坂本龍一『async』について語る──メール・インタヴュー

8年ぶりの新作アルバムとしてリリースされるや、OTOTOYでも一気にチャートを駆け上がった坂本龍一の『async』。往年のファンはもちろんのこと、現在のアンダーグラウンドな電子音響のファンまで、広く聴かれるべき刺激的な作品となっている。OTOTOYでは本作をハイレゾで配信するとともに、アルバムまとめ購入には坂本龍一自らが書き下ろしたライナー、そしてクレジットなどが掲載された、CDと同様の内容のPDFライナーが付属している。そして、ここに坂本龍一からのメール・インタヴューが到着した。


24bit/96kHzハイレゾ+ブックレトPDF付きで配信

坂本龍一 / async(24bit/96kHz)

【Track List】
01. andata
02. disintegration
03. solari
04. ZURE
05. walker
06. stakra
07. ubi
08. fullmoon
09. async
10. tri
11. LIFE, LIFE
12. honj
13. ff
14. garden

【配信形態 / 価格】
24bit/96kHz WAV / ALAC / FLAC / AAC
単曲 540円(税込) / アルバムまとめ購入 3,100円(税込)

INTERVIEW : 坂本龍一

「あまりに好きすぎて、 誰にも聴かせたくない」と坂本龍一自らリリース前から称した、8年ぶりの新作『async』。本作は、その言葉通り、通常のようなプロモーションのためのサンプル音源は配られず、そのサウンドに関して完全にシークレットのまま発売日を迎えたのだ。このインタヴューは、そんな発売日を得て、リリース後、音源の視聴を元に質問作成がなされたメール・インタヴューとなっている。

インタヴュー質問作成 : 八木皓平

18歳ごろの自分とまた繋がったということであるかも


「Ryuichi Sakamoto / async」(公式サイトにて毎日1作品ずつ公開されていた収録曲の映像を全楽曲分まとめた映像)
 

──『async』の至るところで、バッハを連想させるモチーフが聴き取れます。特に「andata」はバロック音楽から電子音響/エレクトロニカまでを一直線に結ぶような、本作を代表する楽曲といえると思います。坂本さんは以前からバッハをフェイバリットな音楽家に挙げていたと記憶していますが、なぜこのタイミングでまたバッハと向き合おうと思われたのでしょうか。また、バッハの音楽がいま新しく響くとすれば、それはどういったところでしょうか。

小学生の頃からバッハはいつも身近なところに変わらずいる音楽です。なので、バッハが今新しいかどうかは分かりません。ぼくの今回のアルバム『async』を作り始めた時、言うなら真っ白い大きなキャンバスを前にして、さて何を描こうかと4ヶ月ぐらい考えながらいろいろ試行錯誤をしたのですが、一番最初にやったことはバッハをアナログシンセでアレンジすることでした。バッハのなかの好きな曲、5曲を声部ごとに分解して別々に録音し、それを繰り返し聴きました。自分でもとても好きで、今回のアルバムはバッハのカバーでもいいんじゃないかとすら思いました。

──『async』のピアノについてお聞きしたいと思います。本作のピアノの音は極めて繊細でかつパーソナルな響きをもっています。坂本さんとピアノのコミュニケーションがもたらす濃密な空気感をパッケージングしているようなそのサウンドは、ポストクラシカルの代表的な音楽家ニルス・フラームのピアノを思わせました。坂本さんは今回、ピアノの録音についてはどのようなことにこだわりましたか。

パーソナルな、インティメートな、そして霧がかかったような、曇った響きですね。独り言のような。ですから今回はレンタル・スタジオでのゴージャスな録音はしていません。自宅の、遮音もされていない部屋の、よく聞けばストリート・ノイズが聞こえてくる、普段に弾いているピアノを、とてもとても弱く弾いています。

──本作のタイトルは「async」=非同期です。確かに本作は「disintegration」や「async」、「tri」のように非同期的なメソッドが取り入れられた楽曲が多く存在しています。今回なぜ、非同期性に着目しようと思われたのでしょうか。また、坂本さんは本作で「環境音」に改めて着目していますが、そもそも「環境音」、特に自然が奏でるサウンドというのは非同期性に満ち溢れています。そのことは本作での作曲と関係がありしたか?

