2014/11/18 19:17

数々のアーティストに影響を与え続ける豊田道倫、3年振りの新作

豊田道倫(とよたみちのり)の新譜、『m t v』が満を持してリリースされた。前野健太、昆虫キッズ、スカート、大森靖子など、豊田のフォーク・オルタナティヴなスピリットを継承したアーティストが活躍する中、遂に真打ちが登場。ソロ名義としては約3年振りとなる今回のアルバムでは、佳村萠、じゅんじゅん(元MAHOΩ)、のもとなつよ(昆虫キッズ / Solid Afro)、odd eyes、三輪二郎、久下惠生、向島ゆり子がゲストとして参加し、昨年リリースされ、好評を博した2枚の先行EPに収録された楽曲の別ヴァージョンも収録されている。先行EP同様、宇波拓とタッグを組んで制作され、マスタリングはアビー・ロードで行われたほか、エンジニアにはマイ・ブラッディ・ヴァレンタイン、ビョーク、レディオヘッドやケミカル・ブラザーズを手がけたアレックス・ウォートンが担当。さらに、ジャケット写真、アーティスト写真は写真家・梅佳代の撮りおろしするなど、盛り沢山な作品に仕上がっている。


豊田道倫 / m t v
【価格】
mp3 単曲 150円 / まとめ購入 1,500円
wav 単曲 200円 / まとめ購入 2,000円

【Track List】
01. 少年はパンを買いに行く / 02. 抱っこ先生 / 03. 桜空港 / 04. 赤いイヤフォン / 05. 3丁目9番16号 / 06. ブルーチェア / 07. 幻の水族館 / 08. あいつのキス / 09. オートバイ / 10. The End Of The Tour / 11. City Lights 2039 / 12. mtv / 13. 鈍行列車に乗って
songs : 豊田道倫
produce & sounds : 豊田道倫 & 宇波拓
recording & mixing : 宇波拓
recorded & mixed at hibari studio, l-e, ACE STUDIO(Aug. 2012 - Feb. 2013)
mastered by Alex Wharton at Abbey Road Studios(Feb. 2013)
guests : のもとなつよ(昆虫キッズ / Solid Afro) (M2)、佳村萠 (M4)、じゅんじゅん (M7)、三輪二郎 (M9)、odd eyes (M10)、川本真琴 (M10)、久下惠生 (M1, 6, 10, 11, 13)、向島ゆり子 (M13)


独自性は残しつつ、歌とサウンドの関係性が変化した1枚

豊田道倫の3年ぶりのフル・アルバム『m t v』は、タイトルから先日22年ぶりにアルバムを出したマイ・ブラッディ・ヴァレンタイン(以下、マイブラ)の『m b v』を思い起こさせる。実際、豊田もマイブラを聞いているようだし、『m t v』のエンジニアは『m b v』と同じアレックス・ウォートンが手がけている。そして、豊田はTwitterでこんなつぶやきをしている。

「マイブラ聴いて、ミックスしてないとか、失敗とか言うなんて、ピンサロ行って、純愛の本番したいんです、と言うようなもん。この世界の場末で鳴らされる音の桃源郷、ひどいね。最高。」

ここではマイブラがピンサロのようなものと言われ、場末の音楽であると言われている。確かにマイブラの音楽について語られるとき、セックスを引き合いに出されることはままあるだろう。しかし、その多くはもっと耽美で退廃的なイメージを伴っていることが多い。だが、このつぶやきはマイブラのある面を的確に言い当てているように思えるし、また、それはマイブラと豊田自身の音楽に共通する部分を示しているようにも思える。

photo by 梅佳代

それは何かと言えば、どちらも人間の物としての側面を捉えているということだ。マイブラの音楽性はギターによるホワイト・ノイズで空間が満たされ、その中に歌も埋もれてしまっている。音楽は音の振動がもたらす物理的な快感と、音のニュアンスが発する非言語的なメッセージを同時に含んでいるが、ノイズは最も後者の要素が薄い音だ。そして、その中にある歌は人間の意識がノイズに埋め尽くされ、物に近づくことの快感をたたえているようだ。つまり、人間をとても即物的に扱った音楽であるわけだが、人間が人間をサービスとして買い、物理的な快感を得るために使うというピンサロもこうした点では共通している。

