[CLOSEUP]・2012年05月02日・ 2011年3月11日以降、OTOTOYでは『REVIVE JAPAN WITH MUSIC』と題し、音楽やカルチャーに関わるもの達が、原発に対してどのような考えを持ち、どうやって復興を目指しているのかをインタビューで紹介してきた。 そして今回、自身のバンド、ASIAN KUNG-FU GENERATIONだけでなく、音楽フェス「NANO-MUGEN FES.」を主催、レーベル&音楽ウェブ・サイト「only in dreams」を運営、そして新聞「FUTURE TIMES」を敢行し、震災後、最も発言が注目されるミュージシャン後藤正文に遂にインタビューをすることができた。 僕自身も、バンドLimited Express (has gone?)や音楽フェス「BOROFESTA」、レーベル「JUNK Lab Records」、そしてwebメディア「OTOTOY」を行っていることもあって、彼は同志であり、彼の活動は、指標であった。特にTheFutureTimesは、2011年夏に創刊準備号、そして冬に創刊号が発行され、切り口が未来のエネルギー施策や未来への生活の提案等、批評や否定だけになっておらず、それこそ本企画『
by JJ
Drakskip『それでも舵を取る –Steering Through The Storm-』配信開始&メンバー・インタビュー
[CLOSEUP]・2012年05月01日・ 京都発インスト・バンドDrakskipの、3rd Albumが登場!北欧の民俗音楽を軸に、独自のアレンジを凝らした伝統曲やオリジナル・ソングを奏でるインストゥルメンタル・バンド、Drakskip(ドレイクスキップ)。この取材の話を受けて彼らのことを調べる中、2011年4月に表参道の路地裏で突如始まったストリート・ライヴのことを思い出していた。と思ったら、まさかの本人たちだった。なぜ1年前に一度見たきりの彼らのことを鮮明に憶えていたかというと、まずは鍵盤とバイオリンが合体したような謎の楽器だったり、12弦のギターだったり、ドラム・セットに見たことのない打楽器がたくさん付いていたりと、とにかく楽器が変わっていたから。また、老若男女問わず多くの人が路上で鳴る音楽に足を止める光景を、それまであまり見たことがなかったから。そして、人が多く忙しない表参道を、異国情緒ある街並みへと瞬く間に変えたから。 そんなDrakskipだが海外での演奏経験はまだなく、来たる7月にスウェーデンで行われる音楽フェス「Eileens Folkfest 2012」への出演が初となる。「ターニング・ポイントになる可能性が高い」と早くも予想す
by bobbiiiiie
JUN SKY WALKER(S)『LOST&FOUND』配信開始&インタビュー
[CLOSEUP]・2012年04月28日・ 宮田和弥、森純太、寺岡呼人、小林雅之の4人が戻ってきた。そう書くと語弊があるかもしれない。なぜなら彼らは4人とも音楽を続けており、だからこそ今回の完全復活があったのだ。JUN SKY WALKER(S)は1997年に解散し、バンドに一度幕をおろしている。そして、2007年に期間限定の再結成を果たし、今回完全復活を遂げた。その裏には、東日本大震災という大きな天災と、それに伴う東北/北関東のツアーの影響があったという。 4人が集まり、JUN SKY WALKER(S)として各地のリスナーの前で演奏をした2011年。どれだけ自分たちが必要とされているのかを実感し、その役割を引き受けることを彼らは選んだ。そうした覚悟を持って、復活後に初めて作り上げられたオリジナル・アルバム、それが『LOST&FOUND』である。テーマになっているのは、原点回帰とも言えるロック。それは解散を経て、年齢を重ねたことによってしか出来ないロックだった。2012年のJUN SKY WALKER(S)が鳴らすロックについて、宮田和弥と森純太に話を伺った。 インタビュー & 文 : 西澤 裕郎 ジュンスカ完全復活! 待望のオリジナルアルバ
by 西澤 裕郎