うーん、なぜでしょうね。自分でもよく分かりません。しかし、リズムだけでなく、音律でも平均律がとても鬱陶しくてなりません。やはり近代的な音楽のシステムから遠ざかりたいということかな。それは18歳ごろの自分とまた繋がったということであるかもしれません。また、自然が奏でる音、リズムは非同期に満ちています。例えば雨、波、心臓の鼓動などなど。決して規則的な繰り返しではありません。人工的で規則的なリズムには飽きました。音律も人工的な平均律にはほとほと飽きました。

手に触れることのできる(tangible)ものが発する音

──「walker」ではハリー・ベルトイア、「Life, Life」と「honj」ではベルナール・バシェ兄弟の音響彫刻(注)を録音した音が取り入れられていますし、他にもさまざまな環境音が本作から聴こえてきます。セルフ・ライナーノーツにも、「事物(もの)の音を収集すること」「環境音を収集すること」と書かれているので、坂本さんご自身も、本作のテーマのひとつにフィールド・レコーディングがあることに自覚的です。本作で坂本さんがフィールド・レコーディングに着目したのはなぜでしょうか。

大雑把に言って2000年以降、周りから聞こえてくる音楽がますます電子化された、モノを介さないヴァーチャルなものになっていくにつれ、ぼくの中では手に触れることのできる(tangible)ものが発する音を聴きたいという欲求が強くなってきました。そしてそれは自然に1970年ごろ美術の分野に起こった「ものは」への関心を、再び呼び起こすことになりました。いわゆる「ものは」ではありませんが、長く関心のあるボイスの作品にも、そのようなものの手触りが溢れているように思います。また音楽の分野で、似たような感触を持つのが、鈴木昭男さんだと思います。鈴木さんの活動も70年前後から関心がありましたが、近年ますます強まりました。このような欲求が単に、周りの音環境への反撥だけから起こったことなのか、より深い理由があるのか、自分自身ではまだ考えきれていません。


Harry Bertoia Sonambient Barn(ハリー・ベルトイアのスタジオ)


注:音響彫刻とは、その名が示すとおり、楽器であると同時に彫刻作品でもある。ベルナール(Bernard Baschet: 1917-2015) とフランソワ(François Baschet:1920-2014)のバシェ兄弟、独特の作品。

バシェ協会~大阪万博EXPO70 フランソワ・バシェ音響彫刻の世界~
http://baschet.jp.net/

──坂本さんの近年のお仕事の中でも、『レヴェナント』のサウンドトラックは高い評価を受けていました。このサウンドトラックに対して坂本さんが様々なインタビューで「間の重視」と「音楽と自然音の同居」について語っておられたと記憶しているのですが、『レヴェナント』での経験が本作に与えた影響はありますか。

あります。「レヴェナント」で、監督から自然と音の癒合、音と音楽のレイヤーという注文を受けたので、いろいろ試行錯誤したことが役立っています。

──『out of noise』と『async』の差異について質問させてください。これらの作品の間で最も大きな差異の一つとして挙げられるのが、『async』は電子音響/エレクトロニカの要素が強いことだと思います。アコースティックとデジタルの垣根がさまざまな仕方で壊されている昨今ですが、あえてお聞きしたいのが、デジタルの音がアコースティックより優れている点や、デジタルでなければ表現できないことについての、坂本さんのお考えを聞かせてください。

「デジタルの音がアコースティックより優れている点」はない、リゲティ、クセナキスも指摘したように。自然のなかに、シンプルな音はないように思います。

全てがメロディーだと息がつまりそうです

──本作では「Life,Life」では笙、「honj」では三味線の音が取り入れられていますし、過去に坂本さんが作ってきた楽曲でも、簫をはじめさまざまな和楽器の響きが用いられてきました。また、坂本さんの音楽はアジア的な五音音階の響きと切っても切れない関係があります。こうした「アジア性」をヨーロッパの音楽と結合させようという試みが多様な形で変奏されてきたのが、坂本さんの歩みでもあります。坂本さんは自身がアジア的な響きを取り入れ続けてきたことについて、どのように分析します?

昔から五音音階は使うのに非常に注意を要すると思っているのです。簡単に「アジア的」などというメロディーができてしまうからです。実は五音音階は非常に古くから人類が、広域で使ってきた音階で、アフリカ音楽にも多用されていますので、決して「アジア的」なものではないのです。五音音階の変形も含めると、それはほとんど人類の普遍的な音階と言ってもいいかもしれません。それだけに注意を要すると思うのです。

──『async』の大きな特徴として、アブストラクトなアナログ・シンセサイザーの音色があると思います。この音色を耳にした時、タンジェリン・ドリームをはじめとしたアンビエント・ミュージックに連なってゆくクラウト・ロックの一派を連想しました。その考えに至ったとき、バッハといいクラウト・ロックといい、ある種のドイツ的な要素が本作の隠れた音楽的テーマの一つだと感じました。そういった意味で、『async』はその手のクラウト・ロックがバッハ的なモチーフと相性が良い、ということを示した作品といえると思いますが、坂本さんは本作を作っている最中にクラウト・ロックのことが頭にありましたか?