そして、豊田の表現のベースもこうした即物性にある。それは<安宿のロビーで紙コップのコーヒー飲んで誰かが落とした漫画を / ペラペラぼんやり眺めていた >(「The End Of The Tour」)のような経済的に貧しい生活の描写が多い作風であることもそうだが、豊田の声に依るところも大きい。彼の曲は大半がメロディアスな歌ものだが、それらを歌う彼の声はえぐ味が多く独特なものだ。歌モノの楽曲では歌を中心に感情移入をするという聞き方が多いと思うが、彼の声質はこうした感情移入を阻む。ここで聞き手は歌と自分の感情を同一化できず、声質という物理的な条件によって、歌い手が別の他人であるということを否応なく突きつけられる。共感不能な他人は物に近い。豊田の歌は歌詞にしても音にしても、こうした物としての人間を常に意識させ、その上で彼の私的な(と思われる)生活が音楽として表現されるという点に独自性がある。

ここまで書いたことが豊田道倫というシンガー・ソングライターへの基本的な認識だが、『m t v』ではそれがどのように現れているのだろうか。まず、サウンド面では華やかなアレンジがいつもより多いことに気づく。1曲目「少年はパンを買いに行く」からしてAメロではチープなテクノ・ポップ調でサビではホーンを伴ったバンド・サウンドといった展開を聞かせ、3曲目「桜空港」ではざっくりしたギターが心地いいサイケ・ポップ、7曲目「幻の水族館」と8曲目「あいつのキス」ではシューゲイザー調のアレンジになっている。豊田の楽曲は、その多くがチープな音の質感やシンプルなアレンジが、先に書いた経済的な貧しさなどをどこか想起させるような部分があるが、今作ではそれがない。むしろ、音から粗さを取り除き、チープであるが故に生まれるプリミティブな音の気持ちよさだけを残しているようなサウンド・メイキングがアルバム全体に渡って行われている。これは『東京の恋人』でも組んでいたレコーディングとミックスの宇波拓の手腕が大きいのだろう。そうしたサウンドの中でも、当然、豊田の声は変わってもいなければ、マイブラのように音の中に沈むこともない。だが、サウンドによって確実にその意味を変えている。彼の音楽の即物的で身も蓋もなく聞こえた部分は、そういうことを前提とした上で起きて、買って、食べて、寝てという単純な繰り返しの中になにかを見つけていこうとするような方向に向かっている。つまり、『m t v』は歌とサウンドの関係性が変化することによって、独自性を崩すことなく、彼の今までのアルバムとは違ったポップさを発見した作品になっているのだ。また、それはかつてマイブラが成したことでもある。『m t v』のタイトルはパロディのようでいて意味があるのだ。(text by 滝沢時朗)

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LIVE INFORMATION

2013年3月25日(月)@東高円寺UFO CLUB
2013年3月30日(土)@タワーレコード新宿店7F
『m t v』発売記念、豊田道倫×カンパニー松尾トーク・ショー & 豊田道倫ミニ・ライヴ
2013年4月7日(日)@高円寺円盤

豊田道倫のニュー・アルバム『m t v』の発売を記念したコンサートおよびライブ・ツアーが決定!
東京公演をはじめ、名古屋・大阪公演でもバンド編成によるライブを行います。
バンド・メンバーには『m t v』のレコーディングにも参加した久下惠生と宇波拓を迎えて、『m t v』の世界を具現化します。

豊田道倫『m t v』発売記念コンサート
2013年4月26日(金)@Shibuya O-nest
豊田道倫『m t v』発売記念ライブ・ツアー
2013年5月10日(金)@名古屋K・D ハポン
2013年5月12日(日)@大阪Namba BEARS

PROFILE

豊田道倫

photo by 梅佳代

1970年生まれ。大阪出身。1995年『ROCK'N'ROLL 1500』(TIME BOMB)でデビュー。その後、メジャー、インディーで通算20枚のアルバムを発表。弾き語りソロ、バンド、セッションなど編成にこだわらず、強い歌をうたい続ける。最近では、東京はO-nestでのイベント、大阪では西成の難波屋という立ち飲み屋でのライヴに注目が集まる。プロデュース作も三輪二郎『レモンサワー』、オクノ修『出会ったとき~オクノ修、高田渡を歌う』など盛んに行う。新作は3年ぶりの『m t v』(WEATHER/HEADZ)。4月下旬『たった一行だけの詩を、あのひとにほめられたい 歌詞とエッセイ集』(晶文社)刊行予定。

>>MT NEWS(豊田道倫 最新情報)

[レヴュー] 豊田道倫

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