MAYA『Bluesy Maya in Hi-Fi』インタビュー
[CLOSEUP]・2012年04月25日・ 期待のシンガーMAYA、ついにOTOTOYに現る! まずは彼女の声に耳を傾けるところから始めてみてはいかがだろうか。詳しくは以下に掲載した本人の発言に譲るとして、このMAYAというアーティスト、ジャズ・シンガーとしての経歴も異色なら、その人となりからも実に濃厚なものを感じさせるのだ。この度リリースされる彼女の新作『Bluesy MAYA in Hi-Fi』もまた、そのタイトルの通りのブルースをテーマにして、彼女の内に秘めたキャラクターのひとつを少しずつ炙り出していくような生々しさを持った作品だ。ジャズという世界にどことなくアカデミックなイメージを抱いている方にこそ、ぜひ彼女のうたに触れていただきたい。 インタビュー&文 : 渡辺裕也 MAYA / Bluesy Maya in Hi-FiJAZZを基本にジャンル、言語スタイルにとらわれないオリジナリティーあふれる世界観が各方面で高く評価されているヴォーカリスト、MAYAの新作。女性の複雑な内面性をテーマに、ブルージーな曲を主体にノリのよいニューオリンズ・サウンドまでを収録した内容。オーディオ・プロデュースを評論家の林正儀氏が担当。収録は定評のあるランド
by 渡辺 裕也
Anrietta『Memoraphonica』1曲先行フリー・ダウンロード開始&インタビュー
[CLOSEUP]・2012年04月24日・ Anrietta from Novel Sounds INTERVIEW荘厳なアンサンブルの中にフレッシュな感性を持ち込む新世代がまたひとつ登場した。彼らの名はアンリエッタ。エレクトロニクスも取り入れたアンサンブルによる、シガー・ロスの『Takk…』あたりを思わせる重厚な音作りと、女性ヴォーカルがじっくりと歌い上げていく様は、ヨーロッパ及び日本のポスト・ロックからの素直な反響を感じさせるものだが、それをたとえばアニメなどの視覚的なメディアを意識して鳴らそうとする感覚は、まさに今の世代ならではのものだろうし、実際に彼らのデビュー作『Memoraphonica』は明確な情景描写を備えた作品に仕上がっている。今回はこの気鋭のバンドからリーダーの板谷元気とヴォーカルのkokkoをお招きし、話を聞いてみた。 インタビュー&文 : 渡辺裕也 >>>「Grassky」のフリー・ダウンロードはこちらから(4/26〜5/2迄) デビュー・アルバムの発売に先駆けて1曲先行フリー・ダウンロード!Anrietta / Memoraphonica透き通った歌声と幾重にも重なる音ので、美しい光景を浮かび上がらせる楽曲が特徴のAnr
by 渡辺 裕也
SA.RI.NA『光-HIKARI-』インタビュー
[CLOSEUP]・2012年04月24日・ SA.RI.NA INTERVIEW 母親への想いを綴った「シングルマザー」が、2010年の有線放送でJ-POP年間リクエストの1位を獲得した女性シンガー、SA.RI.NA。自身も一児の母親である彼女は、地元横浜で自然と音楽に目覚め、レゲエをベースにしつつも、R&B、ソウル、ジャズなどを織り交ぜた楽曲で、様々な心の結びつきを歌い続けてきた。新作『光 –HIKARI-』からのリード・トラック「赤い糸 feat.ハジ→」も、すでにレコチョクの「クラブうたチャート」で1位を獲得し、女性を中心とした高い人気を実証している。 とはいえ、着うたや有線などとの接点が少ないリスナーにとって、まだまだ彼女の認知度は十分とは言えないかもしれない。僕自身、彼女のようなタイプのアーティストの取材をするのは初めてで、その内容は非常に新鮮なものだった。印象的だったのは、母親であるためライヴの回数が少なく、アーティスト写真を全面に出すタイプでもない彼女は、だからこそ自分自身に偽りのない音楽を作ることで、リスナーとの絆を作り上げてきたということ。また、取材中に“勉強”という言葉を何度も繰り返し、自身がプロの作家であるという意識が非常に高
by 金子 厚武
 
筆者について
同じ筆者による他の記事