制作中はありませんでした。しかしタンジェリン・ドリームは好きではなかったですが、カン、ノイ!、クラフトワーク、クラスターなどは70年代から好きでした。

──坂本さんは、これまで様々な音楽形式を取り入れながら数多くの傑作を残されてきましたが、ほとんどの場合、そこには印象的なメロディーがありました。リスナーの中にもメロディーを媒介にして坂本さんの音楽と関係性を築いてきた人も多いと思います。これは本作でも例外ではありません。いまの坂本さんにとって、メロディーとはどういうものでしょうか。

メロディーが喚起するものは非常に強いので、全てがメロディーだと息がつまりそうです。

──セルフ・ライナーノーツには本作のコンセプトが「架空のタルコフスキー映画のサウンドトラック」であるということが記されています。「solari」はタルコフスキーの代表作『惑星ソラリス』を連想させますし、「Life, Life」ではデヴィッド・シルヴィアンが映画監督アンドレイ・タルコフスキーの父であるアルセニー・タルコフスキーの詩集「Life,Life」に収められている「And this I dreamt, and this I dream」という詩を朗読しています。坂本さんは以前からタルコフスキーへのリスペクトを口にしていますが、タルコフスキー作品で一番好きな映画を教えてください。

もちろん全て好きですが、強いてあげれば「鏡」「サクリファイス」です。

「自然の声」を聴くことを忘れないことを、肝に命じました

──『async』のマスタリングを担当しているのは、世界屈指のマスタリング・エンジニアのボブ・ラドウィグです。今回、彼にマスタリングを任せることにしたのはどういった理由からでしょうか。また、実際仕事をしてみて、マスタリング・エンジニアとしての彼についてどのような印象を抱かれましたか。

今回は3人のエンジニアに全てのトラックを作業してもらい、比較してボブのマスターに決めました。彼の仕事に、音楽と音楽家に対する大きなリスペクトを感じたからです。彼は音質やバランスを変えることを最低限に止めてくれました。

──坂本さんは、以前「ハイレゾ音源大賞」に、Robert Glasper Experiment『ArtScience』を選出し、そこで新世代のジャズ・ミュージシャンに興味を持っていると仰っていました。その周辺の音楽で気に入っている音楽家、作品等があれば教えてください。

ロバート・グラスパー、サンダーキャット、そしてジャズとは言えないかもしれないが、近いところにいるフライング・ロータスなど。

──前作『out of noise』でフィーチャーされていたロブ・ムース(yMusic)や『レヴェナント』のサントラでコラボレーションしていたブライス・デスナー(ザ・ナショナル)は、現在「インディー・クラシック」と呼ばれる、クラシック~現代音楽の新しいムーブメントを、NYを中心に盛り上げています。坂本さんはアメリカにお住まいになっていて、クラシック~現代音楽を取り巻く空気が変わりつつあるというようなことはお感じになられますか? また、現在注目しているクラシック~現代音楽家の作曲家、プレイヤー等がいましたら教えてください。

アメリカだけでなく、ヨーロッパも含めてクラシックの教育を受けた音楽家が先進的な音楽をやるケースがとても多くなってきました。残念ながら我が日本ではまだそういう人たちを知りません。この流れはKronos Quartet、Ensemble Modernなどから始まり、Alarm Will Sound、ICEなどが活躍しています。またそれとは異なる流れでクラシックに影響を受けたBryce Dessner、Johann Johannsson、Max Richter、Nils Frahmなどがいます。Johnny Greenwoodもその一人と言っていいかと思います。それぞれ、好きな曲もありますが、全てとは言えません。刺激を受けるのは前者の一群です。

──「ZURE」で使用されているピアノは、震災のときに津波をかぶって壊れたものだと聞きました。このピアノはどこで、津波被害にあったもので、坂本さんはどのような経緯でこのピアノと出会ったのでしょうか。そして、過去作『CHASM』が9.11と関係していたように、本作は3.11の影響があるのでしょうか。

宮城県閖上の農業高校です。そこにあったピアノが津波につかったと聞き、それは是非弾いてみたいと思い、2012年1月に行きました。その情報は2011年から始めた「こども音楽再生基金」で、被害を受けた楽器修復のプロジェクトを三県でやっていたので、現場の人から入りました。

3.11の災害から大きな影響を受けたことは確かです。以前から考えていたこととはいえ、深刻に我々の文明と自然の対立を思わざるをえませんでした。そして「自然の声」を聴くことを忘れないことを、肝に命じました。津波ピアノは、人間が産み出したピアノという楽器、その人工的な調律を、自然の側へ、モノへと戻したのだと感じ、その音律は自然の調律だと思いました。

