MU-STARSインタビュー――ヒップホップの自由度を再確認した上で辿り着いた〈歌〉
MU-STARSが7年ぶりとなるアルバム『いくつかのはなし』をリリースした。二階堂和美やBOSE(スチャダラパー)、belama2(STERUSS)、achico(Ropes)らをゲスト・ヴォーカルとして迎えた本作は、〈究極のループの中から聴こえてくるメロディー。〉というテーマに沿って作られたというだけあり、MU-STARS史上最も歌心に満ちた作品と言える。
マインド上も制作上もヒップホップ的プロセスを大事にしながらメロディーを生かすという課題は、単純に〈アルバムに歌が増えた〉という事実よりも、MU-STARSという存在そのものに深く影響を与えているように見える。たとえば「はじまりのうた」を聴いただけでもそれは明らかだ。わずかなハイハットの音やモコモコしたキックの音がヴォーカルと有機的に絡み、お互いを作用しあっている様子は、ヒップホップ的である以上に演奏的であり、彼らの音楽への向き合い方に多少の変化が生まれたことを示しているように感じた。
これまでのMU-STARSが持っていた、ヒップホップをベースとした〈ファンキーでカラフルでポップで踊れる〉トラック・メイカー・チームというパブリック・イメージをひっくり返す… というと大げさだが、本作をきっかけに、彼らの音楽はより多くのリスナーの耳に届くことになるんじゃないかと確信している。
新作を作る上で考えたこと、実際の作業で行ったことを中心に、「とんかつDJアゲ太郎」の秘話まで、メンバーの藤原大輔にたっぷりと語ってもらった。
インタヴュー : 原田星
文 : 鶯巣大介
撮影 : 大橋祐希
二階堂和美、BOSE(スチャダラパー)ら豪華ゲストを迎えた7年ぶりのアルバム
MU-STARS / いくつかのはなし
【配信形態 / 価格】
【パッケージ】ALAC / FLAC / WAV / AAC / MP3
価格 まとめ購入 1,389円(税込)/ 単曲 257円(税込)
【トラック・リスト】
1. はじまりのうた “歌:二階堂和美”
2. 演出 ”RAP:belama2 (STERUSS)”
3. ループ “歌:achico (Ropes)”
4. こんなじかん
5. people
6. theirs
7. カラーズ
8. moment
9. さいごのうた “RAP:Bose (スチャダラパー)”
ヒップホップの〈自由さ〉を再確認してできた作品
――実に7年ぶりのアルバム・リリースになりますね。
藤原 : あはは(笑)。なにをもったいつけてんだって話ですよね。
――今作『いくつかのはなし』はいままでと比べてかなりメロウな歌ものに仕上がっています。今作がこうした方向にシフトしていったのには、その7年のなかで藤原さんの心境と音楽の作り方、その両方に変化があったからなのかなと。
藤原 : そうですね。その2つの変化には共通する部分がって。まず気持ちの部分の話をすると、このアルバムを作り始める前に二階堂和美さんとBOSEさんとの曲を作ったあたりで、全体的にデモがメロディアスにまとまってきたんです。いままではそこにハードな曲を混ぜてバランスを取ろうとしてたんですけど、今回はメロディアスなもだけでアルバムをまとめてみようかなって。自分の年齢も関係あるかもしれないですけど、哀愁とか切なさとか、そういうところに寄りかかりたくなるモードだったんだろうなと思います。
――大きなきっかけがあったわけではなく、なんとなく気持ちがそっちに向かっていったと。では音楽の作り方の変化という点ではどうですか。
藤原 : 僕はヒップホップが持つ〈非ミュージシャンの音楽革命〉っていう部分、ミュージシャンじゃない人、楽器演奏のできない人が作る音楽が好きだったんです。昔は探してきたドラム・ブレイクと、何かウワモノを乗っけて、その組み合わせのおもしろさだけでOKくらいに思ってたんですけど、そこにさらにもうひとつ音楽的な要素を足したくなってきたというか。だんだんミュージシャンの友達もできてきて、自分が組んだベーシックなトラックに「こういうフレーズちょっと弾いてみてよ」ってレイヤーをひとつ足すような作り方ができるようになってきたんです。
――周りの環境の変化もあって自分のなかでできることが増えていったと。とはいえヒップホップの魅力って、本来存在しない2つの要素を組み合わせて新しい音楽を作り出すような、制限によって生まれるもののよさがあったわけですよね。
藤原 : まさにそうですね。自分の初期の曲作りでは「MPC(※AKAI社のサンプラー)しか使えない」みたいな制限におもしろさを見出してたんです。楽器が買えないからレコードをサンプリングするっていう最初にヒップホップを思いついた人の初期衝動みたいなものに引っ張られていたというか。例えばレコードでも「アナログ7インチのオリジナル盤からじゃなきゃサンプリングしない、再発盤とかはダメ」みたいなアティチュードがあって。僕もそう思っていたんですけど、でもあるとき若い友達のバンドが現行のアメリカのヒップホップのドラムの音を使ってたんです。昔の考え方だと、それってダメなことだと思うんですね。
――流儀に反すると(笑)。
藤原 : でもよくよく聴いてみると、結果めちゃくちゃかっこよくなってるんですよ。その子は「いや、かっこよきゃよくないすか?」って。それを聞いたとき、ヒップホップが生まれたとき元々あったアティチュードって、「再発盤はダメ」ってこだわりよりも「かっこよきゃいい」のほうが近いんじゃないかって思い始めたんですね。あるものをなんでも使ったほうが本来の自由だったヒップホップっぽいなと。
――それによって藤原さんの曲作りに自由度が増していった部分があったんですか?
藤原 : そうですね。考え方が広がった感じですかね。例えばまず自分で組んだトラックの上に鼻歌でメロディを乗っけてみて、今度は俺が組んだトラックを省いてから、その鼻歌に合うフレーズを友達に弾いてもらって。さらにその音をサンプリングし直す… みたいな今までと違う作り方もできるようになった。まあ、レコードは今でも勿論、オリジナル盤を買いたいタイプですけど(笑)。
――じゃあ今作はポップスに近いものではあるけど、作り方やマインドはヒップホップ的であると。
藤原 : 最終的にはヒップホップが好きなんで、いきつくとこはそこだなって感じがあります。
二階堂和美とBOSE、憧れの2人との共作
――では曲自体について話を訊いていきたいんですが、今作では二階堂和美さんを迎えた「はじまりのうた」が大きなトピックかなと思います。藤原さんは日本人の女性シンガーのなかで二階堂さんが一番好きだそうですね。この曲が生まれた流れを教えてください。
藤原 : 一番好きですね。レーベル・メイトってこともあったんですけど、でも僕は二階堂さんのライヴには個人的にすごい通っていて。いつか一緒にやってみたいなっていう憧れがあったんです。で、最初にこの曲のメロディができたときに「あ、これはすごくいい」と思って。最初は自分がヴォコーダーを使って歌う曲として作っていたんです。でもせっかくいいメロディができたから、日本語の歌詞も乗っけて、再アレンジしてみようと思ったときに、わりといい歌詞も書けて。さらにいまのトラックの原型、レイドバックした感じのちょっと音数の少ないトラックができてきて。これは相当素敵なヴォーカルの人に頼まないともったいないなと。それで意を決してニカさんにやっていただけませんかってお願いしたんです。
――そこまで基準を満たさないと、頼めないなっていう気持ちがどこかにあったんですね。
藤原 : そうですね。それでやっていただけることになったんですけど、ニカさんから歌詞のダメ出しがきて(笑)。僕はラップが好きだから歌詞を詰め込み過ぎちゃうんですよね。もちろん韻も踏みたいんですけど「でも大ちゃん。これは歌だから、この単語を聴かせたいなら、ここはちょっと開けて、余韻でお客さんに想像させたほうがいいよ」みたいな事を言っていただいて。すごくいい勉強させてもらいましたね。で、レコーディング当日の朝までひいひい言いながら書き直したんですよ。
――歌謡曲的な詩を書くのは初めての経験ですか?
藤原 : 初めてでした。昔ラップはやってたんで、歌詞自体は書いたことあったんですけど。でも歌詞を書くことは相当苦しみますね。曲は最初に鼻歌でハナモゲラ語みたいなので作るので、そこにハマる言葉を探していく感じで。すごい時間がかかりました。
――藤原さんはレコーディングも一緒に?
藤原 : 立ち会わせていただきました。そのときはまだまだBOSEさんとはやってなかったんですけど、いままでのレコーディングのなかで一番緊張しましたね。大先輩だし、尊敬している人に歌っていただける。しかも自分のメロディ、自分の歌詞で。
――では次にBOSEさんが参加した「さいごのうた」についても訊かせてください。この曲はチルというか〈眠ろう 眠ろう〉というサビの歌詞も相まってまろやかな印象があるんですが、トラックを提供した時点でこの状態だったんですか?