──後に、最近坂本さんが気に入った音楽作品があれば、いくつか教えてください。

指揮者のTeodor Currentzis、Yves Tumor「Slow」、Tristan Perich「Noise Patterns」、William Basinski 「Divertissement」、古い戦前のシャンソンやシューベルト、シューマンの歌曲など。

OTOTOYで配信中の坂本龍一のハイレゾ配信作品

ソロ近作
『async』の前作にあたる『Out Of Noise』(2009年)、代表曲をピアノ、ヴァイオリン、チェロのために新たにアレンジ、2012年にリリースのセルフ・カヴァー・アルバム『Three』を配信中。



Sound & Recordingのセッション・シリーズ
2011年元日にNHK-FMで放送された『坂本龍一ニューイヤー・スペシャル』のために収録された演奏。大友良英、大谷能生、ASA-CHANG、菊地成孔、やくしまるえつこらとのコラボレーション作品、DSD、PCMで配信。
DSDヴァージョン


PCMヴァージョン


デビュー・アルバム『千のナイフ』

坂本龍一の原点はここから始まった。1978年、YMO結成以前に制作されたデビューアルバム。


MIDI INC. 30th Anniversary Remaster Collection

2014年に設立30周年を迎えたミディから、過去にリリースされていたタイトルたちが「MIDI INC. 30th Anniversary Remaster Collection」としてリマスタリングされた作品たち。『戦メリ』『音楽図鑑』など80年代初頭のクラシックたちがDSD、ハイレゾで蘇る。

DSDヴァージョン

PCMヴァージョン

Playing the Orchestraシリーズ

坂本龍一とフルオーケストラとの共演による“Playing the Orchestra”、“2014”ツアーの演奏よりベスト・テイクを収めた『The Best of〜』アルバムはアナログ用のEQ仕様による「EQ’d for LP」ヴァージョンも。

Playing the Orchestra 2013
The Best of 'Playing the Orchestra 2014'
The Best of 'Playing the Orchestra 2014’ EQ’d for LP

Playing the Piano

神奈川県立音楽堂で行われたピアノ・コンサートをその会場の響きも封じ込めたハイレゾ配信。

「八重の桜」サウンドトラック

NHK大河ドラマ「八重の桜」オリジナル・サウンドトラック。中島ノブユキ楽曲と、坂本龍一による楽曲がドラマに花を添えた。

INFORMATION

ワタリウム美術館『坂本龍一 | 設置音楽展』が開催中

会期
2017年4月4日(火)〜5月28日(日)
神宮前ワタリウム美術館
時間:11:00~19:00(水曜は21:00まで)
休館日:月曜
料金:大人1,000円 学生(25歳以下)500円 大人2人1,600円

坂本龍一が最も信頼するムジークエレクトロニクガイサイン製スピーカーにて5.1chサラウンドで再生するインスタレーション空間を、長年のコラボレーターである高谷史郎(空間構成・映像)の手を借りて、メイン会場2階に提供。3階はこのアルバム制作が行われたNYスタジオとプライベート空間の24のイメージとサウンドによるインスタレーションをNY在住のアートユニットZakkubalanが制作。4階はタイの映像作家アピチャッポン・ウィーラセタクンが坂本の2曲に合わせた新作映像など、3フロア、3アーティストとのコラボレーションによるインスタレーションが展示されている。詳しくは会場公式ホームページにて。

『坂本龍一 | 設置音楽展』ワタリウム美術館ページ
http://www.watarium.co.jp/exhibition/1704sakamoto/index.html

PROFILE

坂本龍一 / Ryuichi Sakamoto

1952年東京生まれ。1978年『千のナイフ』でソロデビュー。同年『YMO』を結成。散開後も多方面で活躍。『戦場のメリークリスマス』で英国アカデミー賞を、『ラストエンペラー』の音楽ではアカデミーオリジナル音楽作曲賞、グラミー賞他を受賞。常に革新的なサウンドを追求する姿勢は世界的評価を得ており、またアート界への越境も積極的に行っている。2014年7月、中咽頭癌の罹患を発表したが、1年に渡る治療と療養を経て2015年、山田洋次監督作品「母と暮せば」とアレハンドロ・G・イニャリトゥ監督作品「レヴェナント:蘇えりし者」の音楽制作で復帰を果たした。『東北ユースオーケストラ』( http://tohoku-youth-orchestra.org/ ) の音楽監督として東日本大震災の被災三県(岩手県・宮城県・福島県)出身の子どもたちと音楽活動も続けている。

坂本龍一アーティスト・ページ

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インタヴュー

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