藤原 : いや最初2分くらいの短いトラック、1ループとちょっと構成があるデモみたいなトラックを、BOSEさんに「もし興味があって、お時間あるときにタイミングが合えば、リリック書いてください」って送ったんです。それでしばらくしてから、7分の長尺でしかも3ヴァースもあって、サビがメロディっていう超大作をいきなりボンって返してきてくれたんですよ。あとで訊いたら「2分のトラックに対して2分でささっとやったらおもしろくないじゃん。超大作で返すからおもしろいんじゃん、そのために僕らやってんだよ、スチャダラパーを」とおっしゃってて。超かっこいいなと。
――最初に渡したトラックには何かイメージがあったんですか。
藤原 : 愛について歌って下さいってオファーを最初はしました。せっかくならスチャダラパーが普段やらないようなことをやったほうがいいと思ってたから。結局、純粋な意味での愛ではなくなったけど、これってお子さんに向けたものというか。ずっとアイデアとしてあったものを形にしたとか、スチャダラパーではできないことをやったともおっしゃってたんで。そういう意味じゃおもしろがっていただけたのかなと。あとはヒップホップで子守唄って基本的にはないけど、そういうおもしろさもあるのかな。
――そもそもBOSEさんに依頼した理由はなんだったんでしょう。
藤原 : スチャダラパーはずっと僕の中学から憧れだったんですよ。それでいつかいいトラックができたらラップをお願いしたいってずっと思ってて。ちょうどニカさんにお願いする曲も半分できてたから、せっかくだったら憧れのニカさん、BOSEさんで7インチを2枚出したいなと思ってたんですよ。
――「はじまりのうた」と「さいごのうた」。この2曲はアルバムのタイトル『いくつかのはなし』とも繋がっていますよね。2015年に7インチとして発表された時点で、アルバムの構想みたいなものはできつつあったんですか?
藤原 : 「さいごのうた」が最初にできたんですよ。タイトルだけ決まっていないときに、BOSEさんが書いた歌詞のなかに〈これが さいごのうた〉ってあって。それすげぇいいなと思ったんです。だったらニカさんの曲を「はじまりのうた」にしようと。なにかを始める的なことを歌っているし。そこが固まってからアルバムを作り始めることができたんです。始まりと最後だけ先に決まったというか。
「アゲ太郎」の提供曲は1stの音を今の感覚で作りなおした
――あとachico(ROPES)さんが「ループ」、belama2(STERUSS)が「演出」に参加されています。
藤原 : まずSTERUSSのbelama2くんはもう10年くらいの仲で。すっごい昔に一回一緒にやったときにデモがずっと残ってたんです。すごい気に入ってた曲だったんですけど、作ったことを忘れてて。アルバムを作ってるときにふと思い出して、トラックの方向やトータルのまとまりがハマるかなと思って入れました。
――昔からお付き合いがあったんですね。一方のachicoさんはそんなに活動するシーンが近くなさそうな気もするんですが。
藤原 : いや、achicoさんは(((さらうんど)))やnaohirockのコーラスをやってたりとかで、仕事が一緒になったときが何度かあったんですよ。歌がすごい上手な人っていう認識があって。この曲も本当はヴォコーダーを使って自分で歌おうと思ってたんです。でも、歌詞もできて自分で歌ってみたら全然よくなくて(笑)。それで、どうしようってときに「achicoさんだったら!」と思ったんです。なんならもうiPhoneで録音するのでもいいから歌ってほしいなと。多分人によってはちゃんとレコーディングしなきゃやだよって人もいると思うんですけど、わりとフレックスに対応してくれるので、そういうのもヒップホップっぽいなと思ったんですね。
――え、achicoさんの歌は実際にiPhoneで録音したんですか?
藤原 : いや、これは違います。でもPCのマイクで録音してもらいました(笑)。くるりのツアー中だったんですけど、旅先でやっていただいて。先輩とか友達の力は最大限に貸していただいたアルバムとなっていますね(笑)。
――今作はインストが5曲あるんですけど、その音色ってわりとゲスト・ヴォーカルが入ったものに比べて、ポップではなく、アブストラクトな音像かなという印象です。
藤原 : そうかもしれないですね。それは多分なにも考えてなく作ったからなんです。意図的にメロディがあるからこうしていようとかではなくて。元々ずっと作ってたデモがあるので、そのなかからアルバムに厳選していったって感じなんですね。ピックアップしていって、ブラッシュアップするというか。
――では最後にお訊きしたいんですが、藤原さんは最近の個人の活動として、アニメ「とんかつDJアゲ太郎」の音楽を担当されてますよね。
藤原 : 作者の小山(ゆうじろう)くんが僕の友だちなんですよ。代々木八幡の「リズム&ブックス」っていう趣味のいい古本屋さんがあって、そこに僕のミックスCDを置いてもらってたんですね。それを小山くんが買ってくれて、そこから会う機会があってだんだん仲良くなったんです。まだ「アゲ太郎」がアニメになる全然前だったんですけど。
――じゃあ気持ち的には言ってみれば作者の小山さんとのコラボくらいのイメージ?
藤原 : コラボというか、友達の漫画のアニメ化を手伝ったという(笑)。作者の人とちょくちょく普通に話せるんで、自分のやれることを踏まえて、一緒にイメージを形にしていった感じですね。わりと大きな仕事なんですけど、本当に好きなようにやらせてもらってます。普段作らないEDMやポンチャックを作るみたいなことは大変だったんですけど、アニメの監督が小山くんを信頼してることもあってか、ほぼ好きにやらせてもらってます。
――じゃあこのアニメの音楽を担当したことでMU-STARSの作品、活動にフィードバックしたものってなにかありますか?
藤原 : そういう意味だとまったくないかもしれない(笑)。あ、でも「アゲ太郎」の音源の発売日にリリースが近いほうがいいってことで、今作の制作がスタートしたところはあるんで。そういう意味じゃ締め切りを作っていただいたって感じですかね(笑)。アニメに提供した音は、結構(MU-STARSの)1stに近い部分があるので、僕のことを昔から知ってる人は「あっちのほうが藤原っぽいよね」って言ってくれたりします。僕がいまの気分で、自分の1stの頃作ったトラックみたいな音楽をやるとこうなったって感じなんです。大変だった部分を除けば、本当に幸せな仕事だったと思います。
MU-STARS『いくつかのはなし』関連作品
MU-STARS 『NO STAR REMIX feat. TK from COMEBACK MY DAUGHTERS & サイプレス上野』2010年
2010年5月30日に限定リリースされた8曲入り12インチレコード「BGM EP」に収録された、エクスクルーシヴ・リミックス。2009年のアルバム『BGM LP』一曲目の「NO STAR」のインスト・トラックに、tk from Comeback My Daughters のメロディと、サイプレス上野のラップが乗ったスペシャルな楽曲。
MU-STARS『BGM LP』2009年
MU-STARSが2009年にリリースした、セカンド・アルバム。雑多感覚と遊び心に満ちたダンス・ミュージック集。ヒップホップ・マインドを保ちつつも、ファンキーでロックで踊れる楽曲がずらり。
二階堂和美『ジブリと私とかぐや姫』2013年
映画「かぐや姫の物語」の歌集アルバム的な位置づけで制作された2013年作。主題歌「いのちの記憶」、劇中歌「わらべ唄」など、「かぐや姫の物語」のオリジナル・イメージソングのほかに、二階堂自身のオリジナル楽曲も収録。
スチャダラパー『あにしんぼう』 2016年
前作『1212』から1年3ヶ月で届けられた6曲入りミニ・アルバム。赤塚不二夫のマンガ「レッツラゴン」を舞台化した「男子! レッツラゴン」(ANI も俳優として出演)で書き下したオープニング&エンディング曲をリアレンジ。また Timberlandのキャンペーン曲も収録。
Ropes『usurebi』2013年
achico(ヴォーカル)とART-SCHOOLの戸高賢史(ギター)によるアブストラクトなデュオ・ユニット、Ropesにとって初の全国流通盤。柔らかい歌声とギターの音色という、ミニマムな編成で繰り出される彼らの音色からは、極上のぬくもりを感じさせてくれる。
PROFILE
2003年頃結成の、DJ / プロデューサー・ユニット。
いままでに7インチ5枚と12インチ2枚、MIX CD3枚、フルアルバム2枚を発表。その他、プロデュース・ワークやリミックス、CM音楽やファッション・ブランドへの楽曲提供など、活動は多岐にわたる。2016年4月より放映開始のアニメ「とんかつDJアゲ太郎」(少年ジャンプ+にて連載中)の音楽を担当。
カクバリズム所属。